古事記 02 校註 古事記

94話 古事記 下つ卷 〔春日の袁杼比賣と三重の采女〕

1,795字 約4分 2013年7月15日 公開

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 また天皇、丸邇(わに)佐都紀(さつき)の臣が女、袁杼(をど)比賣を(よば)ひに、春日一にいでましし時、媛女(をとめ)、道に逢ひて、すなはち幸行(いでまし)を見て、岡邊(をかび)に逃げ隱りき。かれ御歌よみしたまへる、その御歌、

孃子(をとめ)の い(かく)る岡を

(かなすき)も 五百箇(いほち)もがも二。

《す》き()ぬるもの。  (歌謠番號一〇〇)

 かれその岡に名づけて、(かなすき)の岡といふ。

 また天皇、長谷の百枝槻(ももえつき)三の下にましまして、豐の(あかり)きこしめしし時に、伊勢の國の三重の《うねめ》四、大御盞(おほみさかづき)を捧げて獻りき。ここにその百枝槻の葉落ちて、大御盞に浮びき。その、落葉の御盞(みさかづき)に浮べるを知らずて、なほ大御酒獻りけるに、天皇、その御盞に浮べる葉を看そなはして、そのを打ち伏せ、御佩刀(はかし)をその頸に刺し當てて、斬らむとしたまふ時に、その、天皇に白して曰さく、「吾が身をな殺したまひそ。白すべき事あり」とまをして、すなはち歌ひて曰ひしく、

纏向(まきむく)の 日代(ひしろ)の宮五は、

朝日の 日()る宮。

夕日の 日(がけ)る宮。

竹の根の 根足(ねだ)る宮六。

()()の 根蔓(ねば)ふ宮。

八百土(やほに)よし七 い杵築(きづき)の宮八。

()さく 日の御門、

新嘗屋(にひなへや)九に 生ひ()てる

()る一〇 (つき)()は、

()()は 天を()へり。

中つ枝は (あづま)を負へり一一。

下枝(しづえ)は (ひな)を負へり。

()()の ()末葉(うらば)

中つ枝に 落ち觸らばへ一二、

中つ枝の 枝の末葉は

(しも)つ枝に 落ち觸らばへ、

(しづ)枝の 枝の末葉は

あり(ぎぬ)の一三 三重の子が

(ささ)がせる 瑞玉盃(みづたまうき)一四に

浮きし(あぶら) 落ちなづさひ一五、

(みな)こをろこをろに一六、

こしも あやにかしこし。

高光る 日の御子。

事の 語りごとも こをば一七。  (歌謠番號一〇一)

 かれこの歌を獻りしかば、その罪を赦したまひき。ここに大后一八の歌よみしたまへる、その御歌、

(やまと)の この高市(たけち)一九に

小高(こだか)る (いち)高處(つかさ)二〇、

新嘗屋(にひなへや)に 生ひ()てる

葉廣(はびろ) ゆつま椿(つばき)

そが葉の 廣りいまし、

その花の 照りいます

高光る 日の御子に、

豐御酒(とよみき) 獻らせ二一。

事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號一〇二)

 すなはち天皇歌よみしたまひしく、

ももしきの 大宮人(おほみやひと)は、

鶉鳥(うづらとり)二二  領布(ひれ)二三取り掛けて

鶺鴒(まなばしら)二四 尾行き合へ

庭雀(にはすずめ)二五、うずすまり居て

今日もかも (さか)みづくらし二六。

高光る 日の宮人。

事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號一〇三)

 この三歌は、天語(あまがたり)歌二七なり。かれ(とよ)(あかり)に、その三重のを譽めて、物(さは)に給ひき。

 この豐の樂の日、また春日の袁杼比賣(をどひめ)が大御酒獻りし時に、天皇の歌ひたまひしく、

水灌(みなそそ)く二八 (おみ)孃子(をとめ)

(ほだり)取らすも二九。

秀取り 堅く取らせ。

下堅(したがた)く 彌堅(やがた)く取らせ。

秀取らす子。  (歌謠番號一〇四)

 こは宇岐(うき)歌三〇なり。ここに袁杼比賣、歌獻りき。その歌、

やすみしし 吾が大君の

朝戸(あさと)三一には い倚り()たし、

夕戸には い倚り()たす

脇几(わきづき)三二が 下の

板にもが。吾兄(あせ)三三を。  (歌謠番號一〇五)

 こは志都(しづ)歌三四なり。

 天皇、御年、一百二十四歳(ももちまりはたちよつ)。己巳の年八月九日崩りたまひき。御陵は河内(かふち)多治比(たぢひ)(たかわし)三五にあり。

一 和邇氏の居住地で、奈良市の東部。

二 金屬の鋤もたくさんほしい。

三 枝のしげつた槻の木。

四 伊勢の國の三重の地から出た采女。ウネメは、地方の豪族の女子を召し出して宮廷に奉仕させる。後に法制化される。

五 景行天皇の皇居。長谷の朝倉の宮とは、離れている。この歌は歌曲の歌で、その物語を雄略天皇の事として取り上げたものだろう。

六 根の張つている宮。

七 枕詞。たくさんの土。

八 杵でつき堅めた宮。

九 新穀で祭をする家屋。

一〇 枝が茂つて充實している。

一一 東方をせおつている。

一二 續いて觸れている。

一三 枕詞。そこにある衣の三重と修飾する。

一四 ミヅは生氣のある。美しい盃。

一五 浮いた脂のように落ち漂つて。ナヅサヒは、水を分ける。

一六 水がごろごろして。この數句、天地の初發の神話に見える句で、その神話の傳え手との關係を思わせるものがある。

一七 四五頁參照。

一八 皇后。

一九 高いところ。

二〇 市の高み。

二一 奉るの敬語の命令形。

二二 譬喩による枕詞。鶉は頭から胸にかけて白い斑があるので、領布をかけるに冠する。

二三 四二頁參照。

二四 譬喩。セキレイ。

二五 譬喩による枕詞。

二六 酒宴をするらしい。

二七 歌曲の名。

二八 枕詞。オミ(大きい水、海)に冠する。

二九 たけの高い酒瓶をお取りになる。

三〇 歌曲の名。酒盃の歌の意。

三一 朝の御座。

三二 よりかかる机、脇息。

三三 はやし詞。

三四 歌曲の名。

三五 大阪府南河内郡。

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