2話 大脳手術(2)
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復讐の鬼と化した私は、前後を忘じ、昼といわず夜といわず巷を走り廻った。もちろんその目的は、珠子と、私の生れついたる美しい脚を騙取したる――敢えてそういうのだ――その男とを引捕えるためであった。
が、珠子とその男とは、なかなか私の視界に入らなかった。その二人は、巷を歩かないわけではなく、私はたびたび珠子とその男の姿を見かけた話を耳にした。しかも私の不運なる、遂に両人に行逢うことができないのであった。
私は自暴自棄になって、不逞にも和歌宮先生の許へ暴れ込んだ。私は悪鬼につかれたようになって、先生を診察台の上へねじ伏せると、かの私の生れついた美しい両脚を珠子づれに譲渡したことを詰った。しかし先生は、私の無礼を咎めもせず、静かな声で、一旦君から買取った上はこれをどう処分をしようと私の自由であり、君は文句をいう権利がない旨を諭した。私は先生の咽喉を締めあげた腕を解き、その場に平伏して非礼を詫びるしかなかった。そしてその日、私は私の両の腕を先生に買取って貰ってから、そこを辞した。値段は百十五万円であるから、普通以上のよい値段であった。その代りに私は八千五百円を投じて割安な轢死人の両腕を譲りうけ、それを移植して頂いた。で、手取りが百十四万千五百円也となった。これだけあれば、当分生活に困らない。
こういう呪わしき境遇に追込まれた者の常として、平面無臭の生活ができないことは首肯されるであろう。私の場合においてもこの例に漏れず、日夜刺激を追及し、その生活は次第に荒んでいった。その行状は、ここに文字にすることを憚るが、私の金づかいも日と共に荒くなり、両腕を売飛ばして懐に持った百十四万余の大金も、そう永からぬ期間のうちに他人にまきあげられてしまい、私はまた金策に苦労しなければならなくなった。そして結局は、酒の勢いに助けられて和歌宮先生の門に飛込み、或いは心臓を売り、或いは背中一面の皮膚を売りなどして、内臓といわず何といわず、次から次へと売飛ばして金に替えたのであった。只そのような際に、常に守ったことは頸から上のものについては一物も売ろうとはしないことだった。顔を売ってしまえば、私の看板がなくなるわけだから、どんなことがあろうと、これだけは売ることはできない。
欠乏と懊悩を背負って喘ぎ喘ぎ、私は相も変らず巷を血眼になって探し歩いた。しかし運命の神はどこまでも私に味方をせず、珠子とその仇し男の姿を発見することはできなかった。私は毎夜遅く、へとへとになって住居へ転げこむように戻るのが常だった。
鳴海の奴は、相変らずやって来ては、頭の悪いお祖母さんのような世話を焼いたり、忠言を繰返した。
「君も莫迦だよ。いくら珠子さんは美人か知らないが、あれが生れながらの美人なら、それは君のように追駈け廻わす価値があるかもしれない。しかしよく考えて見給え、そんな価値はありやせんよ」
「生れながら、どうしたって」
「そこなんだ。いいかい、珠子さんという人は瀬尾教授とも古くから親しくしているんだぜ。或る人の話によると、珠子さんは以前はあんな美人じゃなく、むしろ器量はよくない方だった。それが急に生れかわったような美人になったんだそうで、そこにはそれ瀬尾教授の施した美顔整形手術の匂いがぷうんとするじゃないか。そういう人為的美人に、君という莫迦者は愚かにも純粋の生命と魂を捧げているんだ。いわば珠子さんは、雑誌の口絵にある印刷した美人画みたいなものだぜ。そういうものに熱中する君は、よほどの阿呆だ」
「……」
これは痛い言葉だった。私は終日不愉快であった。鳴海の奴は、私の熱愛していた偶像を滅茶滅茶に壊してしまったのだ。私はそれ以来一層不機嫌に駆りたてられた。こうなれば珠子に対する愛着は冷却せざるを得ないが、その代り珠子が私の脚を仇し男に贈ったという所業に対する怨恨は更に強く燃え上らないわけに行かなかった。
「よし、こうなればたとえ骸骨となっても、彼の仇し男を引捕えてやらねば……」
