一夕話

1話 一夕話

5,921字 約12分 1999年1月10日 公開

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「何しろこの(ごろ)は油断がならない。和田(わだ)さえ芸者を知っているんだから。」

 藤井(ふじい)と云う弁護士は、老酒(ラオチュ)(さかずき)()してから、大仰(おおぎょう)に一同の顔を見まわした。円卓(テエブル)のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者(ちゅうねんもの)である。場所は日比谷(ひびや)陶陶亭(とうとうてい)の二階、時は六月のある雨の夜、――勿論(もちろん)藤井のこういったのは、もうそろそろ我々の顔にも、酔色(すいしょく)の見え出した時分である。

「僕はそいつを見せつけられた時には、実際今昔(こんじゃく)の感に堪えなかったね。――」

 藤井は面白そうに弁じ続けた。

「医科の和田といった日には、柔道の選手で、賄征伐(まかないせいばつ)の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中(かんちゅう)一重物(ひとえもの)で通した男で、――一言(いちごん)にいえば豪傑(ごうけつ)だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋(やなぎばし)()えんという、――」

「君はこの頃河岸(かし)を変えたのかい?」

 突然横槍(よこやり)を入れたのは、飯沼(いいぬま)という銀行の支店長だった。

「河岸を変えた? なぜ?」

「君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者に()ったというのは?」

「早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――」

 藤井は昂然(こうぜん)と眉を挙げた。

「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。()昼間(ぴるま)六区(ろっく)へ出かけたんだ。――」

「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」

 今度はわたしが先くぐりをした。

「活動写真ならばまだ()いが、メリイ・ゴオ・ラウンドと来ているんだ。おまけに二人とも木馬の上へ、ちゃんと(またが)っていたんだからな。今考えても莫迦莫迦(ばかばか)しい次第さ。しかしそれも僕の発議(ほつぎ)じゃない。あんまり和田が乗りたがるから、おつき合いにちょいと乗って見たんだ。――だがあいつは楽じゃないぜ。野口(のぐち)のような胃弱は乗らないが()い。」

「子供じゃあるまいし。木馬になんぞ乗るやつがあるもんか?」

 野口という大学教授は、青黒い松花(スンホア)を頬張ったなり、(さげす)むような笑い方をした。が、藤井は無頓着(むとんじゃく)に、時々和田へ目をやっては、得々(とくとく)と話を続けて行った。

「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時には、どうなる事かと思ったね。尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見っけものなんだ。が、その中でも目についたのは、欄干(らんかん)(そと)の見物の間に、芸者らしい女が(まじ)っている。色の蒼白い、目の(うる)んだ、どこか妙な憂鬱な、――」

「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。」

 飯沼はもう一度口を挟んだ。

「だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論銀杏返(いちょうがえ)し、なりは薄青い(しま)のセルに、何か更紗(さらさ)の帯だったかと思う、とにかく花柳小説(かりゅうしょうせつ)挿絵(さしえ)のような、楚々(そそ)たる女が立っているんだ。するとその女が、――どうしたと思う? 僕の顔をちらりと見るなり、正に嫣然(えんぜん)一笑(いっしょう)したんだ。おやと思ったが()に合わない。こっちは木馬に乗っているんだから、たちまち女の前は通りすぎてしまう。誰だったかなと思う時には、もうわが赤い木馬の前へ、楽隊の連中が現れている。――」

 我々は皆笑い出した。

「二度目もやはり同じ事さ。また女がにっこりする。と思うと見えなくなる。(あと)はただ前後左右に、木馬が()ねたり、馬車が躍ったり、(しか)らずんば喇叭(らっぱ)がぶかぶかいったり、太鼓(たいこ)がどんどん鳴っているだけなんだ。――僕はつらつらそう思ったね。これは人生の象徴だ。我々は皆同じように実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、(つか)まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが()い。――」

「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」

 からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。

冗談(じょうだん)いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あの女が笑顔(えがお)を見せていたのは、残念ながら僕にじゃない。賄征伐(まかないせいばつ)の大将、リヴィングストンの崇拝家、ETC. ETC. ……ドクタア和田長平(わだりょうへい)にだったんだ。」

