孤島の鬼

26話 悪魔の正体

4,582字 約9分 2020年10月21日 公開

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 諸戸は更らに語りつづけた。私は、蒸しあつい日であったのと、異様な昂奮の為に、全身ビッショリと、あぶら汗を流していた。

「君、今僕がどんな変てこな心持でいるか、想像出来るかい。この僕の父親がね、殺人犯人かも知れないのだ。それも二重三重の殺人鬼なんだ。ハハハハハハハ、こんな変てこなことって、世の中にあるものかね」

 諸戸は、気違いみたいな笑い方をした。

「だって、僕にはまだよく分らないのですが、それは君の想像に過ぎないかも知れませんよ」

 私は慰める意味でなく、諸戸の云う事を信じ兼ねた。

「想像は想像だけれど、外に考え様がないのだ。僕の父は何故僕と初代さんと結婚させようとしたのだろう。それは初代さんのものが、夫である僕のものになるからだ。つまり例の系図帳が我が子のものになるからだ。そればかりではない。もっと邪推することが出来る。父は系図帳の表紙裏の暗号文を手に入れる丈けでは満足しなかったのだ。若しあの暗号文が、財宝のありかを示すものだとしたら、それ丈けを手に入れた所で、本当の所有者である初代さんはまだ生きているのだから、どんなことで、それが分って取戻されないものでもない。そこで、僕と初代さんと結婚させれば、そんな心配がなくなってしまう。財宝も、その所有権も父の家のものになる。僕の父はそんな風に考えたのではないだろうか。あの熱心な求婚運動は、そうとでも考える外に、解釈の下しようがないじゃないか」

「でも、初代さんが、そんな暗号を持っていることが、どうして分ったのでしょう」

「それはまだ、僕等に分っていない部分だ。だが、初代さんの記憶にあった例の海岸の景色から想像すると、僕の家と初代さんとは、何かの因縁で結ばれていることは確かだ。若しかしたら、僕の父は小さい時分の初代さんを知っているのだ。それが、初代さんは三つの時に大阪で捨てられたので、多分父にも最近までは行方が分らないでいたのだろう。と考えると、初代さんが暗号文を持っていることを、父が知っていたとしても、少しも不合理ではない。

 まあ聞き給え。それから、あらゆる手段を尽して求婚運動を試みた。けれども母親を口説き落すことは出来ても、当の初代さんを承知させることは不可能だった。初代さんは、君に身も心も捧げ尽していたからだ。それが分ると、間もなく、初代さんは殺された。同時に手提袋が盗まれた。何故だろう。手提袋の中に何か外に大切なものが入っていただろうか。一ヶ月分の給料を盗む為に、誰があんな手数のかかる方法で殺人罪など犯すものか。目的は系図帳にあったのだ。その中に隠された暗号文にあったのだ。同時に、求婚運動が失敗したからには、後日の(わざわい)の種である初代さんをなきものにしようと、深くも企んだ犯罪なのだ」

 聞くに従って、私は諸戸の解釈を信じない訳には行かなかった。そして、その様な父を持った諸戸の心持を想像すると、何と(なぐさ)めてよいのか、口を利くさえ(はばか)られた。

 諸戸は熱病患者の様に、無我夢中に喋り続けた。

「深山木氏を殺したのも、同じ悪業の延長だ。深山木氏は恐るべき探偵的才能の持主だ。その名探偵が系図帳を手に入れたばかりか、態々紀州の(はじ)の一孤島まで出掛けて来た。もう捨てて置けない。探偵の進行を妨げる為にも、系図帳を手に入れる為にも、深山木氏を生かして置けない。犯人は(アア、それは僕の親爺のことだ)当然こんな風に考えたに違いない。そこで、深山木氏が一たん鎌倉に引上げるのを待って、初代さんの場合と同じ、誠に巧妙な手段によって、白昼群集のまっただ中で、第二の殺人罪を犯したのだ。何故島にいる間に殺さなかったか。それは、父が東京にいたからだ、とは考えられないだろうか。蓑浦君、僕の父はね、僕にちっとも知らさないで、此間(このあいだ)からずっと、この東京のどこかの隅に隠れているかも知れないのだよ」

