諜報中継局

1話 諜報中継局(1)

8,129字 約16分 2015年1月11日 公開

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 問題の「諜報中継局(ちょうほうちゅうけいきょく)Z85号」が、いかなる国家に属しているのか、それは今のところ(つまびら)かでない。

 しかしこの諜報中継局が、アメリカの政治首都ワシントンと経済首都ニューヨークを含む地域内に潜伏(せんぷく)していることだけは確言(かくげん)できる。そして局の位置は、たえず移動をつづけているようである。ある日の午後は、軍需倉庫(ぐんじゅそうこ)の一隅にあるかと思えば、その翌日の早朝にエンパイヤハウスの三十七階の一室にあるという具合に、始終(しじゅう)移動をつづけている。

 その局には、アメリカ各地からの諜報が、ひっきりなしに(あつま)ってくる。その諜報は、アメリカの軍関係事件だの重要会談だの大ものから始まり、(ちまた)の民衆の声までを集録(しゅうろく)している。

 その頃、この地域に、うつくしくてちょっと面白い花壜(かびん)が流行した。その花壜は、壁にぺたり吸いつく花壜であった。(ボタン)が二つついていて、花壜の(たいら)な側を壁におしつけ、上の釦をぽすんと押すと、花壜は壁にぴたりと附着する。そうなった限り、大の男が花壜に手をかけて、汗を流して花壜を壁からはがそうとしても、決して離れない。

 それを離すためには、下の釦をぽすんと押すしかない。そうすると花壜は石のように下に落ちていく。

 この魔法じみた花壜は、要するに花壜と壁との間に真空をつくり、その真空ゆえに花壜は落ちないで壁にくっついているのであった。有名な真空の実験に、「マクデブルクの半球(はんきゅう)」というのがある。二つの半球を合わして、中を真空にし、この半球に別々に馬数頭をつけ、右と左とに引張らせたが、遂に二つの半球を引放すことは出来なかった。ことほど左様に、真空の力は偉大である――というのであるが、ここでは真空応用の壁かけ花壜が主たる問題なのではなく、この流行花壜をZ85に属するスパイ達が盛んに利用しており、そして彼等の利用している流行花壜の中には、精巧なる小型録音機が隠されてあり、壁を通して隣室の話声を(ことごと)く録音するという恐るべき力を持っていることについて御注意を喚起(かんき)しておきたい。

 実に、以下集録するところの会話は、そういう盗聴(とうちょう)道具を利用して録音し得た結果なのである。といって、そのすべてをここに集録できないので、日本に関係のあることだけを並べてみる(以上、元Z85局付85713記す)。

 西暦千九百四十四年十一月○日午前二時、大統領私室(ししつ)に於て。大統領と“影”の大統領ゼルコフとの会談――。

ゼルコフ「一体どうするんだね、この始末は……」

大統領「どうするもないさ。余は余の既定方針に基き、それを強行するまでだ」

ゼルコフ「ちょっと待ってくれ。余の既定方針強行は元気があってよろしいが、しかし実際はどうなんだい。わが艦隊の損害は少くないぞ。ダイホンエイ発表なんか、かなり遠慮して発表してある。それにも(かかわ)らず国民は騒いでいる。もし本当の損害を国民が知ったら、どういうことになるだろう」

大統領「小出し発表、遅延(ちえん)発表でないかぎり、国民を無用に失望させてよろしくない。真珠湾(しんじゅわん)で、それはもう試験ずみだからね。今度も、その方式でやっている。これが最善の方法だ」

ゼルコフ「宣伝方法を問題にしているのではない。わが艦隊の弱体化の影響について、君の反省を(うなが)しているんだ。今はまだ目に見えて戦局に影響していない。それは今回の総力比島(ひとう)攻撃に用意した物量が非常に大きかったから、その惰力(だりょく)で今は敵を押しているのだ。しかし後二週間()ち三週間経つと、この影響は深刻に戦闘力の上に加わってくる。君は、太平洋に同胞のミイラを多数製造するつもりではなかろうな」

大統領「わが物量は、日本の生産数量に比し、絶対に圧倒的である。余は物量を(もっ)て、完全に日本を屈服させ得るという信念を今もって堅持(けんじ)している」

ゼルコフ「困った信念だ。そういう信念は、対日戦の現段階に於て、一日も早く訂正さるべきだ。日本軍及び日本国民を物量だけで屈服せしめることは出来ないのだ。()えて()くが、日本軍の体当(たいあた)り戦法に対して、われは適確なる防禦を未だに持っていないではないか」

