2話 二
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すぴーすぴー、はろーはろー。と突然、何の鳥か、野原の真ん中にすぐれて大きく一本立って居る、欅の梢で鳴き声がしました。トシオはあわてて、その方を向きました。しかし、黄ばんだ葉も半落ち切らない上に、何百年間か張りはびこった枝が、小さな森くらいに空を劃ってこんもりと影を作り、その処々に、尨大な毬の様な形に、葛の蔓のかたまりが宿って居るので、鳥はそのなかにでも隠れて居るのか、一向に、その姿が、トシオに見えないのでした。が、鳥はなおも、声を張って、その不思議な美妙な響きで、トシオの耳朶をふるわすほど近く鳴くかと思えば、また、かすかに、雲の彼方に消え入って、其処でほのかに忍び啼きして居る様な、それが一層トシオをなつかしがらせる静な優しい調子を帯びるのでした。
さすがにトシオは子供です。この自分をしきりに誘う小鳥の声にそそのかされて、今までの、不平も疑いも、すっかり忘れて、いっさんに大欅の下へ走って行きました。
「鳥はどこか、何の鳥か」
トシオはまた一心に、そこから上を見上げました。しかし不思議なことには、あれほど今まで朗に優しくなつかしく鳴いて居た鳥は、どこへいったものやら、トシオが見上げる大欅の梢の隅々まで尋ねても、かすかな羽ばたきさえ聞かれそうもなく、静まり果ててしまいました。
「おや、どうしたことだろう」
とトシオは、しばらくしてから、小さな拳をかためて、欅の幹をたたき始めました。
「鳴け、鳴け、小鳥」
トシオは斯う云い乍ら、どれほど叩き続けたことでしょう。けれど、何百年も経った、たくましい幹がトシオくらいな少年の拳に、何の答えをすることですか。鉄傘の様にトシオの頭の上に、堅固な手を組み交した枝の一本でも、トシオのためにゆるいで見せて呉れることですか。樹の全体は、憎らしいほど落ち付き払って、枝に残った枯葉たちは、その一つ一つ小さな背へ、やがて散る前の、最後の一時の黄金色を、思い切り太陽の光から受けて、はかな相な満足にかがやいて居ます。
トシオは手の皮のにじむまで、欅の幹を叩きつけましたが、とうとう鳥を呼び戻すことは出来ませんでした。がっかりして、拳をほぐして、平手で額の汗を拭きますと、急に躯の疲れを覚えました。トシオの小さな躯は、もう立って居ることに堪えられないほど、ぐたぐたに疲れて仕舞って居ました。トシオは思わず躯を投げ出して海の高波の様に四方へこぶこぶに太くあらわに這って居る欅の根のひとところへ、うつぶして仕舞いました。