半七捕物帳 15 鷹のゆくえ

1話 半七捕物帳 15 鷹のゆくえ(1)

7,654字 約15分 1999年7月19日 公開

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     一

 老人とわたしと差し向いで、五月の雨のふる日曜日を小半日も語り暮した。時節柄で亀戸(かめいど)の藤の噂が出た。藤の花から藤娘の話をよび出して、それから大津絵の話に転じて、更に鷹匠(たかじょう)のはなしに移る。その話を順々に運んでいては長くなるから、前置きはいっさい略して、単に本文だけを紹介することにした。

 安政六年の十月、半七があさ湯にはいっていると、子分の一人があわただしく迎えに来た。

「親分。八丁堀の旦那から急に来てくれということですぜ」

「そうか。すぐ帰る」

 八丁堀から呼ばれるのは珍らしくない。しかしそれが普通の出来事であるならば、すぐにその現場へ出張を命ぜられるのが習いで、特に八丁堀の屋敷へ呼び付けられる以上、なにか秘密の用件であることは多年の経験で半七もよく承知していた。彼は早速に湯屋から飛び出して、あさ飯を食って着物を着かえる間にも、その用件がどんなことであるかを想像した。この職業の者には、一種の暗示がある。俗に、「虫が知らせる」ということが不思議に的中するためしがしばしばある。半七も黙ってそれを考えていたが、けさはどうもその判断がつかなかった。その事件の性質がなんであるか、まるで見当が付かないで、半七はなんだか落ち着かないような気持でそわそわと神田の家を出た。

 八丁堀同心山崎善兵衛は彼の来るのを待ち受けて、すぐに用談に取りかかった。

「おい、半七。早速だが、また一つ御用を勤めて貰いたいことがある。働いてくれ」

「かしこまりました。して、どんな筋でございますかえ」

「ちっとむずかしい。生き物だ」

 火付けも人殺しも盗賊も生き物には相違ないが、ここで特に生き物という以上、それが鳥獣か魚のたぐいを意味するのは判り切っているので、半七はすこし意外に感じた。なるほど今朝はなんの暗示もなかった筈だとも思った。彼はすぐに小声で()き返した。

「鶴でございますかえ」

 江戸時代に鶴を殺せば、死罪または磔刑(はりつけ)になる。鶴殺しは重罪犯人である。生き物と聞いて、彼はすぐに鶴殺しを思いうかべたのであるが、相手はほほえみながら(かぶり)をふっていた。

(うずら)ですかえ」と、半七はまた訊いた。

 この時代には鶉もいろいろの問題を起し易い生き物であった。善兵衛はやはり首をふって、()らすように半七の顔を見た。

「判らねえか」

「わかりませんね」

「はは、貴様にも似合わねえ。生き物は(たか)だ。お鷹だよ」

「へえ、お鷹でございますか」と、半七はうなずいた。「そのお鷹が逃げたんですか」

「むむ、逃げた。それで、御鷹匠は蒼くなっているのだ。けさ其の叔父というのが駆け込んで来て、おれにいろいろ泣き付いて行ったが、ほかの事とも違うから、打っちゃっては置かれねえ。その当人も可哀そうだ。早くなんとかしてやりたいと思うのだが……」

 お鷹といえば将軍の飼い鳥である。それを逃がした鷹匠は命にかかわる椿事(ちんじ)で、かれは切腹でもしなければならない。本人は勿論、その親類どもがうろたえて騒ぐのも無理はなかった。