大統領「適確なる防禦法は、豊富なる物量を持って押すことだ。攻めるも護るも、これで押徹せばよいのだ。遅疑(ちぎ)逡巡(しゅんじゅん)すれば、そこに破綻が生ずる。君がそういう国家の不利益を、この上もたらさないことを望む」

ゼルコフ「なんだって。そんなぼんくらな考えで大統領でございと(おさま)っていられてたまるものか。おれはこれを委員会へ警告しておくからな」

大統領「それは御随意(ごずいい)に。余が大統領である以上、それを余の最善と信ずる方向へ向けるのは(けだ)し当然のことだ」

ゼルコフ「待て。きさまを大統領にしたのは誰だか知って()ろう。国民じゃないぞ。われわれの委員会だぞ」

大統領「余は大統領である。誰が余を大統領に選定したにしろ、余は大統領たるの職権を信ずるところに従って振うばかりである」

ゼルコフ「きさまは気が変になっているんだ。さもなければ、そんなことをいうはずはない。おれたちを怒らせて、何を得るか、分っているはずだ」

 ゼルコフ退場し、扉が閉まる。ブザーが鳴る。秘書カスリン女史が入ってくる。

秘書「大統領閣下……」

大統領「おう、ミス・カスリン。医師を呼んでくれたまえ。疲れを直す注射を、すぐやってもらいたい。今日はひどく疲れた」

秘書「はい、只今」

 秘書電話機を取上げ、医師を呼ぶ。すぐ来るという返事があった。これを大統領に通ずる。

秘書「御用はこれで……」

大統領「ない。またゼルコフが来るかもしれん。来たら、病気で寝ているといってくれたまえ」

秘書「はい、かしこまりました、われらの閣下。あのう、ゼルコフは、さっきぷんぷんして戻っていきました」

大統領「ふん。なんといったって、大統領となってしまえばこっちのものだ。国民はわしを支持しているのだ。国民は、わしが世界の帝王になることを望んでいるのだ」

 突然ゼルコフが、この部屋へ闖入(ちんにゅう)してくる。

ゼルコフ「おい大統領。言い残したことがある。君は君の政策戦略に責任を持つね」

大統領「御念に及び申さぬ」

ゼルコフ「もし失敗したらどうする。そのとき君は責任を()って辞職するか」

大統領「はい、そのときは責任を執りまする。りっぱに責任を……どうぞ委員会の紳士方へよろしく」

ゼルコフ「なにい。(傍白)大統領のやつ、少し折れて来たかな。いやいや、困った莫迦(ばか)者だて」

 エル・ピー通信社の編集長室にて。

記者パイク「編集長。これは重大事件だぜ。大統領と“影”の大統領との正面衝突事件。これこそ前代未聞だ。わが国(ユー・エス・エー)はどこへ行くといいたいところだ」

編集長「いや、大統領はどこへ行くか――だよ。わが国は要するに『ユダヤ人がわれわれを支配している国家』だ。それで明白(めいはく)。それ以外の何物でもない。ところが大統領の場合は、そんな固定したものではない。彼は今や青雲街道(せいうんかいどう)を踏み出していると見るべきだ」

記者パイク「でも、あの様子じゃ、大統領は“影”の委員会からボイコットされますぜ。たとえ大統領の任期はあと四年間あったとしても、“影”の委員会の方で大統領を変えようと思えば、わけなしだからね」

編集長「大統領にしてみれば、ボイコットされてもいいと思っているよ。彼の狙っているのは、世界の帝王だからね。わが国の大統領なんか、それに(くら)べれば微微(びび)たる存在だよ。“影”の委員会が大統領を(おさ)える力を持っていたのは、少くとも千九百四十四年より以前のことだ」

記者パイク「そうかなあ。しかし僕はユダヤ人組合――“影”の委員会の実力をそんなに下算したくない。大統領は、此頃(このごろ)すこし頭がどうかしているね」

編集長「そうでもない。彼はあくまで大胆にして、あくまで細心(さいしん)さ。そうだ、今晩十一時から、プリストン大学でアインスタイン国防科学研究会議が開催される。君、そこへ行ってくれ」

