人魚のひいさま

1話 人魚のひいさま(1)

1.0万字 約21分 2006年3月6日 公開

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 はるか、沖合へでてみますと、海の水は、およそうつくしいやぐるまぎくの花びらのように青くて、あくまですきとおったガラスのように澄みきっています。でも、そこは、ふかいのなんのといって、どんなにながく(つな)をおろしても底にとどかないというくらいふかいのです。お寺の塔を、いったい、いくつかさねて積み上げたら、水の上までとどくというのでしょうか。そういうふかい海の底に、海のおとめたち――人魚のなかまは住んでいるのです。

 ところで、海の底なんて、ただ、からからな砂地があるだけだろうと、そうきめてしまってはいけません。どうして、そこには、世にもめずらしい木や草がたくさんしげっていて、そのじくや葉のしなやかなことといったら、ほんのかすかに水がゆらいだのにも、いっしょにゆれて、まるで生きものがうごいているようです。ちいさいのも、おおきいのも、いろんなおさかなが、その枝と枝とのなかをつうい、つういとくぐりぬけて行くところは、地の上で、鳥たちが、空をとびまわるのとかわりはありません。この海の底をずっと底まで行ったところに、海の人魚の王さまが御殿をかまえています。その御殿の壁は、さんごでできていて、ほそながく、さきのとがった窓は、すきとおったこはくの窓でした。屋根は貝がらでふけていて、海の水がさしひきするにつれて、貝のふたは、ひとりでにあいたりしまったりします。これはなかなかうつくしいみものでした。なぜといって、一枚一枚の貝がらには、それひとつでも女王さまのかんむりのりっぱなそうしょくになるような、大きな真珠(しんじゅ)がはめてあるのでしたからね。

 ところで、この御殿のあるじの王さまは、もうなが年のやもめぐらしで、そのかわり、年とったおかあさまが、いっさい、うちのことを引きうけておいでになりました。このおかあさまは、りこうな方でしたけれど、いちだんたかい身分をほこりたさに、しっぽにつける飾りのかきをごじぶんだけは十二もつけて、そのほかはどんな家柄のものでも、六つから上つけることをおゆるしになりませんでした。――そんなことをべつにすれば、たんとほめられてよい方でした。とりわけ、お孫さんにあたるひいさまたちのおせわをよくなさいました。それはみんなで六人、そろってきれいなひいさんたちでしたが、なかでもいちばん下のひいさまが、たれよりもきりょうよしで、はだはばらの花びらのようにすきとおって、きめがこまかく、目はふかいふかい海のようにまっ青でした。ただほかのひいさまたちとおなじように、足というものがなくて、そこがおさかなの尾になっていました。

 ながいまる一日、ひいさまたちは、海の底の御殿の、大広間であそびました。そとの壁からは、生きた花が咲きだしていました。大きなこはくの窓をあけると、おさかながつういとはいって来ます。それはわたしたちが窓をあけると、つばめがとび込んでくるのに似ています。ただ、おさかなは、すぐと、ひいさまたちの所まで泳いで行って、その手からえさをとってたべて、なでいたわってもらいました。

 御殿のそとには、大きな花園があって、はでにまっ赤な木や、くらいあい色の木がしげっていました。その木の実は金のようにかがやいて、花はほのおのようにもえながら、しじゅうじくや葉をゆらゆらさせていました。海の底は、地面からしてもうこまかい砂でしたが、それは硫黄(ゆおう)の火のように青く光りました。そこでは、なにもかも、ふしぎな、青い光につつまれているので、それはふかい海の底にいるというよりも、なにか(ちゅう)に浮いていて、上にも下にも青空をみているようでした。海のないでいるときには、お日さまが仰げました。それはむらさきの花のようで、そのうてなからながれだす光が、海の底いちめんひろがるようにおもわれました。

