佐藤春夫詩集

11話 消閑雜詩 オルゴオルにそへて弟に與ふ

322字 約1分 2022年4月9日 公開

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恥多き物語書き得て得たる金いくらか。

病癒えそむる汝(なれ)が枕べに置かばやと

オルゴオルを買ひ來て、春の夜ふけに

まづみづから試みなぐさむなり……

これはこれ詩人が心の臟なれば、

うた湧き出づる箱のよろしさよ、

聞きつつをれば春の夜はそぞろに

こころはをさな子のごとく物好きになり

ふと、その箱のおもてに手をふるれば

思ひきや、これはこれ夢かとふるき思ひ出の

少女子(をとめご)がときめく心の臟をひそめをさめて

わが手にひびくをののきのかそけさよ

あやしさよ、いみじさよ、いとしさよ、

げに歌湧きいづるこの箱のよろしさよ。

な言ひそ、弟よ、汝(なれ)がいのちいま衰へて

人の世の喜びに置く枕べの小さなる箱一つと。

知れよ、汝(なれ)が兄は命壯(さか)んなる日にもなほ且つ、

人の世の喜びはただ小さなるわが心の箱一つぞと。

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