4話 火星探険(4)
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地下七階にあるこの倉庫に四名の少年が集まると、必ず自分たちの身上がこれからどうなるのか、またこの巨塔は何だろうかということについて論じ合うのが例であった。
その謎は深い。毎日のように論じ合っても、その謎は解けなかった。
山木が張をからかっていった。
「こうなったら、牛頭大仙人の予言をつつしんで承るより方法がないよ。おい牛頭の仙ちゃん、一つ水晶の珠で占っておくれよ」
「だめ、だめ。僕に占いなんか出来やしないよ」
牛頭大仙人で村人を黒山のように集めたときの元気はどこへやら、張少年は赤くはにかんで隅っこへうずくまる。
「だめなことはないよ。じゃあ僕が水晶の珠を持ってくるから、君は占いたまえ」
ネッドが立上って、傍にほこりだらけになっている牛乳配達車の箱の中へ入っていった。
「だめ、だめ。ほんとうは、僕は占いなんかできやしないんだ」
「ふふふふ、張君がほんとうのことを白状したぞ。占いや予言なんて、あれはでたらめにきまっているさ。僕は前から知っていた」
と、小さい技師の河合がいった。
「そうもいえないよ」と山木が反対した。
「占いは、一種のたましいの働きなんだ。だからたましいを小さいピンポンの球のように固めることができる人は占いができる人だとさ。張君は、それができるんだろう」
「そういわれると、僕にも思いあたることがあるよ、ときによると、僕のたましいはピンポンの球ぐらいに固まることがあるよ」
と、張が、真面目な顔付で膝をのりだした。
「そうだろう。そういうときに占いをすればちゃんと当るのさ。そうそう、そのことを精神統一というんだ」
「うそだ、あたるもんか」
と、河合はあくまで反対だ。
「そんなら、あたるかどうか、ここでやってみればいい、さあ水晶の珠を持ってきたよ」
ネッドは、水晶の珠を張の前へ置いた。
「一体何を占うんだい」
「これから僕たちはどうなるか、それを占ってみな」
「よし、やってみるぞ」
張は水晶の珠の前にあぐらをかき、それから両手を珠の方へぐっと伸ばし、目をつぶった。そうしたままで、張はしばらく眉の間にしわをこしらえ、むずかしい顔をしていたが、やがて目を大きく開いて水晶の珠を穴のあくほど見つめた。その大げさな表情を見ていた河合は、ぷっとふきだして笑いかけたが、山木がそれを見て河合の口を手でふたをした。
「しずかに……」
そのとき張が、へんな声を出して喋りだした。
「……ああら、たいへん。僕たち四人の胸に大きな勲章がぶら下っているよ……」
「でたらめ、いってらあ」
河合が山木の手の下から呼んだ。
「しずかにしないか、こいつ……」
山木が河合の口をぎゅうとおさえた。
と、張は、
「おやおやおや、景色が一変した。僕たち四人は、牛の背中にのって、ニューヨーク市のブロードウェイを通っているぞ」
「牛の背中にのって……」
ネッドが目をまるくした。
「……紙の花片が、大雪のようにふってくる。五色のテープが、僕たちの頭上をとぶ。すばらしい歓迎ぶりだ……」
「うそだよ、そんなこと。僕たち四人がそんなすばらしい目にあう気づかいないよ。だって、僕たちは、おこずかいを貯めて、やっと自動車旅行をしている身分じゃないか」
と河合が、山木の手を払っていえば、山木も、
「ふうん、話が少しお伽噺みたいだね」
と、今はうたがいを持ったらしく、首をひねる。
そのときだった。どこかでベルがけたたましく鳴りだした。と、人々のわめく声、つづいて乱れた足音が廊下をかけて行く。
「何だろう、あれは……」
「火事じゃないかな」
「火事じゃないだろう。映画が始まるんじゃないかな」
「よし、張君に占わせよう。さあ張君。占った。あのベルの音は、何事が起ったのか」
「さあ、困ったなあ」
「さあ早く早く」
ネッドが水晶の珠を張の方へおしつける。
「まあ、待て、もっと落着かなくては……」
「そんなことは後にして、廊下へ出て、誰かに聞いてみなくちゃ……」