 ひいさまたちは、めいめい、花園のなかに、ちいさい花壇(かだん)をもっていて、そこでは、すき自由に、掘りかえすことも植えかえることもできました。ひとりのひいさまは、花壇を、くじらの形につくりました。するともうひとりは、じぶんのは、かわいい人魚に似せたほうがいいとおもいました。ところが、いちばん下のひいさまは、それをまんまるく、そっくりお日さまのかたちにこしらえて、お日さまとおなじようにまっ赤に光る花ばかりを咲かせました。このひいさまはひとりちがって、ふしぎとものしずかな、かんがえぶかい子でした。ほかのおねえさまたちが、難船した船からとって来ためずらしい品物をならべたててよろこんでいるとき、このひいさまだけは、うつくしい大理石の像をひとつとって来て、大空のお日さまの色に似た、ばら色の花の下に、それをおいただけでした。それはまっ白にすきとおる石をきざんだ、かわいらしい少年の像で、難破(なんぱ)して海の底にしずんだ船のなかにあったものでした。この像のわきに、ひいさまは、ばら色したしだれやなぎを植えました。それがうつくしくそだって、そのみずみずしい枝が像をこして、むこうの赤い砂地の上までたれました。そこに()いむらさきの影ができて、枝といっしょにゆれました。それはまるで、こずえのさきと根とがからみあって、たわむれているようにみえました。

 このひいさまにとつて、海の上にある人間の世界の話をきくほど、おおきなよろこびはありません。おばあさまにせがむと、船のことや、町のことや、人間やけもののことや、知っていらっしゃることはなにもかも話してくださいました。とりわけ、ひいさまにとってめずらしくおもわれたのは、海の底ではついないことなのに、地の上では、お花がにおっているということでした。それと、森がみどり色していて、その森のこずえのなかに、おさかなが、高い、かわいらしい声で歌がうたえて、それがきくひとの耳をたのしくするということでした。その、おばあさまがおさかなとおっしゃったのは、小鳥のことでした。だって、ひいさまたちは、小鳥というものをみたことがないのですもの、そういって話さなければわからないでしょう。

「まあ、あなたたち、十五になったらね。」と、おばあさまはいいました。「そのときは、海の上へ浮かび出ていいおゆるしをあげますよ。そうすれば、岩に腰をかけて、お月さまの光にひたることもできるし、大きな船のとおるところもみられるし、森や町だってみられるようになるよ。」

 来年は、いちばん上のおねえさまが、十五になるわけでした。でも、ほかのおねえさまたちは――そう、めいめい、一年ずつ年がちがっていましたから、いちばん下のひいさまが、海の底からあがっていって、わたしたちの世界のようすをみることになるまでには、まる五年も待たなければなりません。でも、ひとりがいけば、ほかのひとたちに、はじめていった日みたこと、そのなかでいちばんうつくしいとおもったことを、かえって来て話す約束ができました。なぜなら、おばあさまのお話だけでは、どうも物たりなくて、ひいさまたちの知りたいとおもうことが、だんだんおおくなって来ましたからね。

 そのなかでも、いちばん下のひいさまは、あいにく、いちばんながく待たなくてはならないし、ものしずかな、かんがえぶかい子でしたから、それだけたれよりもふかくこのことをおもいつづけました。いく晩もいく晩も、ひいさまは、あいている窓ぎわに、じっと立ったまま、くらいあい色した水のなかで、おさかながひれやしっぽをうごかして、およぎまわっているのをすかしてみていました。お月さまと星もみえました。それはごくよわく光っているだけでしたが、でも水をすかしてみるので、おかでわたしたちの目にみえるよりは、ずっと大きくみえました。ときおり、なにかまっ黒な影のようなものが、光をさえぎりました。それが、くじらがあたまの上をおよいでとおるのか、またはおおぜい人をのせた船の影だということは、ひいさまにもわかっていました。この船の人たちも、はるか海の底に人魚のひいさまがいて、その白い手を、船のほうへさしのべていようとは、さすがにおもいもつかなかったでしょう。

 さて、いちばん上のひいさまも、十五になりました。いよいよ、海の上に出られることになりました。

 このおねえさまがかえって来ると、山ほどもおみやげの話がありましたが、でも、なかでいちばんよかったのは、波のしずかな遠浅(とおあさ)の海に横になりながら、すぐそばの海ぞいの大きな町をみていたことであったといいます。そこでは、町のあかりが、なん百とない星の光のようにかがやいていましたし、音楽もきこえるし、車や人の通るとよめきも耳にはいりました。お寺のまるい塔と、とがった塔のならんでいるのが見えたし、そこから、鐘の音もきこえて来ました。でも、そこへ上がっていくことはできませんから、ただなにくれと、そういうものへのあこがれで、胸をいっぱいにしてかえって来たということでした。

