1話 幸福のうわおいぐつ(1)
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一 お話のはじまり
コペンハーゲンで、そこの東通の、王立新市場からとおくない一軒の家は、たいそうおおぜいのお客でにぎわっていました。人と人とのおつきあいでは、ときおりこちらからお客をしておけば、そのうち、こちらもお客によばれるといったものでしてね。お客の半分はとうにカルタ卓にむかっていました。あとの半分は、主人役の奥さんから、今しがた出た、
「さあ、こんどはなにがはじまりしましょうね。」というごあいさつが、どんな結果になってあらわれるかと、手ぐすねひいて、待っているのです。もうずいぶんお客さま同士の話がはずむだけはずんでいました。そういう話のなかには、中世紀時代の話もでました。あるひとりは、あの時代は今の時代にくらべては、くらべものにならないほどよかったと主張しました。じっさい司法参事官のクナップ氏などは、この主張にとても熱心で、さっそく主人役の奥さんを身方につけてしまったほどでした。そうしてこのふたりは*エールステッドが年報誌上にかいた古近代論の、現代びいきな説にたいして、やかましい攻撃をはじめかけたくらいです。司法参事官の説にしたがえば、デンマルクの**ハンス王時代といえば、人間はじまって以来、いちばんりっぱな、幸福な時代であったというのでした。
*デンマルクの名高い物理学者(一七七七―一八五一)。
**ヨハン二世(一四八一―一五一三)。選挙侯エルンスト・フォン・ザクセンのむすめクリスティーネと婚。ノルウェイ・スエーデン王を兼ねた。
さて会話は、こんなことで、賛否こもごも花が咲いて、あいだに配達の夕刊がとどいたので、ちょっと話がとぎれたぐらいのことでした。でも、新聞にはべつだんおもしろいこともありませんでしたから、話はそれなりまたつづきました。で、わたしたちはちょっと表の控間へはいってみましょう。そこにはがいとうと、つえと、かさと、くつの上にはうわおいぐつが一足置いてありました。みるとふたりの婦人が卓のまえにすわっていました。ひとりはまだ若い婦人ですが、ひとりは年をとっていました。ちょっとみると、お客のなかのお年よりのお嬢さん、または未亡人の奥さんのお迎えに来て、待っている女中かとおもうでしょう。でもよくみると、ふたりとも、ただの女中などでないということはわかりました。それにはふたりともきゃしゃすぎる手をしていましたし、ようすでも、ものごしでも、りっぱすぎていましたが、着物のしたて方にしても、ずいぶんかわっていました。ほんとうは、このふたりは妖女だったのです。若いほうは幸福の女神でこそありませんが、そのおそばづかえのそのまた召使のひとりで、ちょいとしたちいさな幸福のおくりものをはこぶ役をつとめているのです。年をとったほうは、だいぶむずかしい顔をしていました。これは心配の妖女でした。このほうはいつもごじしん堂堂と、どこへでも乗り込んでいってしごとをします。すると、やはりそれがいちばんうまくいくことを知ってました。
ふたりはおたがいに、きょうどこでなにをして来たか話し合っていました。幸福の女神のおそばづかえのそのまた召使は、ほんのふたつ三つごくつまらないことをして来ました。たとえば買い立ての帽子が夕立にあうところを助けてやったり、ある正直な男に無名の篤志家からほどこし物をもらってやったり、まあそんなことでした。しかし、そのあとで、もうひとつ、話しのこしていたことは、いくらかかわったことであったのです。
「まあついでだからいいますがね。」と、幸福のおそばづかえのそのまた召使は話しました。「きょうはわたしの誕生日なのですよ。それでそのお祝いに、ご主人からうわおいぐつを一足あずけられました。そしてそれを人間のなかまにやってくれというのです。そのうわおいぐつにはひとつの徳があって、それをはいたものはたちまち、だれでもじぶんがいちばん住んでみたいとおもう時代なり場所なりへ、はこんで行ってもらえて、その時代なり場所なりについて、のぞんでいたことがさっそくにかなうのです。そういうわけで、人間もどうやら、この世の中ながら幸福になれるのでしょう。」
こういうと心配の妖女が、
「いや、お待ちなさいよ。そのうわおいぐつをはいた人は、きっとずいぶんふしあわせになるでしょうよ。そしてまた、はやくそれをぬぎたいとあせるようになるでしょうよ。」といいました。
「まあそこまではおもわなくても。」と、もうひとりがふふくらしくいいました。「さあ、それでは幸福のうわおいぐつを、ここの戸口におきますよ。だれかがまちがってひっかけていって、いやでも、すぐと幸福な人間になるでしょう。」
