16話 十七 同士討
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高田はなおも詰寄りて、「妖物屋敷に長居は無益だ。直ぐ帰るから早く渡せ。「そりゃ借りた金だ抵当のお藤が居なくなれば、きっとお返済申すが、まだ家の財産も我が所有にはならず、千円という大金、今といっては致方がございません。どうぞ暫時の処を御勘弁。「うんや、ならねえ。この駄平、言い出したからは、血を絞っても取らねば帰らぬ。きりきりここへ出しなさい。と言い募るに得三は赫として、「ここな、没分暁漢。無い者ア仕方がねえ。と足を出せば、「踏む気だな、可いわ。踏むならば踏んで見ろ。おおそれながらと罷り出て、汝の悪事を訴えて、首にしてやる覚悟しやあがれ。得三はぎょっとして、「何の、踏むなどという図太い了簡を出すものか。と慌つる状に高田は附入り、「そんなら金を、さあ返済せ。「今といっては何ともどうも。「じゃ訴えて首にしようか。「それはあんまり御無体な。「ええ! 面倒だ。と立懸れば、「まあ、待ってくれ。と袂を取るを、「乞食め、動くな。と振離され、得三たちまち血相変り、高田の帯際むずと掴みて、じりじりと引戻し、人形の後の切抜戸を、内よりはたと鎖しける。
何をかなしけむ。壁厚ければ、内の物音外へは漏れず。
ややありて戸を開き差出したる得三の顔は、眼据って唇わななき、四辺を屹と見廻して、「八蔵、八蔵、と呼懸けたり。八蔵は入来りぬ。得三は声を潜め、「八、ちょっとここへ来い。「へい、何、何事でございます。と人形の袖を潜って密室の戸口に到れば、得三は振返って後を指し、「これを。……八蔵は覗き込みて反り返り「ひゃっ、高田様が自殺をしたッ。と叫ぶを、「叱! 声高しと押止めて、眼を見合わせ少時無言、この時一番鶏の声あり。
得三は片頬に物凄き笑を含みて、「八蔵。という顔を下より見上げて、「へい。「お前にもそう見えるかい。「何、何、何が。「いやさ。高田の死骸は自殺と見えるか。「へい。自分で短刀の柄を握ってそして自分の喉を突いてれば誰が見ても全く自殺。「応、たしかにそう見える。が、実は我が殺したのだ。「ええ、お殺なすったか。「突然藤が居なくなったぞ。八、先刻からお録は見懸けまいな。「へい、あの婆様はどこへ行ったか居りません。「そうだろう。彼奴もしたたか者だ。お藤を誘拐して行ったに違いない。あの嬢はまだ小児だ。何にも知らないから可し、老婆も、我等と一所に働いた奴だ。人に悪事は饒舌まい。惜くも無し、心配も無いが、高田の業突張、大層怒ってな。お藤がなくなったら即金で千円返せ、返さなけりゃ、訴えると言い募って、あの火吸器だもの、何というても肯くものか。すんでに駈出そうとしやあがる。ままよ毒喰わば皿迄と、我が突殺したのだ。「それは好うございました。「すると奴さん苦しいものだから、拳でしっかりとこの通り短刀の柄を握ったのよ。「体の可い自殺でございますね。「そうよ。そこで己が旨い事を案じついたて。これからあの下枝を殺してさ。「下枝様を。「三年以来辛抱して、気永に靡くのを待っていたが、ああ強情では仕様が無え。今では憎さが百倍だ。虐殺にして腹癒して、そうして下枝の傍に高田の死骸を僵して置く。の、そうすれば誰が目にも、高田が下枝を殺して、自殺をしたと見えるというものだ。何と可い工夫であろうが。」
さりとは底の知れぬ悪党なり。八蔵は手を拍って「旨い。と叫べり。「そうして己が口の前で旨く世間を欺けば、他に親類は無し、赤城家の財産はころりと我が手へ転がり込む。何と八蔵そうなる日にはお前に一割は遣るよ。「ええ難有い、夢になるな夢になるな。「もうこれッ切り御苦労は懸けないが、もう一番頼まれてくれ。「へい、何なりとも。「銀平はどうした。「しきりに飲んでおります。「彼奴も序に片附けてしまいたい、家でやっては面倒だから、これから飲直すといって連出してな。「へいへい、なるほど。「どこかへ行って酒を飲まして、ちょいと例の毒薬を飲ましゃあ訳は無い、酔って寝たようになって、翌日の朝はこの世をおさらばだ。「承りました。しかし今時青楼で起きていましょうか。「藤沢の女郎屋は遠いから、長谷あたりの淫売店へ行けば、いつでも起きていらあ、一所にお前も寝て来るが可い。「じゃあ直ぐと参ります。「御苦労だな。「なんの貴下。と行懸くるを、「待て、待て。「え。「宿屋の亭主とかはどうしたのだ。「手足を縛って猿轡を噛まして、雑具部屋へ入れときました。「よし、よし。仕事が済んだら検べて見て大抵なら無事に帰してやれ。「へい左様なら。と八蔵は勝手に行きて銀平を見れば、「八、やい、置去りにしてどこへ行っていた。というさえ今は巻舌にて、泥のごとくに酔うたるを、飲直さむとて連出しぬ。