神神の微笑

2話 神神の微笑(2)

4,252字 約9分 1998年12月19日 公開

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 オルガンティノは翌日の(ゆうべ)も、南蛮寺(なんばんじ)の庭を歩いていた。しかし彼の碧眼(へきがん)には、どこか嬉しそうな色があった。それは今日一日(いちにち)の内に、日本の侍が三四人、奉教人(ほうきょうにん)の列にはいったからだった。

 庭の橄欖(かんらん)月桂(げっけい)は、ひっそりと夕闇に聳えていた。ただその沈黙が(みだ)されるのは、寺の(はと)が軒へ帰るらしい、中空(なかぞら)羽音(はおと)よりほかはなかった。薔薇の(におい)、砂の湿り、――一切は翼のある天使たちが、「人の女子(おみなご)の美しきを見て、」妻を求めに(くだ)って来た、古代の日の暮のように平和だった。

「やはり十字架の御威光の前には、(けが)らわしい日本の霊の力も、勝利を()める事はむずかしいと見える。しかし昨夜(ゆうべ)見た幻は?――いや、あれは幻に過ぎない。悪魔はアントニオ上人(しょうにん)にも、ああ云う幻を見せたではないか? その証拠には今日になると、一度に何人かの信徒さえ出来た。やがてはこの国も至る所に、天主(てんしゅ)御寺(みてら)が建てられるであろう。」

 オルガンティノはそう思いながら、砂の赤い小径(こみち)を歩いて行った。すると誰か後から、そっと肩を打つものがあった。彼はすぐに振り返った。しかし後には夕明りが、(みち)を挟んだ篠懸(すずかけ)の若葉に、うっすりと(ただよ)っているだけだった。

御主(おんあるじ)。守らせ給え!」

 彼はこう(つぶや)いてから、(おもむ)ろに(かしら)をもとへ返した。と、彼の(かたわら)には、いつのまにそこへ忍び寄ったか、昨夜の幻に見えた通り、(くび)に玉を巻いた老人が一人、ぼんやり姿を煙らせたまま、(おもむ)ろに歩みを運んでいた。

「誰だ、お前は?」

 不意を打たれたオルガンティノは、思わずそこへ立ち止まった。

(わたし)は、――誰でもかまいません。この国の霊の一人です。」

 老人は微笑(びしょう)を浮べながら、親切そうに返事をした。

「まあ、御一緒に歩きましょう。私はあなたとしばらくの(あいだ)、御話しするために出て来たのです。」

 オルガンティノは十字を切った。が、老人はその(しるし)に、少しも恐怖を示さなかった。

「私は悪魔ではないのです。御覧なさい、この玉やこの剣を。地獄(じごく)(ほのお)に焼かれた物なら、こんなに清浄ではいない筈です。さあ、もう呪文(じゅもん)なぞを唱えるのはおやめなさい。」

