古事記 02 校註 古事記

43話 古事記 中つ卷 〔美和の大物主〕

1,292字 約3分 2013年7月15日 公開

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 この天皇の御世に「役病(えやみ)(さは)に起り、人民(おほみたから)盡きなむとしき。ここに天皇愁歎(うれ)へたまひて、神牀(かむとこ)一にましましける夜に、大物主(おほものぬし)大神(おほかみ)、御夢に顯はれてのりたまひしく、「こは()が御心なり。かれ意富多多泥古(おほたたねこ)をもちて、我が御前に祭らしめたまはば、神の()起らず二、國も安平(やすらか)ならむ」とのりたまひき。ここを以ちて、驛使(はゆまづかひ)三を四方(よも)(あか)ちて、意富多多泥古(おほたたねこ)といふ人を求むる時に、河内の美努(みの)の村四にその人を見得て、(たてまつ)りき。ここに天皇問ひたまはく、「(いまし)は誰が子ぞ」と問ひたまひき。答へて白さく「()は大物主の大神、陶津耳(すゑつみみ)の命が女、活玉依(いくたまより)毘賣に娶ひて生みませる子、名は櫛御方(くしみかた)の命の子、飯肩巣見(いひがたすみ)の命の子、建甕槌(たけみかづち)の命の子、(やつこ)意富多多泥古」とまをしき。

 ここに天皇いたく歡びたまひて、詔りたまはく、「天の下平ぎ、人民(おほみたから)榮えなむ」とのりたまひて、すなはち意富多多泥古の命を、神主(かむぬし)五として、御諸山六に、意富美和(おほみわ)の大神の御前を(いつ)き祭りたまひき。また伊迦賀色許男(いかがしこを)の命に仰せて、天の八十平瓮(やそひらか)七を作り、天つ神(くに)(かみ)の社を定めまつりたまひき。また宇陀(うだ)墨坂(すみさか)八の神に、赤色の楯矛(たてほこ)を祭り九、また大坂(おほさか)の神一〇に、墨色の楯矛を祭り、また(さか)御尾(みを)の神、(かは)()の神までに、悉に遺忘(おつ)ることなく幣帛(ぬさ)まつりたまひき。これに因りて()()悉に()みて、國家(みかど)安平(やすら)ぎき。

 この意富多多泥古といふ人を、神の子と知れる所以(ゆゑ)は、上にいへる活玉依(いくたまより)毘賣、それ顏好かりき。ここに壯夫(をとこ)ありて、その形姿(かたち)威儀(よそほひ)時に(たぐひ)無きが、夜半(さよなか)の時にたちまち來たり。かれ相感()でて共婚(まぐはひ)して、住めるほどに、いまだ幾何(いくだ)もあらねば、その美人(をとめ)(はら)みぬ。

 ここに父母、その(はら)める事を怪みて、その女に問ひて曰はく、「(いまし)はおのづから(はら)めり。(ひこぢ)無きにいかにかも(はら)める」と問ひしかば、答へて曰はく、「(うるは)しき壯夫(をとこ)の、その名も知らぬが、()ごとに來りて住めるほどに、おのづからに(はら)みぬ」といひき。ここを以ちてその父母、その人を知らむと(おも)ひて、その女に(をし)へつらくは、「赤土(はに)を床の邊に散らし、卷子紡麻(へそを)を針に()きて、その衣の(すそ)に刺せ」と(をし)へき一一。かれ教へしが如して、旦時(あした)に見れば、針をつけたる()は、戸の鉤穴(かぎあな)より()き通りて出で、ただ(のこ)れる()一二は、三勾(みわ)のみなりき。

 ここにすなはち鉤穴より出でし状を知りて、絲のまにまに尋ね行きしかば、美和山に至りて、神の社に留まりき。かれその神の御子なりとは知りぬ。かれその()三勾(みわ)(のこ)れるによりて、其地(そこ)に名づけて美和(みわ)といふなり。この意富多多泥古の命は、(みわ)の君、鴨の君が祖なり。

一 神に祈つて寢る床。夢に神意を得ようとする。

二 神のたたり。

三 馬に乘つて行く使。

四 大阪府中河内郡。日本書紀には茅渟の縣の陶の村としている。これは和泉の國である。

五 神のよりつく人。

六 奈良縣磯城郡の三輪山。

七 多くの平たい皿。既出の語。

八 奈良縣宇陀郡。大和の中央部から見て東方の通路の坂。

九 奉ることによつて祭をする。神に武器を奉つて魔物の入り來るを防ごうとする思想。

一〇 奈良縣北葛城郡二上山の北方を越える坂。大和の中央部から西方の坂。

一一 人間ならざる者の正體を見現すために行う。ヘソヲは絲卷にまいた麻。

一二 絲卷に殘つた麻。

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