記者パイク「その会議は、例によって記者は締め出しでしょうな」

編集長「もちろんだ。西太平洋に於ける惨敗の直後のことだから、警戒は一層厳重(げんじゅう)となろう。外科の大家ヴィニー博士を帯同して行った方がいいな」

記者パイク「今晩の会議の内容は分っているのかね」

編集長「分らない。しかし想像は出来る。日本軍の体当り戦術に対しての対策研究に在ることは明白だといっていいだろう」

記者パイク「ああ、体当り戦法。実際あれはすごいなあ。日本人の心理が分らん。ニミッツは日本兵を『猿だ』といったが、猿でもなければ、人間としてあんな真似はやれない」

編集長「猿が自殺したことは記録にない。あれは人間でないとやれないことだ。ここだけの話だが、日本人は世界中で一番崇高(すうこう)で一番潔癖(けっぺき)で一番道徳の高い民族だ。あれで生産力を持っていたら、天下無敵だよ」

記者パイク「編集長は、ジャップを友人に持ったことがあるのかね」

編集長「あったとも。おれは日本人を信じている一人だよ、今もね。しかしわが国の政府役人は、ひどいことをしやがる。この間○○の動物園に、日本勇士の俘虜(ふりょ)を檻に入れてあるというので、わいわい見物人が押し寄せていると通信があった。僕は(ついで)があったので、こっそり寄ってみた。ひどいことをしてあったぜ」

記者パイク「あの話なら聞いたがね、ニミッツがジャップは猿だといったんだから、檻につなぐのは当り前じゃないか」

編集長「まだ先を聞けよ。本当に檻に入れてあったよ。たいへんな格好をさせてあるんだ。歯は一本残らず抜いてあるし、爪をみんな()がしてある。自殺できないようにというんだ」

記者パイク「真珠湾――いや台湾沖フィリピン沖のかたきだ」

編集長「ところがその俘虜(ふりょ)の勇士だというのが、僕の知っている日本人だったんだ」

記者パイク「えっ、何だって」

編集長「J・Kとかいう日本人なんだよ。彼は勇士でもなんでもない。戦争前までは、カリフォルニアの農園で洗濯屋をやっていたおやじなんだ。僕は知っているんだ。その洗濯屋のおやじはもちろん敵国人の強制収容で、保護を加えてあった筈だが、それがどこをどう廻ったか、○○動物園で日本の俘虜に(ふん)しているのさ。汚いね、わが国の役人どものやり方は……」

記者パイク「ふうん、それが本当だとすると、頭のいい役人がいやがったもんだよ」

編集長「戦争が済んだら、僕はこの件について(いささ)かものをいいたいと考えている」

記者パイク「じゃあ行ってきますよ」

編集長「ああそうか。要慎(ようじん)して行きたまえ。汚い奴がうようよしているからね」

 プリストン大学地下講堂にて。

座長ハル博士「途中ですが、只今特使が私のところへ見えました。それによると、本会議中、大統領閣下が微行(びこう)をもってここへ臨席されるそうです」

 拍手が起る。

座長ハル博士「この光栄に対して、会長アインスタイン博士が欠席して居らるるのは遺憾(いかん)であります。衆議をもって、同博士の参加をもう一度慫慂(しょうよう)してはどうかと思いますが、御意見は……」

 満場の拍手。

座長「では、全員御賛成と認めます。それでは早速アインスタイン博士へ使者を出すことにします」

 満場がやがやと雑音を発す。

 座長の(つち)の音。

座長「では、中断されたる会議を続けます。マスネー博士どうぞ」

マスネー博士「不幸中断されましたが、余の述べんとするところは、あといくばくも残って居りません。……で、結論でありまするが、要するにわが国(ユー・エス・エー)の最大の弱点は人的資源の減少に在り、これを補填(ほてん)する一つの有効なる方法として、余が述べ来りたる人体集成手術隊(じんたいしゅうせいしゅじゅつたい)の編成が急がれるのであります」

 マスネー博士がコップから水を呑む音。

マスネー博士「人体集成手術は、すでに試験時代を終ったと申してよろしい。余は、わが研究室部員を率いてフランス戦線に三ヶ月を送り、その間に集成手術によって取纏(とりまと)めたる人体は十体に達した。そしてそのうち七体は遂に生活体とならなかったが、残りの三体は呼吸をはじめ、心臓が動きだし、たしかに生きかえったのである。ところが二体は十七分乃至(ないし)一時間十分にして再び死し、残りの一体は今もフランスのアルデンヌの野戦病院に生きているのである。実に本日をもって三十七日生きているのである。これがその生存を知らせて来た電報である」

