4話 隣の嫁(4)
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夕飯が終えるとお祖母さんは風気だとかで寝てしもた。背戸山の竹に雨の音がする。しずくの音がしとしとと聞こえる。その竹山ごしに隣のお袋の声だ。
「となりの旦那あ、湯があきましたよ」
「はあえ――」
おはまが竈屋から答える。兄夫婦は湯に呼ばれていった。省作は小座敷へはいって今日の新聞を見る。小説と雑報とはどうかこうか読めた。それから源氏物語を読んだが読めればこそ、一行も意義を解しては読めない。省作は本を持ったまま仰向きにふんぞり返って天井板を見る。天井板は見えなくておとよさんが見える。
今夜は湯に行かない方がええかしら。そうだゆくまい。行かないとしよう。なに行ったってえいさ。いやいや行かない
方がえい。ゆくまいというは道徳心の省作で、行きたい行きたいとするのは性欲の省作とでもいおうか。一方は行かない方がえいとはいうけれど、一方では行きたい行きたいの念がむらむらと抑え切れない。
もしおとよさんが、こっそり湯端へきて何とか言ったらどうしよう。こう思うと気味が悪くて恐ろしくて、腹がわくわくする。省作はまた耳がほかほかしてきた。行かない方がえいなア。あアゆくまいゆくまい。こう口の底でいうて見る。ゆきたい心はかえって口底にも出てこず、行きたいなどとは決していわないが、その力は磐石糊のように腹の底にひっついていて、どんなことしたって離れそうもしない。果てはつかれてぼんやりした気分になってると、
「省作省作、えい湯だど。ちょっともらっておいで。隣でも待ってるよ」
姉が呼ぶのに省作は無意識に立ってしまった。もうなんにも考えずに、背戸の竹山の雨の暗がりを走って隣へいってしまった。
湯は竈屋の庇の下で背戸の出口に据えてある。あたりまっ暗ではあれど、勝手知ってる家だから、足さぐりに行っても子細はない。風呂の前の方へきたら釜の火がとろとろと燃えていてようやく背戸の入り口もわかった。戸が細目にあいてるから、省作は御免下さいと言いながら内へはいった。表座敷の方では年寄りたちが三、四人高笑いに話してる。今省作がはいったのを知らない。省作は庭場の上がり口へ回ってみると煤けて赤くなった障子へ火影が映って油紙を透かしたように赤濁りに明るい。障子の外から省作が、
「今晩は、お湯をもらいに出ました」
「まア省作さんですかい。ちとお上がんさい。今大話があるとこです」
というのは清さんのお袋だ。喜兵衛どんの婆さんもいる。五郎兵衛どんの婆さんもいる。七兵衛の爺さんもいた。みんな湯に入ってしまって話しこんでいるらしい。だれか障子をあけて皆が省作に挨拶する。清さんは囲炉裏のはたにごろねをしていた。おとよさんだけが影も見えず声もしない。よいあんばいだなと思う心と、失望みたような心が同時にわく。湯は明いてますからとお袋がいうままに省作は風呂場へゆく。風呂はとろとろ火ながら、ちいちいと音がしてる。蓆蓋を除けて見ると垢臭い。随分多勢はいったと見える。省作は取りあえずはいる。はいって見れば臭味もそれほどでなく、ちょうど頃合の温かさで、しばらくつかっているとうっとりして頭が空になる。おとよさんの事もちょっと忘れる。雨が少し強くなってきたのか、椎の葉に雨の音が聞こえてしずくの落つるが闇に響いて寂しい。座敷の方の話し声がよく聞こえてきた。省作は頭の後ろを桶の縁へつけ目をつぶって温まりながら、座敷の話に耳をそばだてる。やっぱりそのごやごやした話し声の中からおとよさんの声を聞き出そうとするような心も、頭のどこかに働いている。声はたしかに五郎兵衛婆さんだ。
「そら金公の嬶がさ、昨日大狂言をやったちでねいか」
「どこで、金公と夫婦げんかか、珍しくもねいや」
「ところが昨日のはよっぽどおもしろかったてよ」