 諸戸は、そう云ったかと思うと、ふと気がついた様に、窓の所へ立って行って、外の植込みを見廻した。つい目の先の繁みの蔭に、彼の父親がうずくまってでもいるかの様に。だが、どんよりと薄曇った真夏の庭には、木の葉一枚微動するものはなく、物音も、いつもやかましく鳴続(なきつづ)ける蝉の声さえも、死に絶えた様に静まり返っていた。

「どうして僕がそんなことを考えるかと云うとね」諸戸は席に戻りながら続けた。「ホラ、友之助の殺された晩ね、君がここへ来る道で腰の曲った不気味な爺さんに会ったと云った。しかも、その爺さんが僕の家の門内へ這入ったと云った。だから、友之助を殺したのはその老人かも知れないのだ。僕の父はもう随分の年だから腰も曲っているかも知れない。そうでなくても、ひどい傴僂だから、歩いていると、君が云った様に、八十位の老人に見えるかも知れない。その老人がアレだとすると、僕の父は初代さんの家の前をうろうろした時分から、ずっと東京にいたと考えることも出来るじゃないか」

 諸戸は、(すくい)を求めでもする様に、目をキョトキョトさせて、ふと押し黙ってしまった。私も、云うべきことが非常に沢山ある様でいて、つい口を切る言葉が見出せず、ムッツリと黙り込んでいた。長い沈黙が続いた。

「僕は決心をした」やっとしてから、諸戸が低い声で云った。

昨夜(ゆうべ)一晩考えて極めたのだ。僕は十何年ぶりで、一度国へ帰って見ようと思う。国というのは和歌山県の南端の、Kという船着場から、五里程西へ寄った海岸にある俗称岩屋島(いわやじま)という、ろくろく人も住んでいない荒れ果てた小島で、これが嘗つては初代さんが住み、現にあの怪しい双生児の監禁されている孤島なのだ。(伝説によれば、そこは昔、八幡船(ばはんせん)の海賊共の根拠地であった相だ。僕が、暗号文が財宝の隠し場所を示すものではないかと疑ったのも、そういう伝説があるからだよ)そこは父母の家ではあるけれど、実の所、僕は二度と帰るまいと思っていた。廃墟みたいな薄暗い邸を想像した丈けでも、何とも云えぬ淋しい様な怖い様な、いやあないやあな感じがする。だが、僕はそこへ帰ろうと思うのだ」

 諸戸は重々しい決心の色を浮べて云った。

「今の僕の心持では、そうする外に(みち)がないのだ。この恐ろしい疑いを抱いたまま、じっとしていることは、一日だって出来ない。僕は父親が島へ帰るのを待って、いや、もうとっくに帰っているかも知れないが、父親と会って一か八か極めたいのだ。が、考えても恐ろしい、若し僕の想像が当って、父があの兇悪無残な殺人犯人であったら、アア、僕はどうすればいいのだ。僕は人殺しの子と生れ、人殺しに育てられ、人殺しの金で勉強し、人殺しに建ててもらった家に住んでいるのだ。そうだ、父が犯人と極ったら、僕は自首して出ることを勧めるのだ。どんなことがあったって、父親に打勝って見せる。若しそれが駄目だったら、凡てを滅ぼすのだ。悪業の血を絶やすのだ。傴僂の父親と差し違えて死んでしまえば事が済むのだ。

 だが、その前に、して置かねばならぬことがある。系図帳の正統な持主を探すことだ。系図帳の暗号文では、三人もの命が失われているのだから、恐らく莫大な値打があるに相違ない。それを初代さんの血族に手渡す義務がある。父の罪(ほろ)ぼしの為丈けにでも、僕は初代さんの本当の血族を探出して、幸福にして上げる責任を感じる。それも、一度岩屋島へ帰れば、何とか手懸りが得られぬこともなかろう。いずれにせよ、僕は明日にも、東京を立つ決心なのだ。蓑浦君、君はどう思う。僕は少し昂奮し過ぎているかも知れない。局外者の冷静な頭で、この僕の考えを判断してはくれないだろうか」