 マスネー博士が、電報の紙をぱりぱりいわせる。

マスネー博士「それゆえ、人体集成術は成功したと断言できる。兵士Aは頭部をやられて死し、兵士Bは胸を撃たれて死す。兵士Cに至っては脚部(きゃくぶ)出血多量(しゅっけつたりょう)で死したのである。しかし兵士Aに至っては、頭部以外は健康体である。兵士Bは胸部以外は故障がないのだ。兵士Cは、僅かな脚部の傷と血液の欠乏だけで、人体の他の部分には異常がないのだ。従来(じゅうらい)は、AもBもCも等しく戦死者として死体は勿体なくも焼却(しょうきゃく)された。なんという不経済なことであろうか。特に今日の如くわが国(ユー・エス・エー)の戦死者が百万人を単位として数えねばならなくなった折柄(おりから)、あたら健全なる内臓、筋肉、神経、脳細胞をどんどん燃してしまうというのは浪費(ろうひ)も甚だしく、戦力を害すること実に大なるものがある」

 マスネー博士、また水を呑む。コップははげしい音をたてて卓を打つ。

マスネー博士「じゃによって、かかる戦死者の身体より、健全なる部分を切取り、その腐敗(ふはい)前に処置をなし、分類して長期保存に耐えるようになし、それから時を見てわが人体集成手術を(ほどこ)すのである。その結果、頭部は兵士C、肩から下腹部までは兵士A、脚と血液は兵士Bの集合体が出来るわけである。多量のリンゲル液と、電気メスと、電気培養器と、電気衝撃器(しょうげきき)恒温室(こうおんしつ)とがあれば、これが可能なのである。即刻この方法を採用あらんことを希望する。おわり」

 拍手わく。つづいて雑音さかんなり。

 槌の音。座長が注意したのである。

座長「では、採決に入ります。実行に移すことに御賛成の方は御起立ねがいます」

 満員起立の音聞える。

座長「はい。全員賛成と認めます。では本件はすぐに上申(じょうしん)し実行に移すよう努力いたします。委員長としてマスネー博士を指名いたします」

 大拍手が起る。

座長「するとマスネー博士、さしあたり欧州の方へ行かれますか」

マスネー博士「はい。それが便利です」

座長「しかし実際のわが人的資源の損害は太平洋方面がはげしいのですが、こっちの方へも行っていただけませぬか」

マスネー博士(やや狼狽(ろうばい)せる声)「いや、まだ太平洋の方は温度気圧湿度などの条件と手術の関係が研究できて居りませぬので、当分太平洋は……それに、欧州方面で試験すべきことが多々(たた)残って居りまして、ぜひとも欧州専門にいたしたく……」

 同じ会場にて。

座長「テイラー博士。どうぞ」

テイラー博士「ウラニウム爆弾が使用されねばならぬと盛んに喧伝(けんでん)されていますが、余の意見としては、わが国(ユー・エス・エー)にはウラニウムの手持がすくなく、到底(とうてい)このたびの戦争の間に合いかねると考えます」

「同感」と叫ぶ者あり。

テイラー博士「ウラニウム乃至ウラニウムよりも遥かに放射能の盛んなる重物質を適確に入手する資源地帯として、この地球はあまりに貧弱すぎます。余の結論としては、何といたしましてもこれを地球外より(もと)めるを要するのでありまして、例えば、かの火星、或いは金星土星等より得るの方法を講究すべきでありますが、これは今次(こんじ)戦争には間に合いかねる。つまり宇宙艇から設計を始めなければならんわけです」

 歎息(ためいき)が聞える。

テイラー博士「そこで余は、ウラニウム、ラジウム等の放射能金属を原料とはせず、もっと他の物質を選び、しかもわが地球――殊にわが国(ユー・エス・エー)に多量に存在するものを使用せんことを考慮したのであります。その結果、ボロンが最も適当であると信ずるに至りました」

 会衆の歎息が再び聞かれる。

テイラー博士「なおもう一つの重大なる問題は、かかる原子崩壊(げんしほうかい)によるエネルギー搬出(はんしゅつ)のため是非(ぜひ)に必要とするサイクロトロンのことである。サイクロトロンがあってこそ原子崩壊が出来るのであるが、このサイクロトロンなるものは、超高圧(ちょうこうあつ)を使用する甚だ巨大なる器械であって、到底飛行機に積みこむというわけに行かぬ。で、サイクロトロンの簡易化(かんいか)軽量化(けいりょうか)こそ、本件の重大問題である」

 会衆は三たび(うな)った。

テイラー博士「しかし余はこの問題を見事解決したのである。余の研究室では、送信真空管乃至はオッシログラフ用ブラウン管ぐらいの、極めて軽便(けいべん)なる大きさの新サイクロトロン――名付けてテイクロトロンというものを作ることに成功した。偉力(いりょく)はジーイー研究所の最大なるものに比し、更に七十パーセント方強力である。(わず)かこればかりのテイクロトロンが……」

