卵塔場の天女

1話

3,092字 約6分 2011年6月29日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 時雨に真青(まっさお)なのは蒼鬣魚(かわはぎ)(ひれ)である。形は小さいが、三十枚ばかりずつ幾山にも並べた、あの暗灰色の菱形(ひしがた)(うお)を、三角形に積んで、下積(したづみ)になったのは、軒下の石に(あい)を流して、上の方は、浜の砂をざらざらとそのままだから、海の底のピラミッドを影で(のぞ)(あたらし)さがある。この深秘らしい謎の(うお)を、事ともしない、魚屋は偉い。

「そら、持ってけ、持ってけ。賭博場(ぼんござ)のまじないだ。みを食えば()()かだ。」

 と雨垂(あまだれ)に笠も(かぶ)らないで、一山ずつ十銭の附木札にして、(わめ)いている。

 やっぱり綺麗なのは小鯛(こだい)である。数は少いが、これも一山ずつにして、どの店にも夥多(おびただ)しい。二十銭というのを、はじめは一(ぴき)の値だろうと思うと、()ウあるいは十五だから、なりは小形でもお話になる。同じ(いきおい)をつけても、鯛の方はどうやら蒼鬣魚より売手が上品に見えるのも可笑(おかし)い。どの店のも声を揃えて、

()きとるぞ、活きとるぞウ。」

 この魚市場に近い、本願寺別院―末寺と(とな)える大道場へ、山から、里から、泊りがけに参詣(さんけい)する爺婆(じじばば)が、また土産にも買って帰るらしい。

「鯛だぞ、鯛だぞ、活きとるぞ、魚は塩とは限らんわい。醤油(しょうゆ)で、ほっかりと煮て喰わっせえ、(ほっ)ぺたが(おっ)こちる。――(ひと)ウ一ウ、(ふた)ア二アそら二十(にんじゅ)よ。」

 何と生魚(なまうお)を、いきなり古新聞に引包(ひッつつ)んだのを、爺様は汚れた風呂敷に()いて、茣蓙(ござ)の上へ、首に掛けて、てくりてくりと()く。

 甘鯛、いとより鯛、(ほうぼう)の濡れて艶々(つやつや)したのに、青い魚が入交って、(きす)飴色(あめいろ)が黄に目立つ。

 大釜(おおがま)に湯気を濛々(もうもう)と、狭い(ちまた)(みなぎ)らせて、(たくま)しい(おのこ)向顱巻(むこうはちまき)(ふみ)はだかり、青竹の割箸(わりばし)の逞しいやつを使って、押立(おった)ちながら、二尺に余る大蟹(おおがに)真赤(まっか)(ゆだ)る処をほかほかと引上げ引上げ、畳一畳ほどの(むしろ)の台へ、見る間に(うずたか)く積む光景は、油地獄で、むかしキリシタンをゆでころばしたようには見えないで、黒奴(くろんぼ)珊瑚畑(さんごばたけ)に花を培う趣がある。――ここは雪国だ、あれへ、ちらちらと雪が(かか)ったら、真珠が降るように見えるだろう。

「七分じゃー八分じゃー一貫じゃー、そら、お(かがり)じゃ、お祭じゃ、家も蔵も、持ってけ、背負(しょ)ってけ。」

 などと(わめ)く。赫燿(かくやく)たる大蟹を篝火(かがりび)は分ったが、七分八分は値段ではない、()の多少で、一貫はすなわち十分(いっぱい)の意味だそうである。

 菅笠(すげがさ)脚絆(きゃはん)で、(ざる)に積んで、女の売るのは、小形のしおらしい蟹で、(いち)の居つきが荷を張ったのではない。……浜から取立てを茹上(ゆであ)げて持出すのだそうで、女護島(にょごのしま)針刺(はりさし)といった形。

「こうばく蟹いらんかねえ、こうばく蟹買っとくなあ。」

 こう言うのを、爪は白し紅白か。聞けば、その脚の細さ、みどころと云ってはいくらもない、腹に真紫の粒々の子が満ちて、甲を()がすと、朱色の瑪瑙(めのう)のごとき子がある。それが美味なのだという。(子をば食う蟹)か、と考えた。……女が売るだけにこれは不躾(ぶしつけ)だった。香箱蟹だそうである。ことりと甲で(ふた)をしていかにも似ている。名の優しい香箱を売る姉さんだが、悪く値切ろうものなら泡のごとく毒を噴く。

 びしゃびしゃ、茣蓙(ござ)を着て並んで、砂つきの小鰯(こいわし)のぴかりと光るのを売る(あね)えも同じで、

「おほほだ、そんな値なら私が食う。」

 と、横啣(よこぐわ)えにペロリと()める。

「活きものだ。活きものだ。」

 どこも魚市は気が強い。――私は見ていたが――妙なもので、ここで鯨を売ればといっても、山車(だし)に載せて(かみしも)()きもしまいし、あの、おいらんと渾名(あだな)のある海豚(いるか)を売ればといって、身を切って客に抱かせもしないであろうが、飯蛸(いいだこ)なぞもそうである……栄螺(さざえ)黄螺(ばい)、生の馬刀貝(まてがい)などというと、張出した軒並を引込(ひっこ)んで、(おつ)に薄暗い軒下の穴から、こう(のぞ)く。客も覗く。……

