古事記 02 校註 古事記

60話 古事記 中つ卷 〔鎭懷石と釣魚〕

358字 約1分 2013年7月15日 公開

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 かれその政いまだ竟へざる(ほど)に、(はら)ませるが、()れまさむとしつ。すなはち御腹を(いは)ひたまはむとして、石を取らして、御裳(みも)の腰に纏かして、筑紫(つくし)の國に渡りましてぞ、その御子は()れましつる。かれその御子の生れましし地に名づけて、宇美一といふ。またその御裳に()かしし石は、筑紫の國の伊斗(いと)の村二にあり。

 また筑紫の末羅縣(まつらがた)の玉島の里三に到りまして、その河の邊に御(をし)したまふ時に、四月(うづき)上旬(はじめのころ)なりしを、ここにその河中の磯にいまして、御裳の絲を拔き取り、飯粒(いひぼ)を餌にして、その河の年魚(あゆ)を釣りたまひき。その河の名を小河といふ。またその磯の名を勝門比賣といふ。かれ四月の上旬の時、女ども裳の絲を拔き、飯粒を餌にして、年魚(あゆ)釣ること今に至るまで絶えず。

一 福岡縣糟屋郡。

二 同糸島郡。萬葉集卷の五にこの石を詠んだ歌がある。

三 佐賀縣東松浦郡の玉島川。

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