その頃丁度或る筋から、珠子とその仇し男らしき人物とが、K坂の夜店に肩を並べて歩いていたという話を聞込んだので、私は新しい探求手段を考えついて早速実行することにした。それは私もK坂の夜店に加わって、手相卜いの店を張ろうというのだった。そして腰をどっしりと落付けて、かの両人の見張を行おうとするのだった。
私はこの夜店の委員会の認可を受けた上で、黒の中折帽子に同じく黒い長マントを引摺るように着て、凩の吹く坂道の、小便横町の小暗き角に、お定まりの古風な提灯を持って立商売を始めた。始めの二三日は、むしろ楽しきことであったが、四日五日と経て行くうちに、この商売が決して楽なものではないと分った。いやむしろよほどの体力がないとやれない仕事だと分った。しかし私は屈しなかった。
風邪を引込んだが、私は休まなかった。水洟を啜りあげながら、なおも来る夜来る夜を頑張り続けた。さりながらその甲斐は一向に現われず、焦燥は日と共に加わった。珠子とあの仇し男とは、余程巧みに万事をやっているらしい。
ところが突然、一つの機会が天から降って私の前へ落ちて来た。それは立商売を始めてから四週日の金曜日の宵だったが、坂の上の方から折鞄を小脇に抱えた紳士が、少しく酩酊の気味でふらふらした足取で、こっちへ近づくのが何故か目に停った。
「あ、瀬尾教授!」
おお、間違いなく瀬尾教授だ。このとき私の頭脳に稲妻の如く閃いた一事がある。
(ははあ、この先生のことかもしれぬ。私はうっかりこの先生と珠子との結びつきを忘れていたぞ。そうだ、珠子から私の脚を贈られたのは、この瀬尾教授かもしれない。よし、今それを改めてくれるぜ)
私の胸は踊った。後は何が何やら夢中である。もう恐さも恥かしさもない。私は狂犬のように横町から飛出していって、いきなり教授の腕を捉えた。それから教授をずるずると横町へ引張りこんだ。それから隠し持ったる小刀で、教授のズボンを下から上へ向ってびりびりと引裂いた。そして教授の長い脛をズボン下から剥き出すと、商売ものの懐中電灯をさっと照らしつけて、教授の毛脛をまざまざと検視した。
「うわっ、た、助けてくれ」
教授は教授らしくもない大悲鳴をもって、このとき助けを求めた。さあ、たいへん。忽ち人の波が私たちの方へ殺到した。これはしまったと、私は提灯も懐中電灯もそこに放り出すと、一目散に暗い小路を突切って、いよいよ暗い方へ逃げ出した。
逃げながらも、私は朗かであった。どうかと疑った瀬尾教授のズボンの下には、私が忘れることの出来ないあの売払った脚が発見されなかったのである。すると瀬尾教授は、私の血眼になって探している男ではない。
それはいいが、一向姿を見せない彼の仇し男は一体誰であろうか。どんな顔をしている男だろうか。
無間地獄
這々の体で逃げ出した私は、さすがに追跡が恐しくなって、その夜は鳴海の家を叩いて、泊めて貰った。
鳴海は、私から事情を聞いて、その乱暴をきつく戒めた。そして今夜はたとえどんなことが起ろうと僕が引受けてうまくやるから、君は安心して睡れといって呉れた。お蔭で私は、ぐっすりと安眠することができた。
朝が来た。窓が明るくなると、私は反射的に跳起きた。愕くことはなかった。鳴海が傍でぐうぐうと睡っていたし、家は彼の宅であった。追跡者も、遂に私の身柄を取押えることができなかったのである。一安心だ。
食堂へいって鳴海と共に朝食を済ませた。それから彼の部屋へ行って、電気暖房を囲んで莨をのんだ。
そのとき鳴海が、突然妙なことをいい出した。
「ねえ闇川。一体、迎春館主和歌宮鈍千木師なる者は実在の人物かね」
私は声が詰って、しばらく返事ができなかった。
「何故急にそんなことを訊くんだい」
「だって僕は、これまで和歌宮を散々尋ねて歩いたんだが、遂に彼を見ることができなかった」
「探し方が悪いんだろう」
「いや、そうとは思えない。僕の調べたところでは、多くの人々が迎春館という名を知っており、和歌宮鈍千木師の名前も聞いて知っているが、さて迎春館のはっきりした所在も知らず、また和歌宮師に会った者もないのだ。変な話じゃないか。君は、これに対してどういう釈明を以て僕を満足させてくれるかね」
「はっはっはっはっ」
私は声をたてて笑った。
「なぜ笑うのか」