どうです。これがふたりの女の話でした。
二 参事官はどうしたか
もうだいぶ夜がふけていました。司法参事官クナップ氏は、ハンス王時代のことに心をとられながら、うちへかえろうとしました。ところで運命の神さまは、この人がじぶんのとまちがえて、幸福のうわおいぐつをはくように取りはからってしまいました。そこで参事官がなんの気なしにそれをはいたまま東通へ出ますと、もうすぐと、うわおいぐつの効能があらわれて、クナップ氏はたちまち三百五十年前のハンス王時代にまでひきもどされてしまいました。さっそくに参事官は往来のぬかるみのなかへ、両足つっこんでしまいました。なぜならその時代はもちろん昔のことで、石をしいた歩道なんて、ひとつだってあるはずがないのです。
「やれやれ、これはえらいぞ、いやはや、なんというきたない町だ。」と参事官がいいました。「どうして歩道をみんな、なくしてしまったのだろう。街灯をみんな消してしまったのだろう。」
月はまだそう高くはのぼっていませんでしたし、おまけに空気はかなり重たくて、なんということなしに、そこらの物がくらやみのなかへとろけ出しているようにおもわれました。次の横町の角には、うすぐらい灯明がひとつ、聖母のお像のまえにさがっていましたが、そのあかりはまるでないのも同様でした。すぐその下にたって、仰いでみてやっと、聖母と神子の彩色した像が分かるくらいでした。
「これはきっと美術品を売る家なのだな。日がくれたのに看板をひっこめるを忘れているのだ。」と、参事官はおもいました。
むかしの服装をした人がふたり、すぐそばを通っていきました。
「おや、なんというふうをしているのだ。仮装舞踏会からかえって来た人たちかな。」と、参事官は、ひとりごとをいいました。
ふとだしぬけに、太皷と笛の音がきこえて、たいまつがあかあかかがやき出しました。参事官はびっくりしてたちどまりますと、そのとき奇妙な行列が鼻のさきを通っていきました。まっさきには皷手の一隊が、いかにもおもしろそうに太皷を打ちながら進んで来ました。そのあとには、長い弓と石弓をかついだ随兵がつづきました。この行列のなかでいちばんえらそうな人は坊さんの殿様でした。びっくりした参事官は、いったいこれはいつごろの風をしているので、このすいきょうらしい仮装行列をやってあるく人はたれなのだろう、といって、行列のなかの人にたずねました。
「シェランの大僧正さまです。」と、たれかがこたえました。
「大僧正のおもいつきだと、とんでもないことだ。」と、参事官はため息をついてあたまを振りました。そんな大僧正なんてあるものか。ひとりで不服をとなえながら、右も左もみかえらずに、参事官はずんずん東通をとおりぬけて、高橋広場にでました。ところが宮城広場へ出る大きな橋がみつかりません。やっとあさい小川をみつけてその岸に出ました。そのうち小舟にのってやって来るふたりの船頭らしい若者にであいました。
「島へ渡りなさるのかな。」と、船頭はいいました。
「島へ渡るかって。」と、参事官はおうむ返しにこたえました。なにしろ、この人はまた、じぶんが今、いつの時代に居るのか、はっきり知らなかったのです。
「わたしは、クリスティアンス ハウンから小市場通へいくのだよ。」
こういうと、こんどはむこうがおどろいて顔をみました。
「ぜんたい橋はどこになっているのだ。」と参事官はいいました。「第一ここにあかりをつけておかないなんてけしからんじゃないか。それにこのへんはまるで沼の中をあるくようなひどいぬかるみだな。」
こんなふうに話しても、話せば話すほど船頭にはよけいわからなくなりました。
「どうもおまえたちの*ボルンホルムことばは、さっぱりわからんぞ。」と、参事官はかんしゃくをおこしてどなりつけました。そして背中をむけてどんどんあるきだしました。
*バルティック海上の島。島の方言がかわっていた。
しかしいくらあるいても、参事は橋をみつけることはできませんでした。らんかんらしいものはまるでありませんでした。
「どうもこのへんは実にひどい所だ。」と、参事官はいいました。じぶんのいる時代を、この晩ほどなさけなくおもったことはありませんでした。「まあこのぶんでは、辻馬車をやとうのがいちばんよさそうだ。」と、参事官はおもいました。そういったところで、さて、どこにその辻馬車があるでしょうか。それは一台だってみあたりそうにはありませんでした。
「これではやはり、王立新市場までもどるほうがいいだろう。あそこならたくさん馬車も来ているだろう。そうでもしないと、とてもクリスティアンス ハウンまでかえることなどできそうもない。」