「そこで、そのお鷹はどこでどうして逃がしたのですかえ」と、半七は()いた。

「それが重々悪い。遊所場(ゆうしょば)で取り逃がしたのだ」

宿(しゅく)ですね」

「そうだ。品川の丸屋という女郎屋だ」

 善兵衛の説明によると、事件の顛末(てんまつ)はこうであった。鷹匠の光井金之助が、二人の同役と連れ立って、きのうの(ひる)すぎから目黒の方角へお鷹馴らしに出た。鷹匠はその役目として、あずかりの鷹を馴らすために、時々野外へ放しに出るのである。由来、鷹匠なるものは高百俵、見習い五十俵で、決して身分の高いものではないが、将軍家の鷹をあずかっているので、「御鷹匠」と呼ばれて、その(こぶし)に据えているお鷹を(かさ)()て、むやみに威張り散らしたものである。かれらは絵で見るように、小紋の手甲脚絆草鞋穿(てっこうきゃはんわらじば)きで菅笠をかぶり、片手に鷹を据えて市中を往来する。その場合にうっかり彼等にすれ違ったりすると、大切なお鷹をおどろかしたと云って、むずかしく食ってかかる。その本人はともかくも、その拳に据えているのは将軍家の鷹であるから、それに対してはどうすることも出来ないので、お鷹をおどろかしたと云いかけられた者は、大地に手をついてあやまらなければならない。万事がこういう風で、かれらはその捧げている鷹よりも鋭い眼をひからせて、江戸の市民を睨みまわして押し歩いていた。

 かれらが野外へお鷹馴らしに出る場合には、多くその付近の遊女屋に一泊するのを例としていた。よし原と違って、新宿や品川には旅籠屋(はたごや)に給仕の女をおくという名義で営業しているのであるから、かれらの宿泊を(こば)むわけには行かない。それが一種の弱い者いじめであって、一旦かれらを宿泊させた以上は、ほかの客を取ることを許さないのである。三味線や太鼓は勿論、迂濶(うかつ)に廊下をあるいても、お鷹をおどろかしたという(かど)で厳しく痛め付けられるのであるから、家中(うちじゅう)の者は息を殺して鎮まり返っていなければならない。したがって、その一夜は営業停止である。どんな馴染み客が来ても断わるほかはない。それは遊女屋に取って甚だしい苦痛であるので、せいぜい彼等を優遇した上に、ある場合には幾らかの「袖の下」をも(つか)って、大抵のことを見逃がして貰うのである。その厄介きわまる御鷹匠三人が品川の丸屋に泊り込んだ夜に、一つの椿事が出来(しゅったい)した。

 三人の鷹匠は光井金之助、倉島伊四郎、本多又作で、いずれもまだ二十一二の若い者であるので、丸屋の方でも心得ていて給仕としてお八重、お玉、お北という三人の抱妓(かかえ)を出した。そのなかで一番容貌(きりょう)のいいお八重が金之助のそばに付いていることになった。金之助も三人の鷹匠のなかでは一番の年下で、男振りも悪くない、おとなしやかな男であった。普通の客とは違うので、女達もせいぜい注意して勤めていたが、そのなかでもお八重は特別に気をつけて若い鷹匠を歓待した。御鷹匠といえば一概に恐ろしいもののように考えていたお八重は、案外に初心(うぶ)でおとなしい金之助を憎からず思ったらしい。こうして、仲よく一夜を明かしたが、朝になって三人が帰り支度をしている間に、お八重と金之助とが何かふざけ出したらしく、女は男を()ったり叩いたりしてきゃっきゃっと笑った。いつもの云いがかりとは違って、それがほんとうに大切の鷹を驚かしたらしく、俄かに羽搏(はばた)きをあらくした鷹はその緒を振り切って飛び()った。丸屋は宿の山側にある(うち)で、あいにくお八重の座敷の障子が明け放されていたので、鷹はそのまま表へ飛び去ってしまった。

 不意の出来事におどろかされて、二人はあれあれと云っているうちに、鳥の姿はもう見えなくなった。その騒ぎを聞きつけて伊四郎も又作もびっくりして駈けつけたが、今更どうする(すべ)もないので、三人は顔の色を変えて、しばらくは唯ぼんやりと突っ立っていた。まして其の本人の金之助は殆ど生きている心持はなかった。それに係り合いのお八重もどんなお咎めをうけるかとふるえ上がった。

 なにしろ、これは内密にして置いて、なんとかして()のお鷹を探し出すよりほかはないと、年嵩(としかさ)の伊四郎がまず云い出した。実際それよりほかには知恵も工夫もないので、二人もそれに同意して、丸屋の者にも固く口止めをして置いて、早々に千駄木の御鷹所(おたかじょ)へ帰って来た。当人の金之助は勿論であるが、連れ立っていた伊四郎、又作も何等かのお咎めは免かれないので、その親類一門も俄かにうろたえ騒いで、寄りあつまっていろいろ評議の果てが、これは内密に町方(まちかた)の手を借りて詮議するのが一番近道であるらしいということに決定して、金之助の叔父の弥左衛門が取りあえず山崎善兵衛のところへ駈けつけたのであった。