 オルガンティノはやむを得ず、不愉快そうに腕組をしたまま、老人と一しょに歩き出した。

「あなたは天主教(てんしゅきょう)(ひろ)めに来ていますね、――」

 老人は静かに話し出した。

「それも悪い事ではないかも知れません。しかし泥烏須(デウス)もこの国へ来ては、きっと最後には負けてしまいますよ。」

泥烏須(デウス)は全能の御主(おんあるじ)だから、泥烏須に、――」

 オルガンティノはこう云いかけてから、ふと思いついたように、いつもこの国の信徒に対する、叮嚀(ていねい)な口調を使い出した。

泥烏須(デウス)に勝つものはない筈です。」

「ところが実際はあるのです。まあ、御聞きなさい。はるばるこの国へ渡って来たのは、泥烏須(デウス)ばかりではありません。孔子(こうし)孟子(もうし)荘子(そうし)、――そのほか支那からは哲人たちが、何人もこの国へ渡って来ました。しかも当時はこの国が、まだ生まれたばかりだったのです。支那の哲人たちは道のほかにも、()の国の絹だの(しん)の国の玉だの、いろいろな物を持って来ました。いや、そう云う宝よりも尊い、霊妙(れいみょう)な文字さえ持って来たのです。が、支那はそのために、我々を征服出来たでしょうか? たとえば文字(もじ)を御覧なさい。文字は我々を征服する代りに、我々のために征服されました。私が昔知っていた土人に、(かき)(もと)人麻呂(ひとまろ)と云う詩人があります。その男の作った七夕(たなばた)の歌は、今でもこの国に残っていますが、あれを読んで御覧なさい。牽牛織女(けんぎゅうしょくじょ)はあの中に見出す事は出来ません。あそこに歌われた恋人同士は()くまでも彦星(ひこぼし)棚機津女(たなばたつめ)とです。彼等の枕に響いたのは、ちょうどこの国の川のように、清い(あま)(がわ)瀬音(せおと)でした。支那の黄河(こうが)揚子江(ようすこう)に似た、銀河(ぎんが)の浪音ではなかったのです。しかし私は歌の事より、文字の事を話さなければなりません。人麻呂はあの歌を記すために、支那の文字を使いました。が、それは意味のためより、発音のための文字だったのです。(しゅう)と云う文字がはいった(のち)も、「ふね」は常に「ふね」だったのです。さもなければ我々の言葉は、支那語になっていたかも知れません。これは勿論人麻呂よりも、人麻呂の心を守っていた、我々この国の神の力です。のみならず支那の哲人たちは、書道をもこの国に伝えました。空海(くうかい)道風(どうふう)佐理(さり)行成(こうぜい)――私は彼等のいる所に、いつも人知れず行っていました。彼等が手本にしていたのは、皆支那人の墨蹟(ぼくせき)です。しかし彼等の筆先(ふでさき)からは、次第に新しい美が生れました。彼等の文字はいつのまにか、王羲之(おうぎし)でもなければ 遂良(ちょすいりょう)でもない、日本人の文字になり出したのです。しかし我々が勝ったのは、文字ばかりではありません。我々の息吹(いぶ)きは潮風(しおかぜ)のように、老儒(ろうじゅ)の道さえも(やわら)げました。この国の土人に尋ねて御覧なさい。彼等は皆孟子(もうし)の著書は、我々の怒に()れ易いために、それを積んだ船があれば、必ず(くつがえ)ると信じています。科戸(しなと)の神はまだ一度も、そんな悪戯(いたずら)はしていません。が、そう云う信仰の(うち)にも、この国に住んでいる我々の力は、(おぼろ)げながら感じられる筈です。あなたはそう思いませんか?」

 オルガンティノは茫然と、老人の顔を眺め返した。この国の歴史に(うと)い彼には、折角(せっかく)の相手の雄弁も、半分はわからずにしまったのだった。

「支那の哲人たちの(のち)に来たのは、印度(インド)の王子悉達多(したあるた)です。――」

 老人は言葉を続けながら、(みち)ばたの薔薇(ばら)の花をむしると、嬉しそうにその匂を()いだ。が、薔薇はむしられた跡にも、ちゃんとその花が残っていた。ただ老人の手にある花は色や形は同じに見えても、どこか霧のように煙っていた。

仏陀(ぶっだ)の運命も同様です。が、こんな事を一々御話しするのは、御退屈を増すだけかも知れません。ただ気をつけて頂きたいのは、本地垂跡(ほんじすいじゃく)の教の事です。あの教はこの国の土人に、大日貴(おおひるめむち)大日如来(だいにちにょらい)と同じものだと思わせました。これは大日貴の勝でしょうか? それとも大日如来の勝でしょうか? 仮りに現在この国の土人に、大日貴は知らないにしても、大日如来は知っているものが、大勢あるとして御覧なさい。それでも彼等の夢に見える、大日如来の姿の(うち)には、印度(ぶつ)面影(おもかげ)よりも、大日貴が(うかが)われはしないでしょうか? (わたし)親鸞(しんらん)日蓮(にちれん)と一しょに、沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の陰も歩いています。彼等が随喜渇仰(ずいきかつごう)した(ほとけ)は、円光のある黒人(こくじん)ではありません。優しい威厳(いげん)に充ち満ちた上宮太子(じょうぐうたいし)などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、泥烏須(デウス)のようにこの国に来ても、勝つものはないと云う事なのです。」

「まあ、御待ちなさい。御前(おまえ)さんはそう云われるが、――」

 オルガンティノは口を(はさ)んだ。

「今日などは侍が二三人、一度に御教(おんおしえ)帰依(きえ)しましたよ。」

「それは何人(なんにん)でも帰依するでしょう。ただ帰依したと云う事だけならば、この国の土人は大部分悉達多(したあるた)の教えに帰依しています。しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」