「だって君はあまりに懐疑的だよ。和歌宮先生の如き貴人が、そう安っぽく人前に現われるものか。先生や迎春館に関する話がたくさん知られていることだけでも、その存在はりっぱに証明されるじゃないか。先生は、本当に人体売買の手術を希望する当人以外には会っている遑がないのだ。仕事も忙しいし、それに更に深い研究を続けておられるものだからねえ」
「じゃ、君は僕を和歌宮師のところへ連れていって会わせて呉れ」
「駄目だよ、君はそういう手術を希望していないんだから、やっぱり駄目だよ」
「とにかく僕は大きな疑惑を持っている。よろしい、そういうんなら他の方法によって、この疑惑を解いてみせる」
こんな話から、私は気拙くなって、鳴海の宅から立去った。そして私は、更に荒んだ生活の中に落込んでいった。
生活と刺激のために、私はいよいよ自分の体の部品を売飛ばさねばならなかった。頸から上だけは売るまいと思っていたが、今はそれさえ護り切れなくなり、眼球を売ったり、歯を全部売ったり、またよく聴える耳を売ったりして、遂には頭髪付の顔の皮膚までも売払ってしまった。そして私は、鏡というものを極度に恐怖する身の上とはなった。全くあさましき限りである。
顔がすっかり変ったということは、淋しきことではあるが、その代り都合のいいこともあった。それは、今まで私を知れる者が、今では私だといい当てることができなかった。鳴海さえ、町で出会っても、気がつかないで私の傍をすれちがって行ってしまう。私はたいへん気楽になった。
或るとき、私は図らずも一つの問題に突当った。それは外でもない。こうして容貌も変り、声も変り、四肢から臓器までも変り果てた現在の私は、果して本来の私といえるかどうかという問題であった。こんな苦を経てきたというのも、元々本来の私というものが可愛いいためであった。ところが、よく考えてみると、本来の私というものが、今では殆んど残っていないのである。残っているのは脳味噌だけだといっても過言ではない。あとは皆借り物だ。質の悪い他人の部品の集成体だ。そんないい加減の集成体が、果してやはり愛すべき価値があるかどうか、甚だ疑わしい。この問題は意外にも非常に深刻な問題であった。私はこの問題に触れたことを大いに後悔した。しかし手をつけてしまった以上、もうどうすることもできない。問題の解決より外に、解決の方法はないのだ。
現在の私は、本来の私と同じように、自ら愛すべき価値ありや。
ああ、恐ろしいことだ。私はとんでもない過誤を犯した。自己を愛するためにあんなにまで苦労を重ねながら、知らず識らずのうちに、それと反対に自己を破壊し尽していたのだ。こんな悲惨な出来事があるだろうか。私にとっては、それは大なる悲劇であるが、世間の人達にとっては、この上もなくおかしい喜劇だというであろう。
私はすっかり自信と希望とを喪ってしまった。私は急に病体となった。心も体も、日ましに衰弱していった。思考力が、目立って減退し始めた。記憶も薄れて行く。こんなことでは、本来の自己の最後の財産である脳髄までが腐敗を始め、やがて絶対の無と化してしまいそうだ。この新なる予感が、重苦しい恐怖となって私の全身を責めつける。
私は一日医書を繙き、「若返り法と永遠の生命」の項について研究した。その結果得た結論は次の如きものであった。
“臓器や四肢を取替えることによって見掛けの若返りは達せらるるも、脳細胞の老衰は如何ともすべからず、結局永遠の生命を獲得することは不可能である”
私は失望を禁じ得なかったが、そのうちに不図気のついたことは、この医書はかなり版が古いことである。そこで今度は近着の医学雑誌を片端から探してみた。するとそこに耳よりな新説が記載されているのを発見した。
“……大脳手術の最近における驚異的発達は従来不可能とされた諸種の問題を相当可能へ移行させた。老衰せる脳細胞は、若き溌溂たる脳細胞に植継ぎて、画期的なる若返りが遂げられる。かかる場合、知能的には低き脳細胞へ移植を行うことが手術上比較的容易である”
この一文は、私に新なる元気をもたらした。有難い。わが脳細胞の老衰は全然処置なしではなかったのだ。私は何とかして若返える途を発見せねばならぬ。それにはどうしたら一番よいであろうか。