 まあ、いちばん下のひいさまは、この話をどんなに夢中できいたことでしょう。それからというもの、あいた窓ぎわに立って、くらい色の水をすかして上を仰ぐたんびに、このひいさまは、いろいろの物音ととよめきのする、その大きな町のことをかんがえました。するうち、そこのお寺の鐘の音が、つい海の底までも、ひびいてくるようにおもいました。

 そのあくる年、二ばんめのおねえさまが、海の上へあがって行って、好きな所へおよいでいっていい、おゆるしがでました。このおねえさまが、浮き上がると、そのときちょうどお日さまが沈みましたが、これこそいちばんうつくしいとおもったものでした。大空がいちめん金をちらしたようにみえて、その光をうつした雲のきれいだったこと、とてもそれを書きあらわすことばはないといいました。くれないに、またむらさきに、それがあたまの上をすうすう通ってながれていきました。けれども、その雲よりももっとはやく、野のはくちょう」は底本では「はくちょう」]のむれが、それはながい、白いうすものが空にただようように、しずんで行く夕日を追って、波の上をとんでいきました。このおねえさまも、これについてまけずにおよいでいきましたが、そのうち、お日さまはまったくしずんで、ばら色の光は、海の上からも、雲の上からも消えていきました。

 また次の年には、三ばんめのおねえさまが上がっていきました。このおねえさまは、たれよりもむこうみずな子でしたから、大きな川が海にながれだしている、そこの川口をさかのぼっておよいでいってみました。そこにはぶどうのつるにおおわれたうつくしいみどりの丘がみえました。むかしのお城や荘園(しょうえん)が、みごとに茂った森のなかからちらちらしていました。いろんな鳥のうたいかわす声も聞きました。するうちお日さまが、照りつけて来たので、ほてった顔をひやすために、たびたび水にもぐらなくてはなりませんでした。水がよどんでちいさな入江になった所で、かわいい人間のこどもたちのかたまって、あそんでいるのに出あいました。まるはだかで、かけまわって、ぼちゃぼちゃ水をはねかしました。いっしょにあそぼうとすると、みんなおどろいて逃げていってしまいました。するとそこへ、ちいさな、まっ黒な動物がでて来ました。これは犬でしたが、犬なんて、みたことはなかったし、いきなり、はげしくほえかかって来たので、こわくなって、またひろい海へおよいでもどりました。でも、あのうつくしい森もみどりの丘も、それから、おさかなのしっぽももっていないくせに、水におよげるかわいらしいこどもたちのことをも、このひいさまは、いつまでもわすれることができませんでした。

 さて、四ばんめのおねえさまは、それほどむこうみずではありませんでしたから、そこで、ひろい大海のまんなかに居ずくまったままでしたが、でもそこがどこよりもいちばんうつくしかったと話しました。もうぐるりいちめん、なんマイルと先の知れないとおくまで見はらせて、あたまの上の青空は、とほうもなく大きなガラス鐘のようなものでした。船というものもみました。でも、それはただ遠くにはなれていて、まるでかもめのようにみえていました。それからおどけもののいるかが、とんぼがえりしたり、大きなくじらが鼻のあなから、しおをふきだして、そのへんいちめんに、なん百とない噴水がふきだしたようでした。