「あの津辺の定公ち親分の寺でね。落合の藪の中でさ、大博打ができたんだよ。よせばえいのん金公も仲間になったのさ。それをだれが教えたか嬶に教えたから、嬶がそれ火のようになってあばれこんだとさ」
「うん博打場へかえ」
「そうよ、嬶のおこるのも無理はねいだよ、婆さん。今年は豊作というにさ。作得米を上げたら扶持とも小遣いともで二俵しかねいというに、酒を飲んだり博打まで仲間んなるだもの、嬶に無理はないだよ」
「そらまアえいけど、それからどうしたのさ」
「嬶がね。眼真暗で飛び込んでさ。こん生畜生め、暮れの飯米もねいのに、博打ぶちたあ何事たって、どなったまではよかったけど、そら眼真暗だから親父と思ってしがみついたのがその親分の定公であったとさ。そのうちに親父は外へ逃げてしまった。みんなして、おっかまア静かにしろって押えられて、見ると他人だから、嬶もそれ大まごつきさ。それでも婆さん、親分と名のつくものは感心だよ。いやおっかアに無理はねい。金公が悪い。金公金公、金公どうしたっていうもんだから、金公もきまり悪く元の所へ戻ってくると、その始末で、いやはよっぽどの見もんであったとよ」
「そりゃおかしかったなア」
皆一斉に笑う。
「それからまだおかしい事があるさ。金公もそのままのめのめと嬶と二人で帰られめい。金公が定親分にちょっとあやまってね、それから嬶の頭を二つくらしたら、嬶の方は何が飛んだかなというような面をしていて、かえって親分が、何だ金公、おれの前で嬶を打つち法はあんめいってどなられて、二人がすごすご出てきたとこが変なもんであったちよ」
「うんそうか。それでも昨日の日暮れおれが寄ったら、刈り上げで餅をついたから食っていかねいかって、二人がうんやなやでやってたよ」
「うん、あん嬶いつもそうさ。やっぱり似たもの夫婦だよ。アハハハハハ」
それから何か次の話が出そうですこぶるにぎやかだ。省作も思わず釣りこまれてひとり笑いしていると、細目にあいてる戸の間から白い女の顔がすっと出た。省作ははっとする間もなくおとよさんは、風呂の前へきて小声で「今晩は」という。省作はちょっと息つまって返辞ができないうちに、声かすかに、
「お湯がぬるくありませんか」
「ええ」
「少し燃しましょう」
おとよさんは風呂の前へしゃがんで火を起こす。火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返しが、てらてらするように美しい。省作はもうふるえが出て物など言えやしない。
「おとよさんはもうお湯が済んで」
と口のうちで言っても声には出ない。おとよさんはやがて立った。
「おオ寒い、手がつめたい」
と言って二本のまっ白い手を湯の中へ入れる。省作はおとよさんの手にさわってはたいへんとも何とも思わないけれど、何となく恐ろしくからだを後ろへ引いた。
「省作さん、流しましょうか」
「ええ」
「省作さんちょっと手ぬぐいを貸してくださいな」
おとよさんは忍び声でいうので、省作はいよいよ恐ろしくなってくる。恐ろしいというてもほかの意味ではない。こういう時は経験のある人のだれでも知ってる恐ろしさだ。省作は手ぬぐいをおとよさんに貸してからだを湯に沈めている。おとよさんは少し屈み加減になって両手を風呂へ入れているから、省作の顔とおとよさんの顔とは一尺四、五寸しか離れない。おとよさんは少し化粧をしたと見え、えもいわれないよい香りがする。平生白い顔が夜目に見るせいか、匂いのかたまりかと思われるほど美しい。かすかにおとよさんの呼吸の音の聞き取れた時、省作はなんだかにわかに腹のどこかへ焼金を刺されたようにじりじりっと胸に響いた。
