8話 八月
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若きものの、山深く暑を避けたるが、雲の峰高き巖の根に、嘉魚釣りて一人居たりけり。碧潭の氣一脈、蘭の香を吹きて、床しき羅の影の身に沁むと覺えしは、年經る庄屋の森を出でて、背後なる岨道を通る人の、ふと彳みて見越したんなる。無地かと思ふ紺の透綾に、緋縮緬の長襦袢、小柳繻子の帶しめて、褄の堅きまで愼ましきにも、姿のなよやかさ立ちまさり、打微笑みたる口紅さへ、常夏の花の化身に似たるかな。斷崖の清水に龍女の廟あり。われは浦島の子か、姫の靈ぞと見しが、やがて知んぬ。なか/\に時のはやりに染まぬ服裝の、却つて鶯帶蝉羅にして、霓裳羽衣の風情をなせる、そこの農家の姉娘の、里の伯母前を訪ふなりしを。