5話 地球要塞(5)
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さすがの私も、この恐怖の一瞬に、全身からありとあらゆる精力が、一度に抜け去ったように思った。
が、最後の一歩手前で私は、もしやと考えた。
「これは、夢を見ているのではないか」
私は、そういうときに誰もがするように、われとわが頬を、指さきで、つよくひねった。
「あ、痛い!」
頬は痛かった。――しからば、これは、夢ではないのだ。
夢であった方が、まだましであった。これが夢でないとしたら私は、この不思議な現象を、何と理解したらいいであろうか。全くもって、物理学では説明のつかないことになった。
「ああ、恐ろしい」
私は、もう恐怖を、隠しきれなかった。そして体を丸くして、両腕に自分の膝小僧を抱えた。
「――夢でなければ、私は、気が変になったのかしらん」
私は順序として、今度はそう思わないではいられなかった。
(気が変になったのであれば――気が変になったということを、どんな方法で確認したらいいのであろうか?)
解らない、解らない!
気が変になった者が、自分で自分の変になったことを検定する方法はない。地獄だ、無間地獄の中へ落ちこんだようなものだ。
私は、暗闇の中に竦んでしまって、化石のようになっていた。真の絶望だ!
私は、もう、すべてのことを忘れていた。鬼塚元帥からの密令のことも、欧弗同盟国と汎米連邦の開戦説のことも、また、その両国が連合して、大東亜共栄圏を脅かそうという風説のことも……。いや、そればかりではない。私は、今の今まで心配していたクロクロ島のことさえ忘れそれから、オルガ姫のことや、私の乗っていた筈の快速潜水艇のことさえ、一時忘れてしまった。
ただ、私の頭脳の中に一杯に拡がっていることは、この不思議な空間のことであった。どこからも解く糸口のない謎!
もしそのまま、私が後一時間も、そのままで放って置かれたら、恐らく私は、本当に発狂してしまったのかもしれない。
だが、私は、一つの大きなことを見落していたのである。この不可思議な現象を解く鍵が、まだ一つ、残っていたことを!……真の絶望ではなかったのである。
その鍵とは?
それは外でもない、「時間」という鍵であったのだ。
時間だった。その鍵は!
時間のみが、その不可思議の扉を開く力を持っていた。――つまり、時間の動きが、ともかくも、私を絶望の世界から救ってくれたのである。
時間の動きだ。時間が、どんどん経っていった。時間の速さが、どの位であったか、それは知らない。とにかく、何時間か何十時間かが経過した後、私は不意に、一道の光明の中に放りだされたのである。――それは、音響として私の耳を撃った。百雷が一時に崩れ落ちたかのように、その音響は、私の鼓膜を揺りうごかした。――それは、単に言葉に過ぎなかったのではあるけれど……。
“どうかね、黒馬博士。もういい加減、閉口したろうねえ”
恐怖の声! 戦慄の言葉!
私は悪寒と共に、ぶるぶるッと、慄えあがった。
(どうかね、黒馬博士。もういい加減、閉口したろうねえ)
――とは、どこかで聞き覚えのある声音ではある!
(ああ、そうだ!)
私は、思い出した。そしてまた、大きな戦慄が、私の全身に匐い上った。
「おお、X大使か、貴様は!」
私は、暗闇に向って、声をふり絞った。
空間から不意に飛び出した声は、たしかに、あの超人X大使の声に違いないと思われた。
「おい、黒馬博士。君は、ひどい奴だ」
と、その声は、私を責めた。たしかにX大使の声だ!
「わしは君と、大いに友好的に、つきあおうと思っているのに、君はわしに危害を加えようとした。磁力砲というのかね、あれは……。クロクロ島の入口に備えつけて、久慈に使わせたのは……」
X大使の声には、深い恨みが籠っていた。――私は、ようやく、一つの光明(?)を掴んだのであった。それは実に私が今、怪人X大使の捕虜になっているという事態を悟り得たことであった。
おそるべきX大使の魔力よ。
怪声張るX大使――白人種結社から派遣されたスパイ?