 つま屋と名づくるのが、また不思議に貝蛸の小店に並んでいて、防風芹(ぼうふ)生海苔(なまのり)、松露、菊の花弁(はなびら)。……この雨に樺色(かばいろ)合羽占地茸(かっぱしめじ)、一本占地茸。雨は次第に、大分寒い、山から小僧の千本占地茸、にょきりと大松茸(おおまつたけ)は面白い。

 私が(からかさ)を軒とすれすれに(かざ)して(たたず)んだ処は――こう言出すと、この真剣な話に、背後(うしろ)へ松茸を背負(しょ)っているようで、巫山戯(ふざけ)たらしく見えるから、念のために申して置くが、売もののそれ()は、市の中を――右へ左へ、肩擦れ、足の踏交(ふみまじ)る、狭い中を縫って歩行(ある)いた間に見たので、ちょうど立ったのは、乾物屋の軒下で、四辻をちょっと入った処だった。辻には――ふかし芋も売るから、その湯気と、烏賊(いか)を丸焼に醤油(したじ)芬々(ぷんぷん)とした香を立てるのと、二条(ふたすじ)の煙が濃淡あい(もつ)れて雨に(なび)く中を抜けて来た。

「御免なさいよ。――(つれ)が買ものをしてるのを待ってるんですから。」

 私と(そで)を合わせて立った、(たちばな)八郎が、ついその番傘の下になる……(しじみ)剥身(むきみ)(ゆだ)ったのを笊に盛って(つくば)っている親仁(おやじ)に言った。――どうも狭いので、傘の(しずく)がほたほたと剥身に落ちて、親仁が(にが)い顔をして(にら)み上げたからである。

 八郎はこの土地うまれで、十四五年久振りで、勤めのために帰郷する――私の方は京都へ行く用があった。そこで自然誘われて、雪国の都を見物のため、東京から信越線を掛けて大廻りをしたのであった。

 当国へは昨夜ついた。

 八郎の勤めというのも、その身の上も、私が説明をするより宿帳を見れば簡単に直ぐ分る。旅店で……どちらもはじめてだが、とにかく嚮導(きょうどう)だから……女中が宿帳を持参すると、八郎はその職業という処へ――「能職(のうしょく)。」と(したた)めた。(かれ)は能役者である。

 戸籍の届出(とどけいで)は、音曲教師だというから、その通りなり、何とか記しようがありそうな処を、ぶっきらぼうに、「能職。」――これに対して、私も一工夫したいようにも思ったが、年の割に頭も禿()げているし、露出(むきだし)に――学校教授、槙村(まきむら)と名刺で済ました。

 霜月、もみじの好季節に、年一回の催能、当流第一人のお役者が本舞台からの乗込みである。ここにいささかなりとも、その出迎えの模様、対手方(あいてかた)挨拶(あいさつ)の一順はあるべきだけれど、実は記すべき事がない。――仔細(しさい)は別にあるとして、私の連立った橘八郎は、能楽家、音曲教師、役者などというよりも、(まこと)に「能職」の方が相応(ふさわ)しい。

 紋着(もんつき)、羽織、儀式一通りは旅店のトランクに心得たろうが、先生、(こまか)藍弁慶(あいべんけい)の着ものに、(こん)の無地博多(はかた)を腰さがり、まさか三尺ではないが、縞唐桟(しまとうざん)の羽織を着て、色の浅黒い空脛(からすね)端折(はしょ)って――途中から降られたのだから仕方がない――好みではないが、薩摩下駄(さつまげた)をびしゃびしゃと引摺(ひきず)って、番傘の(しずく)を、剥身屋(むきみや)の親仁にあやまった処は、まったく、「()。」や、「師。」ではない、「職。」であろう。

 東京では細君と二人ぐらしで――(私は謡や能で知己(ちかづき)なのではない。)どうやらごく小人数の活計(くらし)には困らないから、旅行をするのに一着外套(がいとう)を心得ていない事はない。

 あの、ぼっと霧雨に包まれた山を背後(うしろ)に、向って、この辻へ入る時だ。……

「魚市へ入るのに、外套で、ぞろりは変だ。」

 と往来で(ぼたん)をはずすと――(いま買ものをするのを待つと云った)――この男の従姉(いとこ)だという、雪国の雪で育った、色の抜けるほど白い、すっきりとした世話女房、町で老舗(しにせ)紅屋(べにや)の内儀……お悦という御新姐(ごしんぞ)が、

「段々降って来るのに――勝手になさい。」

 留めるのかと思うと、脱がして、ざっと折って、黒地の(しま)お召の袖に引掛(ひっか)けて取った。

「先生――」

 ついでだから言うが、学校の教師だから、私を先生と――云う、私も時々、先生と云う。同じ事で……その紅屋のを、八郎が、「姉さん」と云うと、「兄さん。」と云う。「お悦さん。」と云うと「八さん。」と云う。従って、年も同じだと聞く。

「先生は土地のお客人だ。着ていらっしゃい。同じに脱ぐなんて串戯(じょうだん)です、いや串戯じゃない。」

 どうも、剥身屋の荷をかばうと、その唐桟の袖が雨垂(あまだれ)に濡れる。私は外套で入交(いれかわ)って、(からかさ)をたたんだ。

目次に戻る

目次