そこで、またもどって、東通のほうへあるきだしました。そしてほとんどそこを通りぬけようとしたときに、たかだかと月がのぼりました。
「おや、なんとおもって足場みたいなものをここに建てたのだ。」
東門をみつけて、参事官はこうさけびました。そのころ東通のはずれに、門があったのです。
とにかく、出口をさがして、そこをとおりぬけると、今の王立新市場のある通へでました。けれどそれはただのだだっ広い草原でした。二三軒みすぼらしいオランダ船の船員のとまる下宿の木小屋が、そのむこう岸に建っていて、オランダッ原ともよばれていた所です。
「おれはしんきろうをみているのか知らん。それとも酔っぱらっているのじゃないか知ら。」と、参事は泣き声をだしました。「とにかくありゃあなんだ。」
もうどうしても、病気にかかっているにちがいない、そうおもい込んで、また引っかえしました。往来をとぼとぼあるきあるき、なおよくそこらの家のようすをみると、たいていの家は木組の小屋で、なかにはわら屋根の家もありました。
「いや、どうもへんな気分でしょうがない。」と、参事官はため息をつきました。「しかしおれは、ほんの一杯ポンスを飲んだだけだが、それがうまくおさまらないとみえる。それに、時候はずれのむしざけをだしたりなんかして、まったくくいあわせがわるかった。もういちどもどっていって、主人の代理公使夫人に小言をいって来ようかしらん。いや、それもばからしいようだ。それにまだ起きているかどうかわからない。」
そういいながら、その家の方角をさがしましたが、どうしてもみつかりませんでした。
「どうもひどいことだ。東通がまるでわからなくなった。一軒の店もみえはしない。みすぼらしいたおれかけの小屋がみえるだけだ。これではまるでリョースキレか、リンステッドへでもいったようだ。ああ、おれは病気だぞ。遠慮をしているところでない。だが、いったい代理公使の家はどこなんだろう。どうしてももうもととはちがっている。しかもなかには人がまだ起きている。――どうしてもおれは病気だ。」
そのとき参事官は、一軒戸のあいている家の前へ出ました。すきまからあかりが往来へさしていました。これはそのころの安宿で、半分居酒屋のようなものでした。ところで、そのなかはホルシュタイン風の百姓家の台所といったていさいでした。なかにはおおぜいの人間が、船乗や、コペンハーゲンの町人や二三人の本読もまじって、みんなビールのジョッキをひかえて、むちゅうになってしゃべっていて、はいって来た客にはいっこう気がつかないようでした。
参事官はお客をむかえにたったおかみさんにいいました。「お気のどくですが、わたしは非常にぐあいがわるいのです。クリスティアンスハウンまで、辻馬車をやとってはもらえませんか。」
おかみさんは、参事官の顔をうさんらしくみて首をふりました。それからドイツ語で話しかけました。参事官はそれで、おかみさんがデンマルク語を知らないことがわかったので、こんどはドイツ語で同じ註文をくり返しました。その言葉と服装から、おかみさんは、この客をてっきり外国人だとおもい込みました。で、気分のわるそうなようすをみると、さっそく水をジョッキに一杯ついでもって来ました。水はなんだかしょっぱいへんな味がしました。そのくせ外の噴井戸から汲んで来たのです。
参事官は両手であたまをおさえて、ふかいためいきをつきながら、いまし方つづいておこった奇妙なことを、あれこれとおもいめぐらしていました。
「それはきょうの*『ダーエン』ですか。」と、参事官は、おかみさんがもっていきかけた大きな紙をみて、ほんのおせじにききました。
*コペンハーゲン発行の夕刊新聞。一八〇五―四三。
お上さんは、なにを客がいうのだかわかりませんでしたから、だまってその紙を渡しました。それはむかし、キョルンの町にあらわれたふしぎな空中現象をかいた一枚の木版刷でした。
「こりゃなかなか古い。」と参事官は、あんがいな掘り出しもので、おおきに愉快になりました。
「おまえさん、このめずらしい刷物をどうして手に入れたのだね。こりゃなかなかおもしろいものだよ。もっとも話はまるっきりおとぎばなしだがね。今日では、これに類した空中現象は、北極光をみあやまったものだということになつている。おそらく電気の作用でおこるものらしい。」
すると参事官のすぐそばにすわって、この話をきいた人たちが、びっくりしてその顔をながめました。そして、そのうちのひとりは、たち上がって、うやうやしく帽子をぬいで、ひどくしかつめらしく「先生、どうも、あなたはたいそうな学者でおいでになりますな。」といいました。