「あれは正当防衛だ。あなたから、恨まれる筋はないのだ」
X大使だと知って、私は猛然と、敵愾心を盛り起した。
「なんだ。その正当防衛という意味は?」
X大使の声が、問いかえした。
「そうではないか、X大使、断りもなく、わがクロクロ島の内部まで侵入して来るような相手に対しては、吾々は、いかなる手段を用いても、防衛するのだ。当り前のことではないか」
「なあんだ、そんな意味か。ばかばかしい」
と、X大使は、吐き出すようにいって、
「君の方では、あれで、厳重な戸締りをしたつもりなんだろうねえ。人間なんて、自惚ばかりつよくて哀れなものだ」
「人間? お互いに人間であることに、変りはない。X大使よ、君は人間の悪口をいうが、それは天に唾をするようなものではないか。つまり自分の悪口をいっているわけだからねえ」
私は、むかむかして、こっぴどく大使をやっつけたつもりだった。
しかし、X大使は、無遠慮にからからと笑い、
「あははは、可哀いそうな者よ。なんとでも、好きなように自惚れているがいい。そのうちに君たちの大東亜共栄圏は、白人たちの土足の下に踏みにじられるだろう」
「やあ、そういう君は、白人種結社から派遣されたスパイだろう」
「違う」
と、X大使は、言下につよく否定したが、しばらくその後を黙っていて、やがてなんだかわざとらしい調子の言葉になって、
「……まあ、なんとでも想像するがいい。しかしとにかく、わしは君に警告しておく。もう、あのようなくだらん磁力砲などを仕掛けるのはよせ」
「余計な御忠告だ。そういう君は、磁力砲の偉力に、すっかり参ったというわけだろうが……」
私は、大使が、悲鳴をあげているのだと確信した。
するとX大使はまた、ふふんと鼻で嗤い出して、
「おい、黒馬博士。君は学者のくせに、いつまで、迷夢から覚めないのか。君は、この暗黒世界のことを、何だと考えているのか」
X大使の言葉は、私の腕に、針を突込んだように痛かった。私は、かなり強がりをいっているものの、踏みしめるべき大地のないこの暗黒世界に、ひとり封じこめられている気味のわるさに、これ以上怺えかねていたところである。
しかし私は、こんなところで、敵に弱味を見せてはと思い、
「あははは。X大使よ、それよりも、磁力砲の偉力を思い出したがいいぞ。君の身体は、磁力砲のために大怪我をしたではないか。だから君は、今私の前に姿を見せることができないのだろう。そして、声ばかりで、私を嚇している。そんな嚇しに、誰がのるものか」
と、いってやった。
「おかしなことをいう」
X大使はちょっと腹を立てたような声になって、
「わしが、磁力砲のため、大怪我をしたと思っているのか。それがため、わしが姿を見せないと思っているのか。ふふん、とんでもない独り合点だ。わしは、ちゃんとしているのだ。今、姿を見せてやろう」
そういったかと思うと、とつぜん、空気を破って、奇妙な高い調子の震動音が聞えてきた。そのうちに、暗黒の中に、朦朧と、白く光った人の形があらわれて来た。
(おやッ、出たな。まるで、大魔術を見ているようだ)
人の形は、どんどん明瞭度を加えていった。そして、ものの三十秒も経たないうちに、その人影は、嘗て私が見たことのある彼の奇怪なる服装をしたX大使の姿となり果てたのであった。高圧潜水服に全身を包んだような、大使の不思議なる姿!