 この事情をくわしく話した上、善兵衛は一と息ついた。

「まあ、そんな筋道なのだが、どうだろう、何とかなるめえか。心柄とは云いながら、本人はまず切腹、連れのものも御役御免か、謹慎申し付けられるか、なにしろ大勢の難儀にもなることだ。考えてみれば可哀そうだからな」

「そうでございますよ。御鷹匠もこの頃あんまり(はね)を伸ばし過ぎるからね」と、半七は云った。「併しそれはまあそれにして、出来たことは何とかしてやらざあなりますまい。まったく可哀そうですからね」

「なんとかなるだろうか」

「生き物ですからね」と、半七は首をかしげていた。

 おなじ生き物のうちでも飛ぶ鳥と来ては最も始末がわるい。まして鷹のような素捷(すばや)い鳥はどこへ飛んで行ってしまったか判らない。それを探し出すというのは全く困難な仕事であると、さすがの半七も胸をかかえた。

「まあ、なんとか工夫して見ましょう」

「工夫してくれ。光井金之助の叔父も涙をこぼして頼んで行ったのだからな」

「かしこまりました」

 ともかくも受け合って、半七は善兵衛の屋敷を出たが、どう考えてもこれは難儀の役目であった。雲をつかむ尋ね物というが、これは空を飛ぶ尋ねものである。神田へ帰る途中も彼はいろいろに考えた。

(うち)へ帰ってもしようがねえ。ともかくも品川へ行って見よう」

 こう思い直して、かれは更に爪先を南に向けると、この頃の空の癖で、時雨(しぐれ)を運び出しそうな薄暗い雲が彼の頭の上にひろがって来た。

     二

 半七は品川の丸屋へ行って、主人にも逢った。お八重にも逢った。主人はどんな飛ばっちりを食うのかとおびえているらしかったが、取り分けてお八重は真っ(さお)になっていた。なにぶんにも鳥のことであるから、別に詮議のしようもなかったが、それでも一応はお八重の座敷へ通って、鷹の飛んで行った方角などを聞き定めて帰った。

 丸屋の暖簾(のれん)をくぐり出て、半七はまた考えた。鳥の飛んで行ったのは目黒の方角らしい。現に金之助らも目黒へ鷹馴らしに出かけたのである。して見ると、鷹はそこらに降りたかも知れない。なにしろ念のために一応その方角を調べてみようと思い立って、彼は更に目黒の方に足を向けると、空の色はいよいよ悪くなって来た。

「降られるかな」

 半七は空をみながら急いで行った。これがほかの事件ならば、それぞれに筋道を立てて、捜索の歩をすすめるのであるが、事件が事件であるだけに、半七もいわゆる行きどころばったりに探しあるくよりほかはなかった。まことに知恵のない話だとは思ったが、半七は差し当りここらの村々の名主(なぬし)をたずねて、誰か鷹を見付けたか、あるいは鷹を捕えたかを聞き合わせようとした。

 庶人が鷹を飼うことは遠い昔から禁じられている。鎌倉時代、足利時代、(くだ)って徳川時代に至っては、その禁令がいよいよ厳重になって、ひそかに鷹を飼うものは死罪、それを訴人したものには銀五十枚を賜わるということになっていた。したがってそこらの村々で鷹を見つけ、又は鷹を捕えたものは、その村名主に届け出るにきまっている。足に緒をつけている鳥であるから、あるいは遠く飛ばないでここらの村の者に捕われまいとも限らない。こう思って、半七はまず名主の宅をたずねようとしたのである。