 こんどは、五ばんめのおねえさまの番になりました。このひいさまは、おたん生日が、ちょうど冬のあいだでしたので、ほかのおねえさまたちのみなかったものをみました。海はふかいみどり色をたたえて、その上に、氷の山がまわりをとりまいて浮いていました。そのひとつびとつが白く光って、まるで真珠(しんじゅ)の山のようでしたが、それも人間の建てたお寺の塔よりもずっと高いものだつたといいました。それがまたきみょうともふしぎともいいようのないかたちをして、どれもダイヤモンドのようにちかちかかがやいていました。このおねえさまは、そのなかのいちばん大きい山に腰をかけて、そのながい髪の毛を風のなぶるままにさせていますと、そのまわりに寄って来た帆船(ほぶね)の船頭は、みんなおどろいて、船をかえしました。でも、夕方になると空は雲でつつまれて、かみなりが鳴ったり、いなづまが走ったり、まっ黒な波が大きな氷の山を高くつき上げて、いなづまのつよい光にあてました。のこらずの船が帆をおろして、そこには、おそれとおののきとがたかまっていました。けれども、人魚のむすめは、へいきで、ちかちか光る氷の山の上に腰をのせたまま、かがやく海の上に、いなづま形に射かける稲光(いなびかり)の青い色をながめていました。

 さて、こうして、おねえさまたちは、めいめいに、はじめて海の上へ浮かんで出てみた当座(とうざ)こそ、まのあたりみた、めずらしいもの、うつくしいものに心をうばわれました。けれども、いまは一人まえのむすめになって、いつどこへでも好きかってにいかれるとなると、もうそれも心をひかなくなりました。またうちがこいしくなって来て、やがて、ひと月もすると、やはり海の底ほどけしきのいい所はどこにもないし、うちほどけっこうな住居(すまい)はないわ、といいあうようになりました。

 もういく晩も、夕方になると、五人のおねえさまたちは、おたがい手を組んで、つながって、水の上へあがっていきました。みんな、どんな人間もおよばないうつくしい声をもっていました。あらしが来かけると、やがて船はしずむほかないことが分かっていますから、みんなして船のそばへおよいでいって、やさしい歌をうたってやりました。海の底がどんなにうつくしいか、だから船人たちはしずむことをそんなにこわがるにはおよばない、そううたってやるのです。でも、そのことばは、人間には分かりません。それをやはりあらしの音だとおもっていました。それにまた、しずんでいくひとたちが、しずみながら海の底をみるなんて、そんなうまいわけにはいかないのです。なぜなら、船がしずむと、それなり船人はおぼれてしまいます。そうして、しかばねになって、人魚の王さまの御殿へはこばれてくるのですもの。

 きょうだいたちが、こうして手をつないで、夕方、水の上へあがっていくとき、いちばん下のひいさまだけは、いつもひとりぼっちあとにのこっていました。そうしてみんなのあとをみおくっていると、なんだか泣かずにいられない気持になりました。けれども、海おとめには、涙というものがないのです。そのため、よけい、せつないおもいをしました。

「ああ、あたし、どうかしてはやく十五になりたいあ。」と、このひいさまはいいました。「あたしにはわかっている。あの上の世界でも、そこにうちをつくって住んでいる人間でも、あたしきっと好きになれるでしょう。」

 するうち、とうとう、ひいさまも十五になりました。

「さあ、いよいよ、あなたも、わたしの手をはなれるのだよ。」と、ごいんきょのおばあさまがおっしゃいました。「では、いらっしゃい、おねえさまたちとおなじように、あなたにもおつくりをしてあげるから。」

 こういって、おばあさまは、白ゆりの花かんむりを、ひいさまの髪にかけました。でも、その花びらというのが、一枚一枚、真珠(しんじゅ)を半分にしたものでした。それからまだおばあさまは、八つまで、大きなかきを、ひいさまのしっぽにすいつかせて、それを高貴(こうき)な身分のしるしにしました。

「そんなことをおさせになって、あたし、いたいわ。」と、ひいさまはいいました。

「身分だけにかざるのです。すこしはがまんしなければね。」と、おばあさまは、おっしゃいました。ああ、こんなかざりものなんか、どんなにふり捨てたかったでしょう。おもたい花かんむりなんか、どんなにほうりだしたかったでしょう、ひいさまは、花壇に咲いている赤い花のほうが、はるかよく似合うことはわかっていました。でも、いまさら、それをどうすることもてきません。