「どうだ、わしの姿が見えるだろう」
「舞台の上の大魔術というところだ。入場料をとっているなら、拍手を送りたいところだが、そんな手で、私はごま化されないぞ。これは、君の本当の体ではなくて、幻影にすぎないのだ」
「幻影? 可哀いそうな人間よ。これでも、幻影か」
X大使は、とつぜん私の方に近づき、私が身をかわそうとするのを先まわりして、やっと、かけごえをして、私の腕を掴んだ。
「うむ、痛い! 骨が、折れる……」
X大使の握力は、まるで万力機械のように、強かった。幻影ではないX大使であった。私は歯を喰いしばって、疼痛にたえた。
「ははは、それ見たことか」
X大使は、憫笑すると、やっと手を放した。
「だが、黒馬博士。わしの真意は、君を殺すことではない。いや、それよりも、正直なところ、わしは君と友好的に協力し合いたいのだ。どうだ、承知しないか」
突然、X大使の言葉は、妥協的になった。
だが、私は油断しなかった。
「身勝手なことを、いってはいかん。私をこんな目にあわせて置きながら、友好的協力もなにも、あったものじゃない」
私は、すかさず抗議をしてやった。
「まあ、そういうな。今、君が遭っている異変は、魔術でもなんでもない。わしは君に、わしの偉力を、ちょっぴり見せたかったのだ。――だが、今君は、わしに対して感情を害しているようだ。わしは、これ以上無理に君を圧迫しまい。私は自ら一時退却する。しかし、この際、君に一言のこして置くから、忘れないでいてもらいたい」
と、X大使は、改まった調子で、
「今後、君たち大東亜共栄圏の民族は、更に大きな危険に曝されることになるだろう。そのとき、救援が欲しかったら、わしに求めるがいい。わしは、ちょっとした交換条件をもって、君たちを全面的に援助するだろう。どうか、それを忘れないで……」
そういったかと思うと、X大使の姿は、俄かに、アーク灯のごとく輝きだした。いや、大使の姿だけではない。私の身のまわりの暗黒世界が、一時に眩しく輝きだした。私はあっと叫んでその場にひれ伏した。そして知覚を失ってしまったのである。
確認された侵入――三角暗礁へ船をつけろ
再度、私が吾れに戻ったときには、なんという不思議か、私は元の快速潜水艇の中に横たわっていた。
「深度、百五十!」
オルガ姫の声だ。
私は夢を見ていたのか。
「おい、オルガ姫。クロクロ島の所在は、どうした」
「はい。まだ、見当りません」
いつの間にか、スイッチが切りかえられて、操縦その他は、オルガ姫が担当していることが分った。
夢を見ていたのであろうか。本当に、あれは夢だったか。
そのとき私は、右掌を、しっかり握っているのに気がついた。
「なんだろう?」
私は掌を開いた。中から出てきたのは、一枚の折り畳んだ紙片であった。
私は、その紙片を開いてみた。
「おお、これは……」
私は、愕然とした。
「友好的に協力を相談したし。X大使」
簡単だが、ちゃんと文章が認めてあった。いつ、誰が、私の掌の中に、この紙片を握らせたのであろうか。しかしこんなものがあれば、さっきからのX大使との押し問答は、夢だとは思われなかった。
私は、改めて、惑わざるを得なかった。
「オルガ姫、われわれがクロクロ島のあった場所に戻りついてから、只今までの間に、なにか異変はなかったか」
私はそういう質問を発して、姫の返事やいかにと、胸をとどろかせた。
「自記計器のグラフを見ますと、三分間ばかり、はげしい擾乱状態にあったことが、記録されています」
「なに擾乱状態が……」
私は、手を伸ばして、自記計器の一つである自記湿度計の中から、グラフの巻紙を引張り出した。なるほど、つい今しがた、三分間に亘って、湿度曲線がはげしく振震していた。
湿度が、こんなに上下にはげしく震動するなんて、常識上、そんなことが起るはずはなかった。これは、異変と名づけるほかに、説明のしようがない。たしかに、今しがた三分間の異変があったということが、グラフによって確認されたわけである。
「ふーん、やっぱりX大使は、本当にここへやって来たんだな」
X大使の来訪は、今や疑う余地がなかった。私には、その会見の時間が、三分間どころか、もっともっと永いものに感ぜられたのであった。私の感じでは、すくなくとも三十分はかかったように思う。
大使の来訪は確認されたが、その他の奇異な現象については、今のところ、私はそれを解く力は持たなかった。――暗黒の世界の位置、足の裏の下に、大地も床もなかった不思議。X大使の姿が、闇の中から朦朧と現われ、そしてやがて話が終ると、一団の火光と変じて消え去ったことの謎! それらのことを説明するには、私は、あまりにも無力であった。
しかし私は、これらの怪奇きわまる謎を、近き将来において、きっと解いてみせるであろう。
いや、後日、私はついにその謎を、科学的に、りっぱに解くことが出来たのであった。それとともに、X大使の正体も何も、急にはっきり分ってしまった。そこにおいて、われわれは人智の想像を絶する新世界を身近に発見して、一大驚異にぶつかることになるのであるが、そのことは、いずれ後で、くわしく述べるときが来る。
私の頭脳は、一週間も徹夜をつづけたぐらい、疲れ切っていた。
しかし私は、鬼塚元帥から申し渡された重大使命を忘れる者ではない。祖国日本は、今大危難の矢おもてに立っているのである。ぐずぐずしていることは、許されない。われわれは直ちに、最善の行動を起さなければならないのである。私は拳を固めると、自分の頭に、自らはげしい一撃二撃三撃を加えた。
私は残念ではあったが、ついにクロクロ島の捜索を、一時断念することに決めた。
といって、このように窮屈な、快速潜水艇に缶詰みたいになっているわけにはいかない。
私は、決心した。
「おい、オルガ姫。三角暗礁へ、艇をつけろ」
「三角暗礁へ! はい」
私は、一時、三角暗礁に拠って、おもむろに次の作戦を練るよりほかに、いい方法はないと思ったのである。
三角暗礁!