 堤を降りた川の(ふち)で、二人の女が真っ白な大根を洗っていた。それを見つけて、半七は声をかけた。

「もし、名主様の(うち)はどこですね」

 ふり向いたのはいずれも若い女であった。一人は頭の手拭をはずしながら答えた。

「名主様の家はこの堤をまっすぐに行って、それから右へ曲がって、大きい竹藪のある家ですよ」

「ありがとう。それから……(ねえ)さん達は、けさここらへ鷹の降りたという噂を聞かなかったかね」

 二人の女は黙っていた。

「知らないかえ」

「知りませんね」と、初めの女が答えた。

「いや、ありがとう」

 挨拶して半七は別れた。教えられたままに名主の家をたずねて、鷹のことを聞き合わせると、村じゅうで誰も見つけたものはないらしく、現に今までも届けて来たものは無いとのことであった。鷹は前にもいう通り、普通の家で飼うべきものでない。その鷹の詮議とあれば容易ならぬことと察したらしく、名主も眉をよせて訊いた。

「そのお鷹はやはり御鷹所のでございますか」

「千駄木のですよ」と、半七は正直に答えた。「しかし、これは内密に探索しなければならないのですから、おまえさんの方でもそのつもりで……。なにか心当りがありましたら、わたしのところまでこっそり知らせてください」

「承知しました」

 名主によく頼んで置いて、半七はそこを出ると、空の色はいよいよ怪しくなって来た。引っ返して名主のところで傘を借りて来ようかと思ったが、それも面倒だとその(まま)すたすた歩き出すと、川の縁でさっきの二人の女にまた逢った。

「や、さっきはありがとう」

 女たちは無言で会釈(えしゃく)して別れた。村はずれまで来かかると、時雨(しぐれ)がとうとうざっと降って来たので、半七は手拭をかぶりながら早足に急いでくると、路ばたに小さい蕎麦(そば)屋を見つけたので、彼は当座の雨やどりのつもりで、ともかくも暖簾(のれん)をくぐると、四十ばかりの女房が雑巾(ぞうきん)のような手拭で濡れ手を拭きながら出て来た。

「いらっしゃいまし。おあつらえは……」

「そうさなあ」

 云いながら半七は家のなかを見まわした。この小ぎたない店付きではどうで碌なものは出来まいと思ったので、彼は当り障りのないように花巻の蕎麦を註文すると、奥から五十ばかりの亭主が出て来て、なにか世辞を云いながら釜前へまわって行った。すすけた壁をうしろにして、半七は黙って煙草をのんでいると、外の時雨はひとしきり強くなって来たらしく、往来のさびしい街道にも二、三人の駈けてゆく足音がきこえた。と思ううちに、一人の男がこの雨に追われたように駈け込んで来た。

「やあ、降る、降る。こんな雨になろうとは思わなかった」

 男の菅笠からはしずくが流れていた。かれは手甲脚絆の身軽な扮装(いでたち)で、長い竹の継竿(つぎざお)を持っていたが、その竿にたくさんの鳥黐(とりもち)が付いているのを見て、それが鳥さしであることを半七はすぐに覚った。彼は時々ここへ来ると見えて、蕎麦屋の夫婦とも懇意であるらしく、たがいに馴れなれしくなにか挨拶していた。狭い店であるから、彼は半七のすぐ前に腰をおろして、濡れた笠をぬぎながら会釈した。

「悪いお天気ですね」

「そうでございます」と、半七も会釈した。「とりわけお前さん方はお困りでしょう」

「まったくですよ。黐をぬらしてしまうのでね」と、鳥さしは腰につけていた鳥籠を見返りながら云った。

「おまえさんは千駄木ですか、それとも雑司ヶ谷ですかえ」

「千駄木の方ですよ」

 徳川家の御鷹所は千駄木と雑司ヶ谷の二カ所にある。鳥さしはそれに付属する餌取(えと)りという役で毎日市中や市外をめぐって、鷹の餌にする小雀を捕ってあるくのである。鷹のゆくえを詮議している折柄に、あたかも鳥さしに出合って、しかもそれが千駄木であるということが何かの因縁であるように思われたが、勿論、この鳥さしはお鷹紛失のことを知らないに相違ない。うっかりしたことをしゃべって善いか悪いかと、半七はしばらく躊躇していた。鳥さしはもう五十を二つも三つも越えているらしいが、背の高い、色の黒い、見るからに丈夫そうな老人であった。