 老人は薔薇の花を投げた。花は手を離れたと思うと、たちまち夕明りに消えてしまった。

「なるほど造り変える力ですか? しかしそれはお前さんたちに、限った事ではないでしょう。どこの国でも、――たとえば希臘(ギリシャ)の神々と云われた、あの国にいる悪魔でも、――」

「大いなるパンは死にました。いや、パンもいつかはまたよみ返るかも知れません。しかし我々はこの通り、未だに生きているのです。」

 オルガンティノは珍しそうに、老人の顔へ横眼を使った。

「お前さんはパンを知っているのですか?」

「何、西国(さいこく)の大名の子たちが、西洋から持って帰ったと云う、横文字(よこもじ)の本にあったのです。――それも今の話ですが、たといこの造り変える力が、我々だけに限らないでも、やはり油断はなりませんよ。いや、むしろ、それだけに、御気をつけなさいと云いたいのです。我々は古い神ですからね。あの希臘(ギリシャ)の神々のように、世界の夜明けを見た神ですからね。」

「しかし泥烏須(デウス)は勝つ筈です。」

 オルガンティノは剛情に、もう一度同じ事を云い放った。が、老人はそれが聞えないように、こうゆっくり話し続けた。

(わたし)はつい四五日(まえ)西国(さいこく)海辺(うみべ)に上陸した、希臘(ギリシャ)の船乗りに()いました。その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。私はその船乗と、月夜の岩の上に坐りながら、いろいろの話を聞いて来ました。目一つの神につかまった話だの、人を(いのこ)にする女神(めがみ)の話だの、声の美しい人魚(にんぎょ)の話だの、――あなたはその男の名を知っていますか? その男は私に()った時から、この国の土人に変りました。今では百合若(ゆりわか)と名乗っているそうです。ですからあなたも御気をつけなさい。泥烏須(デウス)も必ず勝つとは云われません。天主教(てんしゅきょう)はいくら(ひろ)まっても、必ず勝つとは云われません。」

 老人はだんだん小声になった。

「事によると泥烏須(デウス)自身も、この国の土人に変るでしょう。支那や印度も変ったのです。西洋も変らなければなりません。我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。薔薇(ばら)の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明(ゆうあか)りにもいます。どこにでも、またいつでもいます。御気をつけなさい。御気をつけなさい。………」

 その声がとうとう絶えたと思うと、老人の姿も夕闇の中へ、影が消えるように消えてしまった。と同時に寺の塔からは、眉をひそめたオルガンティノの上へ、アヴェ・マリアの鐘が響き始めた。

       ×          ×          ×

 南蛮寺(なんばんじ)のパアドレ・オルガンティノは、――いや、オルガンティノに限った事ではない。悠々とアビトの(すそ)を引いた、鼻の高い紅毛人(こうもうじん)は、黄昏(たそがれ)の光の(ただよ)った、架空(かくう)月桂(げっけい)や薔薇の中から、一双の屏風(びょうぶ)へ帰って行った。南蛮船(なんばんせん)入津(にゅうしん)の図を()いた、三世紀以前の古屏風へ。

 さようなら。パアドレ・オルガンティノ! 君は今君の仲間と、日本の海辺(うみべ)を歩きながら、金泥(きんでい)の霞に旗を挙げた、大きい南蛮船を眺めている。泥烏須(デウス)が勝つか、大日貴(おおひるめむち)が勝つか――それはまだ現在でも、容易(ようい)断定(だんてい)は出来ないかも知れない。が、やがては我々の事業が、断定を与うべき問題である。君はその過去の海辺から、静かに我々を見てい給え。たとい君は同じ屏風の、犬を()いた甲比丹(カピタン)や、日傘をさしかけた黒ん坊の子供と、忘却の眠に沈んでいても、新たに水平へ現れた、我々の黒船(くろふね)石火矢(いしびや)の音は、必ず古めかしい君等の夢を破る時があるに違いない。それまでは、――さようなら。パアドレ・オルガンティノ! さようなら。南蛮寺のウルガン伴天連(バテレン)

(大正十年十二月)

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