はたして省作の胸に先刻起こった、不埒な女だとかはなはだよくない人だとか思った事が、どこの隅へ消えたか、影も形も見せないのだ。省作も今はうっとりしておとよさんに見とれるほかなかった。人の話し声も雨の音もなんにも聞こえないで、夢のような、酔ったような、たわいもない心持ちになって、心のすべて、むしろからだのすべてをおとよさんに奪われてしまった。省作は今おとよさんにどうされたって、おとよさんの意のままになるよりほか少しでも逆らうべき力がないようになってしまった。なるほど女というものは恐ろしいものだ。
おとよさんは「ありがとうございました」と小声でいうて手ぬぐいを手渡しながら、一層かすかな声で「省作さん」というた。その声はさすがにふるえている。省作は、「はア」と答える声すら出ないで、ただおとよさんの顔をじっと見上げているうちに、座敷の方で、
「おとよおとよ」
と呼ぶのはお袋の声だ。おとよさんは無言のまますっと身をかわして戸の内へはいる。はいってから、
「はアい」
とあざやかな返辞をする。
「湯がぬるかないか。釜の下を見て上げてくれ」
「はい」
おとよさんは再び出てきて、今度はさえざえした声で、
「省作さんおぬるいでしょう。ゆっくりはいっててください。今燃しますから……」
人をはばからない声だ。薪を二、三本釜に入れて火を燃しつけた。省作はそれにはかまわず、湯を出て着物を着掛けている。
「省さんもう上がったんですか。ぬるかったでしょう」
省作はいくじなく挨拶のことばも出ないが、帯を締めるにもことさらに手間どってもじもじしている。おとよさんはつと立ってきて髪の香りの鼻をうつまでより添う。そして声を潜めて、
「この間里から蜂屋柿を送ってくれたから省さんに二つ三つあげますよ」
おとよさんは冷たい髪の毛を省作の湯ぼてりの顔へふれる。省作も今は少し気が落ちついている。女の髪の毛が顔へふれた時むらむらとおとよさんがいじらしくなった。おとよさんは柿を省作の袂へ入れ、その手で省作の手をとった。こんな場合を初めて経験する省作はそのおとよさんの手をとり返しもせず、とられたままにおどおどしていた。とられた手に一層力がはいったと思うと、おとよさんはそのまま手を引き、燕のように身をひるがえして戸の内へ消えてしまった。省作はしばらくただ夢心地であったが、はっと心づいて見ると、一時もここにいるのが恐ろしく感じて早々家に帰った。省作はこの夜どうしても眠れない。いろいろさまざまの妄想が、狭い胸の中で、もやくやもやくや煮えくり返る。暖かい夢を柔らかなふわふわした白絹につつんだように何ともいえない心地がするかと思うと、すぐあとから罪深い恐ろしい、いやでたまらない苦悶が起こってくる。どう考えたっておとよさんは人の妻だ、ぬしある人だ、人の妻を思うとは何事だ、ばかめ破廉恥め、そんな事ができるか、ああいやだ、けれどおとよさんはどこまでも悪い人ではない、憎い女ではない、憎いどころではない、おとよさんのような女でそうしてあんなに親切な人はどこにもない、一体どういうわけであのしっかりとしたおとよさんが、隣の家のようなくずぞろいの所にいるのか、聞けば全く媒妁の人に欺かれたのだというのに、わからねいなア、そのくせ清さんと仲がえいかというに決してそうでないようだに、おとよさんはえい人でかわいそうな人だ、どうしたらえいだろう。
ただお互いに思い合ってるばかりで、どうもしなければさしつかえもあるまいが、それでお互いに満足ができようか、それがまたできたところでつまりはつまらない事になってしまう。いくら考えても結局を思えば、おれとおとよさんが何ほど思い合ってもどうする事もできやしない。徒らなる感情の上にむなしき思いを通わせても罪の深いことは同じだ。世間にうわさでも立てられた日には二人がこうむる禍いも同じだ。ああつまらないばかばかしい。そうだおとよさんによく言い聞かして、つまらぬ考えはやめさせよう、それに限る。それでもおとよさんがおれの言うことを聞くかしら、一体おとよさんはどういう了簡かしら。何もかもわかってるおとよさんが、人の妻でいながらあんなことをするのは、困ったなア。いくら考えなおしてもおとよさんはえい人だ、いとしい人だ。おとよさんのためならおら罪人になってもえい。極道人になってもえい。それでおとよさんさええいと思っててくれるなら。ああ困った。
