5話 崩れる東京ビル
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敬二少年は、石を積みかさねてつくられたビルディングが、溶けるように消えてゆくのを見た。――なんという怪奇であろう。
「……」敬二少年は、愕きのあまり、叫び声さえも咽喉をとおらない。
彼が見た光景を、もっとくわしくいうと、こうである。――
彼は、東京ビルを背にして立っていたのであった。ところがうしろにカチカチカチッと硬いものをはげしく叩くような音がしたので、うしろをふりかえってみると、さあ何ということであろう。東京ビルの入口に立っている太い柱の一本が、下の方からだんだん抉られてくるのであった。柱はみるみる抉られてしまって、メリメリと、大きな音をたててゴトンと下に落ちた。そして中心を失って、スーッと横に傾くと、地響をたてて地上に仆れ、ポーンと粉々にこわれてしまった。
敬二少年は、わずかに身をかわしたので、辛うじてその柱の下敷きになることから救われた。
カチカチカチッ。――また怪音がする。
「おやッ――」と、音のする方をふりかえった少年の目に、また大変な光景が目にうつった。
それは、東京ビルの玄関が、下の方からズンズン抉られてゆくことであった。まるで砂糖で作った菓子を下の方から何者かが喰べでもしているように見えた。堅牢なコンクリートの壁が、みるみる消えてゆく。そのうちにガラガラと音がして、ぶったおれた。
「ややッ、これは……」寝坊の宿直が、やっと目をさまして、とびだしてきた。彼はあまりのことに、まだ夢でもみている気で、目をこすっていた。
警官が駈けつけてきた。
通りがかりの酔っ払いが、酔いもさめきった青い顔をして、次第に崩れゆく東京ビルを呆然と見守っていた。警官にも、何事が起っているのか、ハッキリしなかったが、ただハッキリしているのは見る見るうちに東京ビルが崩れてゆくという奇怪な出来ごとだった。火災報知器が鳴らされた。ものすごい物音に起きてきた野次馬の一人が、気をきかしたつもりで、その釦を押したのだろう。
その騒ぎのうちに、ビルディングはすこしずつ崩れていって、やがて大音響をたてると、月明の夜が、一瞬に真暗になるほど恐ろしい砂煙をあげてその場に崩潰してしまった。まるで爆撃されたような惨澹たる光景であった。
「一体、これはどうしたというわけだ」と、駈けつけた人々は叫んだ。
「まさか白蟻がセメントを喰べやしまいし、ハテどうも合点のゆかぬことだ」
誰も、この東京ビル崩壊事件の真相を知っている者はなかった。
まるで夢のような、銀座裏の怪奇事件であった。