「いやはや、どういたしまして。」と、参事官は答えました。「ついだれでも知っているはずのことをふたことみこと、お話しただけですよ。」
「けんそんは美徳で。」とその男はラテン語まじりにいいました。「もっともお説にたいして、わたくしは異説をさしはさむものであります。しかしながら、わたくしの批判はしばらく保留いたしましよう。」
「失礼ながら、あなたはどなたですか。」と、参事官がたずねました。
「わたくしは聖書得業士でして。」と、その男が答えました。
その答で参事官は十分でした。その人の称号と服装はそれによくつりあっていました。多分、これは村の老先生というやつにちがいない。よくユラン(ユットランド)地方でみかけるかわりものだと参事官はおもいました。
「ここはいかにも学者清談の郷ではありませんな。」と、その男はつづけていいだしました。「しかしどうかまげてお話しください。あなたはむろん、古書はふかくご渉猟でしょうな。」
「はい、はい、それはな。」と、参事官は受けて、「わたしも有益な古書を読むことは大好きですが、とうせつの本もずいぶん読みます。ただ困るのは『その日、その日の話』というやつで、わざわざ本でよまないでも、毎日のことで飽き飽きしますよ。」
「『その日、その日の話』といいますと。」と、得業士はふしんそうにききました。
「いや、わたしのいうのは、このごろはやる新作の小説のことですよ。」
「ははあ。」と、得業士はにっこりしながら、「あれもなかなか気のきいたものでして、宮中ではずいぶん読まれていますよ。*王様はとりわけ、アーサー王と円卓の騎士の話を書いた、イフヴェンとゴーディアンの物語を好いていられます。それでご家来の人達とあの話をして興がっていられます。」
*デンマルクの詩人ホルベルのデンマルク国史物語に、ハンス王が寵臣のオットー ルードとアーサー王君臣の交りについてとんち問答した話がかいてある。なお、「その日その日の物語」は、文士ハイベルの母のかきのこした身の上話。
「それはまだ読んでいません。」と、参事官はいいました。「ハイベルが出した新刊の本にちがいありませんね。」
「いや、ハイベルではありません。ゴットフレト フォン ゲーメンが出したのです。」と、学士は答えました。
「へへえ、その人は作者ですか。」と、参事官がたずねました。「ゴットフレト フォン ゲーメンといえば、すいぶん古い名まえですね。あれはなんでも、ハンス王時代、デンマルクで印刷業をはじめた人ではありませんか。」
「そうですとも。この国でははじめての印刷屋さんですよ。」と、学士が答えました。
ここまではどうにかうまくいきました。こんどは町人のひとりが、三年まえ流行した伝染病の話をしだしました。ただそれは一四八四年の話でした。参事官はそれを一八三〇年代はやったコレラの話をしているのだとおもいました。そこで会話は、どうにかつじつまがあいました。一四九〇年の海賊戦争もつい近頃のことでしたから、これも話題にのぼらずにいませんでした。で、イギリスの海賊船が、やはり同じ波止場か船をりゃくだつしていった、とその男は話しました。ところで、*一八〇一年の事件をよく知っている参事官は、進んでその話に調子をあわせて、イギリス人に攻撃をしかけました。これだけはまずよかったが、そのあとの話はそううまくばつがあいませんでした。ひとつひとつに話がくいちがいました。学士先生は気のどくなほどなにも知りませんでした。参事官のごくかるく口にしたことまでが、いかにもでたらめな、気ちがいじみた話にきこえました。そうなると、ふたりはだまって顔ばかりみあわせました。いよいよいけないとなると、学士はいくらか相手にわからせることができるかとおもって、ラテン語で話しましたけれど、いっこう役には立ちませんでした。
*一八〇一年四月二日英艦の攻撃事件。
「あなた、ご気分はどうですね。」と、おかみさんはいって、参事官のそでをひっぱりました。
ここではじめて、参事官はわれにかえりました。話でむちゅうになっているあいだは、これまでのことをいっさい忘れていたのです。
「やあ、たいへん、わたしはどこにいるのだ。」と、参事官はいって、それをおもいだしたとたん、くらくらとなったようでした。
「さあ、クラレットをやろうよ。蜜酒に、ブレーメン・ビールだ。」と、客のひとりがさけびました。
「どうです、いっしょにやりたまえ。」
ふたりの給仕のむすめがはいって来ました。そのひとりは*ふた色の染分け帽子をかぶって来ました。ふたりはお酒をついでまわって、おじぎをしました。参事官はからだじゅうぞっとさむけがするようにおもいました。