 鳥さしはかけ蕎麦を註文して食った。半七も自分のまえに運ばれた膳にむかって、浅草紙のような海苔(のり)をかけた蕎麦を我慢して食った。そのいかにも不味(まず)そうな食い方を横目に視て、鳥さしの老人は笑いながら云った。

「ここらの蕎麦は江戸の人の口には合いますまいよ。わたし達は御用ですからここらへも時々廻って来るので、仕方無しにこんなところへもはいりますが、それでも朝から駈けあるいて、腹が空いている時には、不思議に旨く食えますよ。ははははは」

「そうですね。江戸者は詰まらない贅沢(ぜいたく)を云っていけませんよ」

 こんなところから口がほぐれて、半七と鳥さしとは打ち解けて話し出した。外の雨はまだ止まないので、二人は雨やどりの話し相手というような訳で、煙草を()いながらいろいろの世間話などをしているうちに、半七はふと思い出したように訊いた。

「おまえさんは千駄木だと仰しゃるが、御組ちゅうに光井さんという(かた)がありますかえ」

「光井さんというのはあります。弥左衛門さんに金之助さん、どちらも無事に勤めていますよ。おまえさんは御存じかね」

「その金之助さんというお方に一度お目にかかったことがありました。まだ若い、おとなしいお方で……」と、半七はいい加減に答えた。

「はあ、おとなしい人ですよ」と、老人はうなずいた。「組中でも評判がいいので、ゆくゆくはお役付きになるかも知れません」

 その金之助がまかり間違えば切腹の大事件を仕でかしていることを、鳥さしの老人は夢にも知らないらしかった。それからだんだん話して見ると、この老人は光井金之助という若い鷹匠に対してよほどの好意をもっているらしく、しきりに彼の出世を祈るような口ぶりであった。由来、鷹匠と餌取りとは密接の関係をもっている職務でありながら、その折り合いがどうもよくないもので、餌取りに()められる鷹匠はあまり多くない。その餌取りの老人がしきりに金之助を褒める以上、双方のあいだに特別の親しみがあるらしく察せられたので、半七はむしろこの老人を語らって自分の味方に引き入れようかとも考え付いた。

「おまえさんはけさ早くに千駄木をお出かけになりましたかえ」

「六ツ半頃に出ました」と、鳥さしの老人は答えた。

「それじゃあ光井さんのことをなんにも御存知ないんですか」と、半七は小声で云った。

「光井さんがどうかしましたか」

「これはここだけのお話ですが、光井さんはけさお鷹を逃がしたので……」

 老人の顔色は俄かに変った。

「それはどこで逃がしたのです」

「品川の丸屋という家の二階で……」

「丸屋で……」と、老人はいよいよ其の顔をしかめた。

 鷹を逃がした前後の事情を聞かされて、老人は太息(といき)をついていた。かれは殆ど途方に暮れたように其の首をうなだれたまま、しばらくは何にも云わなかった。その苦労の色があまりに甚だしいので、半七も少しく意外に感じた。普通の親しみというのを通り越して、この老人と若い鷹匠とのあいだには、なにか特別の関係があるのではないかと疑った。

 この時に、裏口から若い女がはいって来て、ぬれた(たもと)や裾を釜前で乾かしていた。半七はふと見ると、それはさっき川端で出逢った二人の女のひとりで、どこをどう廻って来たのか、たった今ここの家へ戻ったらしい。年のころは二十歳(はたち)ばかりで、色の白い、小肥りにふとった、憎気のない娘であった。かれは半七と顔を見あわせて無言で会釈した。

「たびたびお目にかかるね」と、半七は笑った。「おまえはここの(うち)の娘さんかえ」

「はい」と、娘は初めて口をきいた。「あの、名主さんの家は知れましたか」

「知れた。知れた」

 この話し声で気がついたらしく、鳥さしの老人は思わず顔をあげて娘の方を見かえると、娘は老人に向っても無言で会釈した。しかも老人と顔を見あわせて、娘の眼の色が俄かに変ったらしいのを、半七は決して見逃がさなかった。

 老人は再び首を垂れてしまったが、娘はやはり(けわ)しい眼をして老人をじっと眺めていた。

     三

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