いろいろ考えぬいた揚句、私は遂に一案を思付いた。それは甚だ突飛な解決法であった。しかし現在の私のような境涯にあっては致し方のないことだ。読者よ、呆れてはいけない。私は、私の体に残れる本来の私の最後の財産たる老衰せる大脳の皮質を摘出して、これを動物園につながれている若きゴリラの大脳へ移植することを思付いたのだ。何と素晴らしきアイデアではないか。斯くして私は、あの溌溂たるゴリラの測り知られぬ精力を、自分のものにすることが出来るのだ。
私は、和歌宮先生に歎願して、この思切った大脳手術を乞うた。幸に先生は大きな同情をもって快諾し、そして私の注文通りの手術を行ってくれた。それから幾日経ってか、私が気がついたときは、私は一頭のゴリラになり果てていた。そして従来に例なき安楽な気持と溌溂たる精力とをもって、檻の中より動物園入場者の群を眺めて暮らす身の上とはなった。桜の花片は、ひらひらひらと、わが檻の上より舞落ちるのであった。私は生れて始めての安楽な生活に法悦を覚えた。
そういう楽しい生活が無限に続いてくれることを祈っていた私だが、入園後まだ浅き或る日のこと、私の楽しい気持は突然剥奪されるに至った。それは私の檻の前に立った一人の見物人を見上げたときに起ったことである。そのとき私は思わず、があがあと叫んで牙を剥いたものである。
その男――わが檻の前に立ち、熱心にこっちを覗いているその男――その男の顔、肩、肉づき、手足、全体の姿、そのすべてがなんと曾つての本来の私そっくりであったではないか。私はその瞬間、万事を悟った。
(貴様だな、俺の両脚から始めて両腕、臓器、顔などと皆買い集めてしまったのは……。貴様は、俺のものをそっくり奪ってしまったのだ。買取るならそれもよろしいが、そのように俺のものを全部集成しなくともよいではないか。殊にこれ見よがしに、俺の檻の前に立つとは怪しからん。……だがな、貴様はまだ俺からその全部を奪っているのではないのだぞ。脳細胞のことよ。肝腎の脳細胞は、今ちゃんとこうしてこっちに有るんだ。あはは、お気の毒さまだ)
私は腹を抱えて、ごうごうと笑ってやった。すると彼の男は、私の言葉を了解したと見え、急に恐ろしい形相となって、私の檻へ歩みよった。
「あ、危い」
それを後から引留めた者がある。おお、鳴海だ。鳴海が、何故こんなインチキ野郎についているのだろうと私はちょっと不思議に思ったが、それを解いている遑はなかった。彼のインチキ男は、檻の鉄棒に掴って、それを前後に揺り動かしながら、私に向って訳のわからぬ言葉で罵った。私はむらむらと癪にさわって、いきなり立上ると檻の方へ飛んでいって、恨み重なる不愉快なその男の小さな顔を両手で抑えつけ、ぐわっと噛みついてやった。ああ、いい気持だ。
× × ×
以上は、第三十四号室の患者○○○○氏の手記である。同氏は本日余の執刀によって大脳手術を受けることになっているものであるが、氏の錯倒精神状態はこの手記によって自明である。だが、これは精神病ではなく、弾片によって脳髄に受けたる圧迫傷害に基くもので、大脳手術を施すことにより多分恢復するだろうと思われる。
なおこの手記は極めて興味あるものであって、患者の脳症を顕著に示しているが、しかし氏が斯る患者であるとの予備知識なくして一読するときは、一つの纏った物語として受取れる。しかしこの物語の中にある事件は大部分が実在したものではない。
すなわち氏の友誼篤き親友鳴海三郎氏の談によれば、次の如き興味ある事実が判明する。
一 珠子なる婦人は実在せず、全く闇川吉人の幻想に出づ。
二 迎春館も和歌宮鈍千木氏も実在せず。但し、和歌宮先生なるものは、実は闇川吉人が自ら二役的存在として仮装せるものと信ずべき節あり、すなわちヤミカワ、キチンドなる名を逆に読めばワカミヤ、ドンチキにして、こは彼の小説家らしき仕業なりと思料す。
三 闇川吉人は一脚すら売飛ばせるものにあらず。況んや最後に残りたる脳細胞を動物園のゴリラに移植したるなどのことは全然虚構に属する妄想なり。只、一日吾は彼を散歩に連れ出し、落花紛々たる下を動物園に入場し、ゴリラの檻の前に至りたる事、及び彼がゴリラの檻へ近付かんとしたるを以て、吾は愕いてそれを引留めたるは事実なり。
吾は、不幸なる闇川吉人が、幸いに瀬尾教授の手篤き手術によりて、戦前の如き健全なる彼にまで恢復することを祈念してやまざるものなり。