これは、いわば、私たちが非常の場合を予想してこしらえて置いた秘密の根拠地であった。そして、その名称のとおり、海面からはうかがうことの許されない深海の底に設けられた根拠地であったのである。
その位置は、南アメリカ大陸を西へ越した南太平洋にある、有名な仏領タヒチ島に近いところであった。布哇島からいえば、丁度真南に当り、緯度で四十度ばかり南方にあたる。
私たちは、その三角暗礁へ急行した。
三角暗礁にて――クロクロ島の紛失
望遠鏡に、ケープ・ホーンの、鬼気迫る山影がうつったかと思う間もなく、南米大陸は、ぐんぐんと後に小さくなって、やがて視界に没した。
それから間もなく、海水の色がかわり、潮の流れがまるで違ってきた。
雲霞のごとき、魚群を、いくたびとなく蹴散らしながら、全速力をつづけること小一時間、
「三角暗礁が見えます」
と、オルガ姫が知らせた。
望遠鏡の向きをぐっと変えると、なるほど前方に、大きな氷柱を逆さにして立てたような、怪奇な姿をした三角暗礁が見えてきた。
暗礁の頂上が、磨ぎすましたように、三角の稜をつくって、上を向いているのであった。それで、三角暗礁の名があった。
付近には、妙な渦がまいていて、船舶は、魔の海として近づかない。ただ魚だけは、絶好の游泳場として、寄ってくる。
三角暗礁は、だんだん大きく見えてきた。
暗礁の中腹に横に抜ける一つの大きな洞穴がある。これは、わが潜水艦隊が、技師たちを連れていって穴をあけたものである。この洞が、安全な着船場となっていたのである。
「洞穴に、艇をつけろ」
私は、命令をした。
オルガ姫は、速い潮流に流されそうになる艇を、巧みに操縦して、暗礁のまわりを、二、三度ぐるぐる円を描いて廻っていたが、やがて、艇は吸い込まれるように洞穴の中へ入った。
洞穴の中は、真暗であった。
昼寝をしていた魚が、びっくりして、中から飛び出してきた。
洞穴は、奥行が、二百メートルばかりもあって、奥はなかなか広くなっている。そこまで入っていくと、自然に継電気が働いて、洞穴の天井に電灯が点くようになっている。
艇がこの洞穴の広間へ、舳を突込んだとき、果して、ぱっと点灯した。そして、そこに、怪奇をきわめた広間の有様が、人の眼を奪う。
天井は高く、五十メートルばかりもある。
四囲の岩壁は、青味をおびた黒色をしていて、そのうえに、苔や海草が生え、艇が水を動かすものだから、ゆらゆらと揺れる。
この洞穴は、向うへも抜けられるようになっているが、洞内の海水は澱んでいて、ほとんど流れがない。
岩壁には、太いパイプに、蓋をかぶせたようなものが、あちらこちら合計して六つほども、飛び出している。大きいのもあれば、小さいのもある。これは、岩礁の中にある部屋部屋への耐水入口である。
オルガ姫は、巧みに、艇をこのパイプへ寄せた。
艇は胴中から、同じようなパイプが、くりだされる。そして、それが伸びて、岩壁のパイプの蓋とぴったり合う。こうすれば、艇内と岩壁の中とが、耐水性に保たれるのであった。あとは、艇のパイプの蓋を開き、それからその奥に見える岩壁のパイプの蓋を開く。こうすれば、艇内と岩壁の内部との交通路が開ける。
万事は、オルガ姫が匐い出して、うまくやってくれた。
私が呼ばれたときには、この通路が、既にちゃんと出来ていて、オルガ姫は岩の中から、私に声をかけたのであった。
私も、つづいてパイプの中に匐い込み、向うへ通り抜けた。そこはもう、暗礁内の密室であった。