「いってまいります。」と、ひいさまはいって、それはかるく、ふんわりと、まるであわのように、水の上へのぼっていきました。

 ひいさまが、海の上にはじめて顔をだしたとき、ちょうどお日さまはしずんだところでした。でもどの雲もまだ、ばら色にも金色にもかがやいていました。そうして、ほの赤い空に、よいの明星(みょうじょう)が、それはうつくしくきらきら光っていました。空気はなごやかに澄んでいて、海はすっかりないでいました。そこに三本マストの大きな船が横たわっていました。そよとも風がないので、一本だけに帆が上げてあって、それをとりまいて、水夫たちが、帆綱(ほづな)や帆げたに腰をおろしていました。

 そのうち、音楽と唱歌の声がして来ました。やがて夕やみがせまってくると、なん百とない色がわりのランプに火がともって、それは各国の国旗が、風になびいているように見えました。人魚のひいさまは、その船室の窓の所までずんずんおよいでいきました。波にゆり上げられるたんびに、ひいさまは、水晶のようにすきとおった窓ガラスをすかして、なかをのぞくことができました。そこには、おおぜい、晴着(はれぎ)を着かざった人がいました、でも、そのなかで目立ってひとりうつくしいのは、大きな黒目をしたわかい王子でした。王子はまだ満十六歳より上にはなっていません。ちょうどきょうがおたん生日で、このとおりさかんなお祝をしているしだいでした。水夫たちは、甲板でおどっていました。そこへ、わかい王子がでてくると、なん百とない花火が打ち上げられて、これがひるまのようにかがやいたので、ひいさまはびっくりして、いったん水のなかにしずみました。けれどまたすぐ首をだすと、もうまるで大空の星が、いちどにおちかかってくるようにおもわれました。こんな花火なんというものを、まだみたことはありませんでした。大きなお日さまがいくつもいくつも、しゅうしゅういいながらまわりました。すばらしくきれいな火魚が青い中空(なかそら)にはね上がりました。そうして、それがみんな鏡のようにたいらな海の上にうつりました。それよりか船の上はとてもあかるくて、甲板の上の帆綱(ほづな)が、ごくほそいのまで一本一本わかるくらいだ、とみんなはいっていました。でも、まあ、わかい王子のほんとうにりっぱなこと。王子はたれとも握手(あくしゅ)をかわして、にぎやかに、またにこやかにわらっていました。そのあいだも、音楽は、この晴れがましい夜室にひびきつづけました。

 夜がふけていきました。それでも、人魚のひいさまは、船からも、そこのうつくしい王子からも、目をはなそうとはしませんでした。色ランプは、とうに消され、花火ももう上がらなくなりました。祝砲もとどろかなくなりました。ただ、海の底で、ぶつぶつごそごそ、ささやくような音がしていました。ひいさまは、やはり水の上にのっかって、上に下にゆられながら、船室のなかをのぞこうとしていました。でも、船はだんだんはやくなり、帆は一枚一枚はられました。するうち、波が高くなって来て、大きな黒雲がわきだしました。遠くでいなづまが、光りはじめました。やれやれ、おそろしいあらしになりそうです。それで水夫たちはおどろいて、帆をまき上げました。大きな船は、荒れる海の上をゆられゆられ、とぶように走りました。うしおが大きな黒山のようにたかくなって、マストの上にのしかかろうとしました。けれど、船は高い波と波のあいだを、はくちょう」は底本では「はくちょう」]のようにふかくくぐるかとおもうと、またもりあがる高潮の上につき上げられてでて来ました。これは海おとめの身にすると、なかなかおもしろい見ものでしたが、船の人たちはどうしてそれどころではありません。船はぎいぎいがたがた鳴りました。さしもがんじょうな船板も、ひどく横腹を当てられて曲りました。マストはまんなかからぽっきりと、まるであしかなんぞのようにもろく折れました。船は横たおしになって、うしおがどどっと、所かまわず船にながれ込みました。ここではじめて、人魚のひいさまも、船の人たちの身の上のあぶないことが分かりました。そればかりかじぶんも、水の上におしながされた船のはりや板きれにぶつからない用心しなければなりませんでした。ふと一時、すみをながしたようなやみ夜になって、まるでものがみえなくなりました。するうち、いなびかりがしはじめるとまたあかるくなって、船の上のようすが手にとるようにわかりました。みんなどうにかして助かろうとしてあがいていました。わかい王子のすがたを、ひいさまはさがしもとめて、それがちらりと目にはいったとたん、船がふたつにわれて、王子も海のそこふかくしずんでいきました。はじめのうち、ひいさまはこれで王子がじぶんの所へ来てくれるとおもって、すっかりたのしくなりました。でも、すぐと、水のなかでは、人間が生きていけないことをおもいだしました。そうすると、この王子も死んで、おとうさまの御殿にいきつくほかはないとおもいました。まあ、この人を死なせるなんて、とんでもないことです。そこで、波のうえにただようはりや板きれをかきわけかきわけ、万一、ぶつかってつぶされることなぞわすれて、夢中でおよいでいきました。で、いったん水のそこふかくしずんで、またたかく波のあいだに浮きあがったりして、やっと、わかい王子の所までおよいでいけましたが、王子は、もうとうに荒れくるう海のなかで、およぐ力がなくなっていて、うつくしい目もとじていました。人魚のひいさまが、そこへ来てくれなかったら、それなり死ぬところだったでしょう。ひいさまは、王子のあたまを水の上にたかくささげて、あとは、波が、じぶんと王子とを、好きな所へはこぶままにまかせました。