「しかしまあ哲学通りに、飛び下りなかっただけ仕合せだったよ。」

 無口な野口も冗談をいった。しかし藤井は相不変(あいかわらず)話を続けるのに熱中していた。

「和田のやつも女の前へ来ると、きっと嬉しそうに御時宜(おじぎ)をしている。それがまたこう及び腰に、白い木馬に(またが)ったまま、ネクタイだけ前へぶらさげてね。――」

「嘘をつけ。」

 和田もとうとう沈黙を破った。彼はさっきから苦笑(くしょう)をしては、老酒(ラオチュ)ばかりひっかけていたのである。

「何、嘘なんぞつくもんか。――が、その時はまだ()いんだ。いよいよメリイ・ゴオ・ラウンドを出たとなると、和田は僕も忘れたように、女とばかりしゃべっているじゃないか? 女も先生先生といっている。()まらない役まわりは僕一人さ。――」

「なるほど、これは珍談だな。――おい、君、こうなればもう今夜の会費は、そっくり君に持って(もら)うぜ。」

 飯沼は大きい魚翅(イウツウ)の鉢へ、銀の(さじ)を突きこみながら、隣にいる和田をふり返った。

莫迦(ばか)な。あの女は友だちの囲いものなんだ。」

 和田は両肘(りょうひじ)をついたまま、ぶっきらぼうにいい放った。彼の顔は見渡した所、一座の誰よりも日に焼けている。目鼻立ちも甚だ都会じみていない。その上五分刈(ごぶが)りに刈りこんだ頭は、ほとんど岩石のように丈夫そうである。彼は昔ある対校試合に、左の(ひじ)(くじ)きながら、五人までも敵を投げた事があった。――そういう往年の豪傑(ごうけつ)ぶりは、黒い背広(せびろ)に縞のズボンという、当世流行のなりはしていても、どこかにありありと残っている。

「飯沼! 君の囲い者じゃないか?」

 藤井は額越(ひたいご)しに相手を見ると、にやりと()った人の微笑を()らした。

「そうかも知れない。」

 飯沼は冷然と受け流してから、もう一度和田をふり返った。

「誰だい、その友だちというのは?」

若槻(わかつき)という実業家だが、――この中でも誰か知っていはしないか? 慶応(けいおう)か何か卒業してから、今じゃ自分の銀行へ出ている、年配も我々と同じくらいの男だ。色の白い、優しい目をした、短い(ひげ)を生やしている、――そうさな、まあ一言(いちごん)にいえば、風流愛すべき好男子だろう。」

若槻峯太郎(わかつきみねたろう)俳号(はいごう)青蓋(せいがい)じゃないか?」

 わたしは横合いから口を(はさ)んだ。その若槻という実業家とは、わたしもつい四五日(まえ)、一しょに芝居を見ていたからである。

「そうだ。青蓋(せいがい)句集というのを出している、――あの男が小えんの檀那(だんな)なんだ。いや、二月(ふたつき)ほど(まえ)までは檀那だったんだ。今じゃ全然手を切っているが、――」

「へええ、じゃあの若槻という人は、――」

「僕の中学時代の同窓なんだ。」

「これはいよいよ(おだや)かじゃない。」

 藤井はまた陽気な声を出した。

「君は我々が知らない(あいだ)に、その中学時代の同窓なるものと、花を折り柳に()じ、――」

莫迦(ばか)をいえ。僕があの女に会ったのは、大学病院へやって来た時に、若槻にもちょいと頼まれていたから、便宜を図ってやっただけなんだ。蓄膿症(ちくのうしょう)か何かの手術だったが、――」