密室は、ビルディングのように、十階になっている。各階は、整然と分けられ、食料品、燃料、機械類、資材、清水などが貯えられているほか、弾薬庫もあれば、寝室もあり、執務室もあった。
だが、普段、この三角暗礁には、誰も留守番がいなかった。だから、私が中に入っていっても、誰も私を迎えてくれる人がなかったわけである。
孤独は、いつまでもつづく。しかし、科学が進んでくれば、人間は、ますます孤独の生活に耐えねばならなくなる。それは、一人の人間が、夥しいたくさんの機械を操らねばならないからである。人間なら、誰も彼も、こうした機械群をうけもつ。そうしないと、外敵の侵略を喰い止めるに充分な、科学的防備力を発揮することが出来ない。
私はオルガ姫を連れて、機械室へはいった。
この部屋には、通信装置が完備していた。私はその前の椅子に、腰をかけた。
私は、まことに遺憾であったが、クロクロ島の紛失について、鬼塚元帥に報告をする決心を固めたのであった。元帥は私の報告を聞いて、どんなに気を落されることであろうか。それを思うと、私は電鍵に手をふれる勇気が、一時に消失するのを覚える。
でも、私は、ついに主幹スイッチを入れた。パイロットランプが青から赤に変り、そして真空管に火が点いた。
私は、元帥からさずかった貴重な暗号帳を開きながら、電鍵を叩いたのであった。
ところが、元帥のいる戦軍総司令部は、なかなか出て来なかった。
(暗号が、違っているのかな?)
私は、暗号帳をひっくりかえして、しらべた。しかし、私の打っている暗号には、間違いがないことが分った。私は、不安を覚えた。
そこで、一時、戦軍総司令部を呼び出すことをやめて、その代りに、空中から司令部の電波をキャッチしようと、回路を受信側に切りかえ、受話器を耳にかけた。
波長帯は、三十五ミリ前後であった。
波長を合わしたところ、そのあたりは、はげしい空電で混乱していた。
この短い波長帯に、空電はおかしいと、気がついた私は空電を波型検定用のブラウン管にかけてみた。
すると、愕くべきことが分った。
その空電は、自然現象の空電ではなくして、人間が作った空電であった。つまり、総司令部の波長帯を妨害して、通信をさせまいと努めている者があるのである。
私は竦然とした。
総司令部の波長帯が知られてしまい、そこに妨害電波が集中しているとすると、これは只事ではない。
(ひょっとしたら、わが総司令部の上に、最悪の事態が襲来したのではなかろうか?)私は、非常な焦燥を感じた。
鬼塚元帥が予感したとおりの、最悪の事態が早くも来てしまったに違いない。
(これは困った。どうしたものだろう)と、私は痛むこめかみを抑えて、最善の処置について、考えこんだ。
そのときであった。受信機についている高声器から、とつぜん、電話が鳴り響いた。
「――本鑑ノ左舷前方十五度ニ、黒キ大ナル漂流物アリ、一見島ノ如キモノ漂流シツツアリ。全艦隊ハ直チニ針路ヲ北北東微北ニ転ゼヨ!」それは、流暢なる英語であった。漂流する一見島の如きもの――おお、それこそクロクロ島にちがいない。
そのクロクロ島は、確かに米連の主力艦隊とおぼしき艦隊の間近を漂流しているのである。しかも米連の主力艦隊は、この三角暗礁に、かなり近いところを航行中のようである。ここに息づまるような新事態が発生した!
「オルガ姫、方向探知器を読め。今の無線電話の送信位置は、どこになっているか」
私は、大声で叫んだ。
米連艦隊に遭遇――煙幕の中のクロクロ島