88話 古事記 下つ卷 〔市の邊の押齒の王〕
読み方を変える
これより後、淡海の佐佐紀の山の君が祖一、名は韓白さく、「淡海の久多綿の蚊屋野二に、猪鹿多にあり。その立てる足は、荻原の如く、指擧げたる角は、枯松の如し」とまをしき。この時市の邊の忍齒の王三を相率ひて、淡海にいでまして、その野に到りまししかば、おのもおのも異に假宮を作りて、宿りましき。
ここに明くる旦、いまだ日も出でぬ時に、忍齒の王、平の御心もちて、御馬に乘りながら、大長谷の王の假宮の傍に到りまして、その大長谷の王子の御伴人に詔りたまはく、「いまだも寤めまさぬか。早く白すべし。夜は既に曙けぬ。獵庭にいでますべし」とのりたまひて馬を進めて出で行きぬ。ここに大長谷の王の御許に侍ふ人ども、「うたて物いふ御子なれば、御心したまへ四。また御身をも堅めたまふべし」とまをしき。すなはち衣の中に甲を服し、弓矢を佩ばして、馬に乘りて出で行きて、忽の間に馬より往き雙びて五、矢を拔きて、その忍齒の王を射落して、またその身を切りて、馬|《ぶね》六に入れて、土と等しく埋みき七。
ここに市の邊の王の王子たち、意祁の王、袁祁の王八二柱。この亂を聞かして、逃げ去りましき。かれ山代の苅羽井九に到りまして、御粮きこしめす時に、面黥ける老人來てその御粮を奪りき。ここにその二柱の王、「粮は惜まず。然れども汝は誰そ」とのりたまへば、答へて曰さく、「我は山代の豕甘一〇なり」とまをしき。かれ玖須婆の河一一を逃れ渡りて、針間の國一二に至りまし、その國人名は志自牟が家一三に入りまして、身を隱して、馬甘牛甘に役はえたまひき一四。
一 佐佐紀の山の君の祖先。山の君はカバネ。
二 滋賀縣愛知郡。
三 履中天皇の皇子。
四 變つたものをいう皇子だから注意しなさい。
五 馬上で進んで並んで。
六 馬の食物を入れる箱。
七 土と共に埋めた。
八 後の仁賢天皇と顯宗天皇。
九 京都府相樂郡。
一〇 豚を飼う者。
一一 淀川。
一二 兵庫縣の南部。
一三 兵庫縣美嚢郡志染村。
一四 馬や牛を飼う者として使われた。なおこの物語は一八二頁に續く。