 和田は老酒(ラオチュ)をぐいとやってから、妙に考え深い目つきになった。

「しかしあの女は面白いやつだ。」

()れたかね?」

 木村は静かにひやかした。

「それはあるいは惚れたかも知れない。あるいはまたちっとも惚れなかったかも知れない。が、そんな事よりも話したいのは、あの女と若槻との関係なんだ。――」

 和田はこう前置きをしてから、いつにない雄弁(ゆうべん)を振い出した。

「僕は藤井の話した通り、この(あいだ)偶然小えんに遇った。所が遇って話して見ると、小えんはもう二月ほど前に、若槻と別れたというじゃないか? なぜ別れたと()いて見ても、返事らしい返事は何もしない。ただ寂しそうに笑いながら、もともとわたしはあの人のように、風流人(ふうりゅうじん)じゃないんですというんだ。

「僕もその時は立入っても()かず、(それ)なり別れてしまったんだが、つい昨日(きのう)、――昨日は(ひる)過ぎは雨が降っていたろう。あの雨の最中(さいちゅう)若槻(わかつき)から、飯を食いに来ないかという手紙なんだ。ちょうど僕も暇だったし、早めに若槻の家へ行って見ると、先生は気の()いた六畳の書斎に、相不変(あいかわらず)悠々と読書をしている。僕はこの通り野蛮人(やばんじん)だから、風流の何たるかは全然知らない。しかし若槻の書斎へはいると、芸術的とか何とかいうのは、こういう暮しだろうという気がするんだ。まず(とこ)()にはいつ行っても、古い懸物(かけもの)が懸っている。花も始終絶やした事はない。書物も和書の本箱のほかに、洋書の書棚も並べてある。おまけに華奢(きゃしゃ)な机の側には、三味線(しゃみせん)も時々は出してあるんだ。その上そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵(うきよえ)じみた、通人(つうじん)らしいなりをしている。昨日(きのう)も妙な着物を着ているから、それは何だねと()いて見ると、占城(チャンパ)という物だと答えるじゃないか? 僕の友だち多しといえども、占城(チャンパ)なぞという着物を着ているものは、若槻を除いては一人もあるまい。――まずあの男の暮しぶりといえば、万事こういった調子なんだ。

「僕はその()(ぜん)を前に、若槻と献酬(けんしゅう)を重ねながら、小えんとのいきさつを聞かされたんだ。小えんにはほかに男がある。それはまあ格別(かくべつ)驚かずとも()い。が、その相手は何かと思えば、浪花節語(なにわぶしかた)りの(した)()なんだそうだ。君たちもこんな話を聞いたら、小えんの()(わら)わずにはいられないだろう。僕も実際その時には、苦笑(くしょう)さえ出来ないくらいだった。

「君たちは勿論知らないが、小えんは若槻に三年この方、随分尽して貰っている。若槻は小えんの母親ばかりか、妹の面倒も見てやっていた。そのまた小えん自身にも、読み書きといわず芸事(げいごと)といわず、何でも好きな事を仕込ませていた。小えんは(おど)りも名を取っている。長唄(ながうた)柳橋(やなぎばし)では指折りだそうだ。そのほか発句(ほっく)も出来るというし、千蔭流(ちかげりゅう)とかの仮名(かな)も上手だという。それも皆若槻のおかげなんだ。そういう消息を知っている僕は、君たちさえ笑止(しょうし)に思う以上、(あき)れ返らざるを得ないじゃないか?

「若槻は僕にこういうんだ。何、あの女と別れるくらいは、別に何とも思ってはいません。が、わたしは出来る限り、あの女の教育に尽して来ました。どうか何事にも理解の届いた、趣味の広い女に仕立ててやりたい、――そういう希望を持っていたのです。それだけに今度はがっかりしました。何も男を(こしら)えるのなら、浪花節語りには限らないものを。あんなに芸事には身を入れていても、根性の(いや)しさは直らないかと思うと、実際苦々(にがにが)しい気がするのです。………

若槻(わかつき)はまたこうもいうんだ。あの女はこの半年(はんとし)ばかり、多少ヒステリックにもなっていたのでしょう。一時はほとんど毎日のように、今日限り三味線を持たないとかいっては、子供のように泣いていました。それがまたなぜだと(たず)ねて見ると、わたしはあの女を好いていない、遊芸を習わせるのもそのためだなぞと、妙な理窟をいい出すのです。そんな時はわたしが何といっても、耳にかける気色(けしき)さえありません。ただもうわたしは薄情だと、そればかり口惜(くや)しそうに繰返すのです。もっとも発作(ほっさ)さえすんでしまえば、いつも笑い話になるのですが、………