 そのあけがた、ひどいあらしもやみました。船のものは、()ッぱひときれのこってはいませんでした。お日さまが、まっかにかがやきながら、たかだかと海のうえにおのぼりになりますと、それといっしょに、王子のほおにもさっと血の気がさしてきたようにおもわれました。でも、目はとじたままでした。人魚のひいさまは、王子のたかい、りっぱなひたいにほおをつけて、ぬれた髪の毛をかき上げました。こうして見ると、海のそこの、あのかわいい花壇にすえた大理石の像に似ていました。ひいさまは、もういっぺんほおづけして、どうかいのちのありますようにとねがっていました。たかい、青い山山のいただきに、ふんわり雪がつもって、きらきら光っているのが、ちょうどはくちょうが寝ているようでした。そのふもとの浜ぞいには、みどりみどりした、うつくしい森がしげっていて、森をうしろに、お寺か、修道院(しゅうどういん)かよくわからないながら、建物がひとつ立っていました。レモンとオレンジの木が、そこの園にしげっていて、門の前には、せいのたかいしゅろの木が立っていました。海の水はそこで、ちいさな入江をつくっていて、それは鏡のようにたいらなまま、ずっとふかく、のところまで入りこんでいて、そこにまっしろに、こまかい砂が、もり上がっていました。ひいさまは、王子をだいてそこまでおよいでいって、ことに、あたまの所をたかくして、砂の上にねかせました。これはあたたかいお日さまの光のよくあたるようにという、やさしい心づかいからでした。

 そのとき、そこの大きな白い建てもののなかから、鐘がなりだしました。そうして、その園をとおって、わかい少女たちがおおぜい、そこへでて来ました。そこで、人魚のひいさまは、ずっとうしろの水の上に、いくつか岩の突き出ている所までおよいでいって、その陰にかくれました。たれにも顔のみえないように、髪の毛にも胸にも、海のあわをかぶりました。こうしてきのどくな王子のそばへ、たれがまずやってくるか、気をつけてみていました。

 もうまもなく、ひとりのわかいむすめが、そこへ来ました。むすめはたいへんおどろいたようでしたが、ほんのちょっとのあいだで、すぐとほかの人たちをつれて来ました。人魚のひいさまがみていますと、王子はとうとういのちをとりとめたらしく、まわりをとりまいているひとたちに、にんまりほほえみかけました。けれど、ひいさまのほうへは笑顔(えがお)をみせませんでした。ひいさまにたすけてもらったことも、王子はまるで知りませんでした。ひいさまは、ずいぶんかなしくおもいました。そのうち、王子は、大きな建てもののなかへはこばれていってしまうと、ひいさまも、せつないおもいをしながら水にしずんで、そのまま、おとうさまの御殿へかえっていきました。

 いったいに、いつもものしずかな、ふかくおもい込むたちのひいさまでしたけれど、これからは、それがよけいひどくなりました。おねえさまたちは、この妹が、海の上ではじめてみて来たものがなんであったか、たずねましたが、ちょっぴりともその話はしませんでした。

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