 会衆の歎声(たんせい)が大きくなり、「テイクロトロン」「テイクロトロン」と声が高い。

テイラー博士「このテイクロトロン装置は、全重量が僅かに十五封度(ポンド)で、小脇に(かか)えて歩けるほどだ。従って従来のエンジンに代り飛行機に取付けると、飛行機の重量は少くとも三十パーセント軽くなる。しかもテイクロトロンを以てボロンの原子崩壊を適度に続行(ぞっこう)させ、それを以て飛行機を推進させると、航続距離は殆ど無限であり、飛行機上で年を重ねることも可能である。また速度においては、欲すれば現在の航空機速力の百数十倍にもあげることが出来るが、機体の冷却を適当にやらないと空中に於て流星(りゅうせい)の如く燃焼する(おそ)れがある」

「ほうほう」「驚異(きょうい)だ」「テイクロトロンを早く見たいものだ」などの声あり。

テイラー博士「余の苦心せるところは、如何にして原子崩壊の際生ずるエネルギーを、航空機推進力に転換(てんかん)せしめるかということ、それから如何(いか)にして最少のエネルギーを取出すかということであった。殊に後者(こうしゃ)については、諸君は何故(なにゆえ)に最少のエネルギーを取出すことに苦心するかと思われるだろうが、抑々(そもそも)原子崩壊によって生ずるエネルギーはものすごく強大であって、僅か角砂糖(かくざとう)ほどのものを崩壊することによって生ずるエネルギーで、わが国の全艦隊を天空(てんくう)(マイル)の上へまで吹き上げることが出来るのである。されば左様(さよう)なエネルギーを今出しても、それを扱い得るものがない。(ゆえ)に、今日の飛行機なり戦車なり軍艦を動かし得る程度の微少(びしょう)エネルギーを放出せしめんとすれば、勢いボロンの量を微少にしなければならぬ。かかる程度の微少量のボロンを計量し、それをテイクロトロンに装填(そうてん)するのであるが、この計量が至極むずかしい」

「なるほど」「もっともだ」「微少のボロンを(はか)り、微少のエネルギーを出すことに苦心するとは皮肉な現象だ」などという者あり。

テイラー博士「実は本日ここへ試作のテイクロトロンを持参して、諸君の高覧(こうらん)(きょう)したいと思っていたところ、出掛けるときまでに間に合わなかった」

「それは残念だ」「形だけでも見たい」と叫ぶ者あり。

テイラー博士「しかし余のこの報告が終了する頃までには、余の助手がここへ持参(じさん)出来る筈であったが、どうしたものか、(いま)だに姿が見えぬ」

「後刻でもよい」という者。「今、どこまで出来ているのか」と(たず)ねる者など。

テイラー博士「実は、今日、ここへ持参する筈のテイクロトロンは、(あらかじ)め原子崩壊に使ってみて、よく働くことを確かめた上、持参することになっている。働きもしない不良品(ふりょうひん)を、諸君の如き権威者(けんいしゃ)に見せることは、礼を失するも(はなは)だしいものと思うからである」

「いや、その心配無用」「その実験が見たい」「今日の実験では、出てくるエネルギーを何につかうのか」と叫ぶ者あり。テイラー博士のテイクロトロンの研究報告は、俄然(がぜん)一座を大きく刺激(しげき)したようであった。

テイラー博士「わが研究室に於ける本日の実験に(おい)ては、出力エネルギーをもって、構内(こうない)の一隅にある巨大なる山毛欅(ぶな)を倒そうと計画している。

「それは大丈夫か」「果して倒れるか」「出力が大きすぎて山毛欅がぶうんと飛んできて大学の建築物を壊すようなことはないか」などの声あり。

テイラー博士「それは厳重(げんじゅう)に計算の結果、適量なるボロンを併用することにしてあるから、危険はないと思う」

「しかし博士がその試験に立合わないのは危険きわまると思う」「いや、大したことはあるまいよ。せいぜい山毛欅の皮が()げれば、まず成功としなければならんのだと思う」などの声ありて、過大視(かだいし)する組と過小視する組と二派に分れる。

座長(木槌(きづち)を叩きて)「諸君、静粛(せいしゅく)に願いまする。本件の結論をテイラー博士より聴取したいと思います。テイラー博士」

テイラー博士「はい、それではわがテイクロトロンの……」

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