絵のない絵本 01 絵のない絵本

4話 第三夜

1,184字 約2分 2018年4月2日 公開

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「ここのすぐ近くの、せまい小路(こうじ)で――そこはとてもせまいので、わたしは家の(かべ)にそって、ほんの一分間しか光をすべらせることができません。でもその一分間に、そこに動いている世間を知るのに十分なものを見るのですが――わたしは、ひとりの女を見ました。十六年前には、この女はまだ子供でした。そして、田舎(いなか)の、古い牧師の家の庭で遊んでいたのでした。バラの生垣(いけがき)は古くなって、もう花ざかりをすぎていましたが、道の外まで()いしげって、長い(えだ)をリンゴの木立(こだち)の中までのばしていました。まだあちこちに()きのこっている花もありましたが、花の女王にふさわしいほど美しくはありませんでした。それでも、色もありましたし、(かお)りもありました。しかしわたしには、牧師の小さな(むすめ)のほうが、ずっと美しいバラの花のように思われました。その娘は、のびにのびた生垣の下の、足台に(こし)かけて、厚紙でこしらえた人形の、へこんだ(ほお)にキスをしていました。

 それから十年たって、わたしは、その娘をもう一度見ました。こんどは、はなやかな舞踏室(ぶとうしつ)にいるのを見たのです。そのときは、ある金持の商人の、美しい花嫁(はなよめ)になっていたのでした。わたしは娘の幸福をよろこんで、静かな夜ごとに、たずねてやりました。ああ、それにしても、だれひとりとして、わたしの明るい()と、わたしのたしかな眼差(まなざ)しとを、考えてくれる者はありません! わたしのバラの花も、牧師の家の庭のバラの花とおなじように、ずんずん若枝をのばしていきました。

 日常の生活にも、悲劇があります。今夜、わたしは、その最後の一幕(ひとまく)を見たのです。そのせまい小路で、その女は死の(やまい)にとりつかれて、寝台(しんだい)の上に横になっていました。ところが、その女の主人は、ただひとりの保護者であるはずなのに、乱暴で、冷酷(れいこく)な悪人だったものですから、その女のふとんをひきはがして、こう言いました。

『起きろ! おまえの顔を見りゃ、だれだっていやんなっちまわあ! さあ、おめかしでもしろ! 金をかせぐんだ! さもなきゃ、表へおっぽりだすぞ! 早いとこ、起きた、起きた!』

死神(しにがみ)が、わたしの胸の中にいるんです!』と、その女は言いました。『ああ、どうか休ませてください!』

 それでも、男は女をひきずり起して、顔におけしょうをし、(かみ)にバラの花をさして、窓ぎわにすわらせました。それから、火のもえている明りを、すぐそばへおいて、出ていきました。わたしは、女をじっと見つめていました。女は身動きもしないで、すわっていました。と、手が(ひざ)の上に落ちました。風のために窓がはねかえって、窓ガラスが一枚、ガシャンと割れました。けれども、女はじっとすわっていました。カーテンが女のまわりを、ほのおのようにはためきました。女は、もう死んでいたのです。あけはなたれた窓から、死んだ女が、人間のありかたをといていました。牧師の家の庭の、わたしのバラの花が!」

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