省作はとうとう鶏の鳴くまで眠れなかった。幾百回考えても、つながれてる犬がその棒をめぐるように、めぐっては元へ返り、返っては元へ戻り、愚にもつかぬ事をぐるぐる考えめぐっていたのだ。泳ぎを知らない人が水の深みへはいったように、省作は今はどうにもこうにも動きがとれない。つまりおとよさんの恋の手に囚われてしまっているのだから、省作が一人であがいた分には、いくらあがいたってなんにもならないのだ。この事件は省作の心だけではどうすることもできないのだ。
五
それから後のおとよさんは片思いの人ではなかった。隣同士だからなんといっても顔見合わせる機会が多い。お互いにそぶりに心を通わし微笑に意中を語って、夢路をたどる思いに日を過ごした。後には省作が一筋に思い詰めて危険をも犯しかねない熱しような時もあったけれど、そこはおとよさんのしっかりしたところ、懇に省作をすかして不義の罪を犯すような事はせない。
おとよさんの行為は女子に最も卑しむべき多情の汚行といわれても立派な弁解は無論できない。しかしよくその心事に立ち入って見れば、憐むべき同情すべきもの多きを見るのである。
おとよさんが隣に嫁入ったについては例の媒妁の虚偽に誤られた。おとよさんの里は中農以上の家であるに隣はほとんど小作人同様である。それに清六があまり怜悧でなく丹精でもない。おとよさんも来て間もなくすべての様子を知っていったん里へかえったのだが、おとよさんの父なる人は腕一本から丹精して相当な財産を作った人だけに、財産のないのをそれほどに苦にしない。働けば財産はできるものだ、いったん縁あって嫁いったものを、ただ財産がないという一か条だけで離縁はできない、そういう不人情な了簡ではならぬといわれて、おとよさんはいやいや帰ってきた。父の言うとおり財産のないだけで、清六が今少し男子らしければ、おとよさんも気をもむのではない。そういう境遇のところへ、隣のことであるから、自然省作の家と往復して、省作の人柄が、温和なうちにちゃんとしたところがあり、学問とて清六などの比ではない、そのほかおとよさんとどこか気のあったところのあるので、おとよさんはついに思いをよせる事になったのだ。陰ながらも省作を見、省作の声を聞けば、おとよさんはいつでも胸の曇りが晴れるのだ。それがため到底だめと思ってる隣の家にうかうか半年を過ごしたのである。その年もようやく暮れて、十二月半ばごろに突如として省作の縁談が起こった。隣村某家へ婿養子になることにほぼ定まったのである。省作はおはまの手引きによって、一日おとよさんと某所に会し今までの関係を解決した。
お互いに心の底を話して見れば、いよいよ互いに敬愛の念がみなぎり返るのであるが、ままならぬ世のならいにそむき得ず、どうしても遠い他人にならねばならない。男同士ならばますます親密の交わりができるのに男女となるとそうはゆかない。実につまらない世の中だ。わが身心をわが思いに任せられないとは、人間というものは考えて見るとばかげきったものだ。結婚せねばならぬという理屈でよくは性根もわからぬ人と人為的に引き寄せられて、そうして自ら機械のごときものになっていねばならぬのが道徳というものならば、道徳は人間を絞め殺す道具だ。二人は互いに手をとって涙の糸をより合わせ、これからさき神の恵みに救われるような事があったらば、互いに持った涙の繩を結び合わせようと約束した。
この事あった翌々日、おとよさんは里へ帰ってしもうた。そうしてついに隣へ帰って来なかった。省作もいったん養家へいったけれど、おとよさんとのうわさが立ったためかついに破縁になった。
(明治四十一年一月)