一九五〇年の殺人

1話 一九五〇年の殺人

2,413字 約5分 2005年5月25日 公開

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「旦那人殺しでがすよ」

「ナニ人殺しだって? 何処(どこ)だッ、誰が殺されたのだッ、原稿の(ページ)が無いのだ、早く云え」

「そッそんなに急いでも駄目です。場所は向うの橋の下ですよ。手足がバラバラになっていまさあ、いわゆるバラバラ事件というやつでナ」

「被害者の人相に見覚えは無いかネ」

「ああバラバラじゃ、人相は判りっこなしでさあ」

「じゃ直ぐに行ってみよう。さあ急げッ」

 捜査課は総出で、現場へ急行した。なるほど橋の下に、惨虐(ざんぎゃく)の限りをつくして、バラバラの屍体(したい)が散らばっている。

「殺されているのは、一体誰だろう?」

「それはレッド親分に(きま)っていますよ」

「アレッ。人相は判らぬと先刻(さっき)云ったじゃないか」

「人相はモチ判りませんよ。しかしここに転がっている腕に『ケテー命』とあるからにゃ、レッド親分に間違いなしでサ」

「そんなの無いぞ、貴様!」と捜査課長は顔を(ふく)らました。

「さあ、この屍体(したい)はガランの中に拾い集めて、本庁の手術室へ送って呉れ。……あとは犯人探しだ。さあ方向探知器を持ってこい。こうやって目盛(めもり)を合わせて、(ボタン)を押せばいい。ウム、出たぞ出たぞ。テレビジョンに犯人が現れた。なアんだ。これあ同じ渡世(とせい)の競争相手のヤーロの奴じゃないか。オヤ真青(まっさお)になって、四十番街を歩いているぞ。よオし、無線電話で交番を呼び出せ……ナニ出たって。早く逮捕を依頼しろ。なんだってもう捕えたというのかいヤーロの奴を。それじゃ一同、本庁へ引揚げだ。それ、呼子(よびこ)の笛を吹くんだ、呼子の笛を……」

 ピリピリピリと鳴る笛の音に集った部下を引連れ、捜査課長はニコリともしないで凱旋(がいせん)()についた。

「課長!」と玄関の石段をのぼるが早いか、もうA組の主任警部が待っていた。

「犯人ヤーロが待ち疲れています。早くお調べが願いたいと云って(やかま)しくて仕方がありません」

「そうか、五月蠅(うるさ)い奴じゃ。紅茶を一ぱい飲んでからのことだ」

 紅茶に角砂糖を四つ(ほう)りこんだのを、さも美味(おいし)そうに飲み終ってから課長は調べ室の方へトコトコ歩いていった。

「では調べを始めるとしよう。被害者の用意は、もういいナ」

「はい、出来ています。連れて参りましょうか」

「まだいいよ。加害者のヤーロが先だ。ここへ引立ててこい」

 チェリーを一(ぷく)()っているところへ、ヤーロ親分が留置場(りゅうちじょう)から連れられてきた。

「課長さん。早速(さっそく)ですが自白(じはく)しますよ。レッドの奴をバラバラにしたなア、このあっしでサ。刑罰はどの位ですか」

「そんなことは、まだ云えない。それよりもお前は何故レッドを殺害したのか」

「ナーニね。あいつの(つら)がどうにも気に()わねえんでサ。むしゃくしゃとして、やっちゃいました。それだけのことです」

「よオし。では次に被害者を呼べ。レッドを呼ぶのだ」

 ヤーロはそれを聞くと椅子から立ち上った。警官は(かしこ)まって、隣室から被害者レッドを連れてきた。

「やッ、ヤーロ()、ここにいたな」

「こらッ、静まれ、喧嘩をしちゃいかん。ところでレッド、被害者として何か申立たいことはないか」

「へえ、ありがとうごぜえやす。あっしを殺したこのヤーロの奴を、ウンと罰してやっておくんなさい。終り」

「それだけだナ。よし決まった。判決。ヤーロはレッドを殺害したる罪により、金五万円也の罰金に処す。但し二十日以内に納付(のうふ)すべし」

「えッ五万円を二十日間に……。そりゃひどい。月賦(げっぷ)にしておくんなさい。毎度のことじゃありませんか」

「駄目だ、毎度のことじゃから……。閉廷(へいてい)!」

 捜査課長は、木の(つち)(たく)の上をコツンと叩いた。加害者と被害者とは(にら)み合ったまま、(へや)を出ていった。

 課長は手をのばして、葉巻を一本口へ(ほう)りこんだ。そして思わず独白(ひとりごと)した。

「外科が進歩するのも()()しだ。バラバラ屍体も二、三十分のうちに、元のピンピンした身体に縫いあげられる世の中では、殺人罪が流行(はや)りすぎてイカン」

 そのとき扉が開いて、警官が顔の色を変えて入って来た。

「課長、大変です。本庁の前で殺人です!」

「ホイ、また流行ったか」

「レッドがヤーロをバラバラにしてしまいました。先刻(さっき)と反対です。レッドの身体を本庁で縫い合わせたとき、肩の肉が途中で落したものか無かったため、穴ぼこになっているのです。そうなったのもヤーロのせいだというので、ヤーロの肩の肉をナイフで切り、その(ついで)にバラバラにしてしまったのです」

「仕方がない。早く両人を集めてこい。こんどは罰金をすこし高くしよう」

 それから二十一日経った。捜査課長はご機嫌(はなは)だ斜めだ。さっき総監からイヤな言葉を()げつけられたのだ、「君のところには、取り立て未了(みりょう)の罰金がすこぶる多くて責任額にも達しないじゃないか。あまり成績が悪いと気の毒だが、退職して貰わにゃならぬぞ」と(おど)されたのである。

(よオし、こうなったらば()むを()ん。最後の手を用いて、総監の鼻を明してやろう……)

 彼は机上のマイクロフォンを取りあげて、レッドとヤーロの逮捕を電命(でんめい)した。

 二人の親分が本庁に到着したのは五分の後だった。

「二人揃ったネ。揃ったら、そのまま此の手術室へ入れッ」

「なにをするんです、課長さん」

「罰金は二、三日うちに届けますよォ」

「黙って入らんか。わしの命令だッ!」

 レッドとヤーロが手術室の中に姿を消してから、約一時間の後(ドア)が明いて、一人の人間が出て来た。レッドのようでもあり、ヤーロのようでもあった。よく見ると縦半分(たてはんぶん)に切断した二人の身体を半分ずつ()ぎ合わせてあった。右がレッドで、左がヤーロ。ちっとも足並が揃わず、二本の手は激しく(つね)り合っている。

「さあ、こっちへ来い」と課長は意地悪い()みを浮べて云った。

「当分この状態で暮してみろ。不便で参ったら、例の罰金を調達(ちょうたつ)してこい。そうすれば元々どおり、レッドはレッド、ヤーロはヤーロの身体にしてやる。金が払えないうちは駄目だぞォ」

「課長、ひでえや。もう一人のあっし達はどうなるんで……」

「あれは人質にとっといて今日から下水掃除をさせる。辛けりゃ早く金を(おさ)めて引取りに来い」

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