*ハンス王時代下等な酌女のしるし。
「やあ、こりゃなんだ。こりゃなんだ。」と、参事官はさけびました。けれども、いやでもいっしょに飲まなければなりませんでした。客どもはごくたくみにこの紳士をあつかいました。参事官はがっかりしきっていました。たれか、「あの男酔っぱらっているよ。」といったものがありましたが、そのことばをうそだとおこるどころではありません。どうぞ、ドロシュケ(辻馬車)を一台たのむといったのが精いっぱいでした。ところがみんなはそれをロシア語でも話しているのかとおもいました。
参事官は、これまでこんな下等な乱暴ななかまにはいったことはありませんでした。
「これではまるで、デンマルクの国が、異教国の昔にかえったようだ。こんなおそろしい目にあったことははじめてだぞ。」と、参事官はおもいました。しかしそのときふとおもいついて、参事官はテーブルの下にもぐりこんで、そこから戸口の所まではい出そうとしました。そのとおりうまくやって、ちょうど出口までいったところを、ほかの者にみつけられました。みんなは参事官の足をとって引きもどしました。そのとき大仕合わせなことには、うわおおいぐつがすっぽりぬけました。――それでいっさいの魔法が消えてなくなりました。
そのとき参事官ははっきりと、すぐ目のまえに、街灯がひとつ、かんかんともっていて、そのうしろに大きな建物の立っているのをみつけました。そこらじゅうみまわしても、おなじみのあるものばかりでした。それは、今の世の中で毎日みているとおりの東通でした。参事官は玄関の戸に足をむけて腹ンばいになっていたのです。すぐむこうには町の夜番が、すわって寝込んでいました。
「やあたいへん、おれは往来で寝て、夢をみていたのか。」と、参事官はさけびました。「なるほど、これは東通だわい。どうもなにかが、かんかんあかるくって、にぎやかだな。それにしてもいっぱいのポンスのききめはじつにおそろしい。」
それから二分ののち参事官は、ゆうゆうと辻馬車のなかにすわって、クリスティアンス ハウンのじぶんの家のほうへはこばれていきました。参事官はいましがたさんざんおそろしい目や心配な目にあったことをおもいだすと、今の世の中には、それはいろいろわるいことはあっても、ついさっきもっていかれた昔の時代よりはずっとましだということをさとりました。どうですね、参事官は、もののわかったひとでしょう。
三 夜番のぼうけん
「おやおや、あすこにうわおいぐつが一足ころがっている。」と夜番はいいました。「きっとむこうの二階にいる中尉さんの物にちがいない。すぐ門口にころがっているから。」
正直な夜番は、ベルをならして、うわおいぐつを持主にわたそうとおもいました。二階にはまだあかりがついていました。けれど、うちのなかのほかの人たちまでおどろかすのも気のどくだとおもったので、そのままにしておきました。
「だが、こういうものをはいたら、ずいぶん温かいだろうな。」と、夜番はひとりごとをいいました。「なんて上等なやわらかい革がつかってあるのだろう。」うわおいぐつはぴったり夜番の足にあいました。「どうも、世の中はおかしなものだ。いまごろ中尉さんは、あの温かい寝床のなかで横になっていればいられるはすなのだ。ところが、そうでない。へやのなかをいったり来たり、あるいている。ありゃしあわせなお人さな。おかみさんもこどももなくて、毎晩、夜会にでかけていく。おれがあの人だったらずいぶんしあわせな人間だろうな。」
夜番がこういって、こころのねがいを口にだしますと、はいていたうわおいぐつはみるみる効能をあらわして、夜番のたましいはするすると中尉のからだとこころのなかへ運んで持っていかれました。
そこで夜番は、二階のへやにはいって、ちいさなばら色の紙を指のまたにはさんで持ちました。それには詩が、中尉君自作の詩が書いてありました。それはどんな人だって、一生にいちどは心のなかを歌にうたいたい気持になるおりがあるもので、そういうとき、おもったとおりを紙に書けば、詩になります。そこで紙にはこう書いてありました。
「ああ、金持でありたいな。」
「ああ、金持でありたいな。」おれはたびたびそうおもった。
やっと二尺のがきのとき、おれはいろんな望をおこした。
ああ、金持でありたいな――そうして士官になろうとした、
サーベルさげて、軍服すがたに、負革かけて。
時節がくると、おれも士官になりすました。
さてはや、いっこう金はできない。なさけないやつ。
全能の神さま、お助けください。