 諸戸は私を「冷静な局外者」と云ったが、どうしてどうして冷静どころではなかった。神経の弱い私は、寧ろ諸戸よりも昂奮していた位である。

 私は諸戸の異様な告白を聞いている内に、一方では彼に同情しながらも、段々と正体を現わして来た初代の(かたき)に、暫らく余事にまぎれて忘れていた恋人の痛ましい最後をまざまざと思い浮べ世界中でたった一つのものを奪われた恨みが、焔となって心中に渦巻いていた。

 私は初代の骨上げの日、焼き場の(そば)の野原で、初代の灰を(くら)い、ころげ廻って、復讐を誓ったことを、まだ忘れてはいなかった。若し諸戸の推察通り、彼の父親が、真犯人であったとしたら私は、私が(あじわ)った丈けの、身も世もあらぬ歎きを、彼奴(きゃつ)にも味わせた上で、彼奴の肉を啖い、骨をえぐらねば気が済まなんだ。

 考えて見ると、殺人犯人を父親に持った諸戸も因果であったが、恋人の敵が親しい友達の父親だと分り、しかも、その友達は私に親友以上の愛着と好意をよせている、この私の立場も実に異様なものであった。

「僕も一緒に連れて行って下さい。会社なんか首になったって、ちっとも構やしない。旅費は何とでもして都合しますから、連れて行って下さい」

 私は咄嗟に思立って叫んだ。

「じゃ、君も僕の考えが間違っていないと思うのだね。だが、君は何の為に行こうというの」

 諸戸は我身にかまけて、私の心持など推察する余裕は少しもなかった。

「あなたと同じ理由です。初代さんの敵を確める為です。それから、初代さんの身内を探出して系図帳を渡す為です」

「それで、若し初代さんの敵が僕の父親だと分ったら君はどうする積り?」

 この問いに会って、私はハッと当惑した。だが、私は嘘を云うのは(いや)だ。思切って、本当の心持を打ちあけた。

「そうなれば、あなたともお別れです。そして……」

「古風な復讐がしたいとでも云うの?」

「ハッキリ考えている訳じゃないけれど、僕の今の心持では、そいつの肉を(くら)ってもあきたりないのです」

 諸戸はそれを聞くと、黙り込んで、怖い目でじっと私を見つめていたが、ふっと表情がやわらぐと、突然ほがらかな調子になって云った。

「そうだ、一緒に行こうよ。僕の想像が当っているとすると、僕は君に取って謂わば敵の子だし、そうでなくても、人か獣か分らない様な僕の家族を見られるのは、実に恥しいけれど、若し君が許してくれるなら、僕は父や母に対して肉親の愛なんて少しも感じないのみか、却って憎悪を抱いている位なのだから、いざとなれば、君の味方をしてもいい。君と君の愛した初代さんの為なら、肉親はおろか、僕自身の命をかけても惜しくは思わぬ。蓑浦君、一緒に行こう。そして、力を(あわ)せて、島の秘密を探ろうよ」

 諸戸はそう云って、目をパチパチさせたかと思うと、ぎこちない仕草(しぐさ)で私の手を握り、昔の「義を結ぶ」といった感じで、手先に力を入れながら子供の様に目の縁を赤らめたのである。

 さて、かようにして、私達は愈々(いよいよ)、諸戸の故郷である紀州の(はじ)の一孤島へと旅立つことになったのだが、ここで一寸書添えて置かねばならぬことがある。

 諸戸が父親を憎む気持には、その時口に出して云わなんだけれど、あとになって思い合わせると、もっともっと深い意味があったのだ。それは如何なる犯罪にもまして、恐るべく憎むべき事柄だった。人間ではなくて(けだもの)の、この世ではなくて地獄でしか想像出来ない様な、悪鬼の所業だった。諸戸は流石に、その点に触れることを恐れたのである。

 だが、私の弱い心は、その時、三重の人殺しという血腥(ちなまぐさ)い事柄丈けでヘトヘトに疲れ果ててそれ以上の悪業を考える余地がなかったのか、これまでの凡ての事情を綜合すれば、当然悟らねばならぬその事を、不思議と少しも気附かなんだ。

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