「若槻はまたこうもいうんだ。何でも相手の浪花節語りは、始末に終えない乱暴者だそうです。前に馴染(なじみ)だった鳥屋の女中に、男か何か出来た時には、その女中と立ち廻りの喧嘩をした上、大怪我(おおけが)をさせたというじゃありませんか? このほかにもまだあの男には、無理心中(むりしんじゅう)をしかけた事だの、師匠(ししょう)の娘と駈落(かけお)ちをした事だの、いろいろ悪い(うわさ)も聞いています。そんな男に引懸(ひっか)かるというのは一体どういう量見(りょうけん)なのでしょう。………

「僕は()えんの不しだらには、(あき)れ返らざるを得ないと云った。しかし若槻の話を聞いている内に、だんだん僕を動かして来たのは、小えんに対する同情なんだ。なるほど若槻は檀那(だんな)としては、当世(まれ)に見る通人かも知れない。が、あの女と別れるくらいは、何でもありませんといっているじゃないか? たといそれは辞令(じれい)にしても、猛烈な執着(しゅうじゃく)はないに違いない。猛烈な、――たとえばその浪花節語りは、女の薄情を憎む余り、大怪我をさせたという事だろう。僕は小えんの身になって見れば、上品でも冷淡な若槻よりも、下品でも猛烈な浪花節語りに、打ち込むのが自然だと考えるんだ。小えんは諸芸を仕込ませるのも、若槻に愛のない証拠だといった。僕はこの言葉の中にも、ヒステリイばかりを見ようとはしない。小えんはやはり若槻との(あいだ)に、ギャップのある事を知っていたんだ。

「しかし僕も小えんのために、浪花節語りと出来た事を祝福しようとは思っていない。幸福になるか不幸になるか、それはどちらともいわれないだろう。――が、もし不幸になるとすれば、(のろ)わるべきものは男じゃない。小えんをそこに至らしめた、通人(つうじん)若槻青蓋(わかつきせいがい)だと思う。若槻は――いや、当世の通人はいずれも個人として考えれば、愛すべき人間に相違あるまい。彼等は芭蕉(ばしょう)を理解している。レオ・トルストイを理解している。池大雅(いけのたいが)を理解している。武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)を理解している。カアル・マルクスを理解している。しかしそれが何になるんだ? 彼等は猛烈な恋愛を知らない。猛烈な創造の歓喜を知らない。猛烈な道徳的情熱を知らない。猛烈な、――およそこの地球を荘厳にすべき、猛烈な何物も知らずにいるんだ。そこに彼等の致命傷(ちめいしょう)もあれば、彼等の害毒も(ひそ)んでいると思う。害毒の一つは能動的に、他人をも通人に変らせてしまう。害毒の二つは反動的に、一層(いっそう)他人を俗にする事だ。小えんの如きはその例じゃないか? 昔から(のど)(かわ)いているものは、泥水(どろみず)でも飲むときまっている。小えんも若槻に囲われていなければ、浪花節語りとは出来なかったかも知れない。

「もしまた幸福になるとすれば、――いや、あるいは若槻の代りに、浪花節語りを得た事だけでも、幸福は(たしか)に幸福だろう。さっき藤井がいったじゃないか? 我々は皆同じように、実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、(つか)まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思(ひとおも)いに木馬を飛び下りるが()い。――いわば小えんも一思いに、実生活の木馬を飛び下りたんだ。この猛烈な歓喜や苦痛は、若槻如き通人の知る所じゃない。僕は人生の価値を思うと、百の若槻には(つば)を吐いても、一の小えんを尊びたいんだ。

「君たちはそう思わないか?」

 和田は酔眼(すいがん)を輝かせながら、声のない一座を見まわした。が、藤井はいつのまにか、円卓(テエブル)に首を垂らしたなり、気楽そうにぐっすり()こんでいた。

(大正十一年六月)

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