と、河合は立って扉をあけようとした。そのときどすんと非常に大きい音が聞えたと思うと、部屋が今にも崩れそうに、震動した。河合は扉のハンドルをつかんだまま床の上におしつけられた。他の三人の少年たちは平蜘蛛のようにへたばった。と、次の瞬間には、部屋全体がきりきりきりと独楽のように廻り出した。室内にあった自動車同士が、はげしくぶつかり合い、ドラム缶がひっくりかえり、油がどろどろ流れだす。缶はがらんがらん転げまわる、少年たちはその下敷になるまいと逃げ廻る、いやたいへんなさわぎとなった。
が、そのさわぎも二分間ほどで終り、あとは大体しずまった。ただ、床がたえずこまかい震動をつづけているのと、張ってある紐がゆらゆらゆれているのと、それからときどきぐいっと床が持上げられるように感ずるのと、それだけがいつものこの部屋とはちがっていた。しかしさっきのあの物音と震動とは一体何事であったのか。
そのとき河合はようやく扉をひらくことに成功した。彼は廊下にとび出した。それに続いて三少年も、とび出した。
廊下には人影がなかった。また人声もしなかった。静かでありながら、何だか様子がおかしい。
「おや、こんなところに窓があいている。今まで窓なんかなかったのに……」
と、河合がいいながら、そのふしぎな窓のところまで行って、外をのぞいた。
「おやっ、たいへんだ。皆早く来い……」
河合はのどが張り裂けるほどの声で、仲間をよんだ。ふだん沈着な彼は、一体何におどろいたのだろうか。とつぜんそこにあいた窓をとおして、彼は外に何を見たのであろうか。
空飛ぶ塔
窓硝子に四人の少年が、めいめいの顔をおしつけて、顔色も蒼白に言葉もなく、ぶるぶる慄えている。八つの目は、遙かに下方に向けられている。下には美しいコロラド大峡谷の全景があった。
ふしぎだ。夢を見ているのではなかろうか。地階の窓から、コロラド大峡谷の全景が見下ろせるはずがない。
が、事実ちゃんとそれが見えているのだ。絵ではない。映画でもない。テレビジョンでもない。実景が見えているのだ。その証拠に村が見える。白い煙を吐いて走っている列車が見える。おお、四発の旅客機さえ見えるではないか、その飛行機は、窓のすぐ向うを飛んでいる――いや、今すれちがって見えなくなった。
ふしぎだ。空中を飛んでいるぞ。それにちがいない。窓から外を見ていると……。だが、いつわれわれは飛行機に乗りかえたろうか。そんなことはない、ああ、そうだ。現にわれわれは、ちゃんと廊下に立っているではないか、本館の廊下の上に……。
しかし、窓から外を見れば、どうしてもわれわれは今飛行機の中にいるとしか思われない。大峡谷の景色は、さっきから思えば、ずっと小さくなった。その代り、ずっと遠方までの広い風景が一望の中に入っている。ふしぎでならないが、さっきにくらべて、もうかなり高度が増したようだ。
「おい、どうしたんだろう」
「どうしたんだろうね」
「気が変になったんだろうか」
「僕たちが四人ともいっしょに気が変になるなんて、あるだろうか」
「変だ、変だ、どうしても変だ」
「変どころのさわぎじゃないよ。僕たちは、空中へ放りあげられたんだ」
そういい切ったのは河合少年だった。さすがに彼は、このさわぎの中から一つの考えをまとめる力を持っていた。
「空へ放りあげられたって」
山木も張もネッドも、同時にそう叫んだ。
「ほら、下をごらん。あそこに見えるのは地上だ。地上があんなに小さく遠くなっていく……」
「ほんとだ。で、僕たちはどうして空中へ放りあげられたんだろう」
山木は早口で、河合にきく。
「さあ、分らないね、それは……」
「家ごと空へ放りあげられるというのは変じゃないか。飛行機は空を飛ぶけれど、家が空を飛ぶ話をきいたことがない」
「噴火じゃないかしら」
ネッドが、ぶるぶる唇をふるわせながらいった。
「噴火。噴火して、どうしたというんだい」
「この塔の下に火山脈があってね、それが急に噴火したんだよ。だから塔が空へ放りあげられたんだ」
「そうかもしれないね。とにかくたいへんだ。そのとおりだとすれば、やがて僕たちは、えらい勢いで地上めがけて落ちていくよ。そして大地へ叩きつけられて紙のようにうすっぺらになるぜ。いやだなあ」
と、のっぽの山木がさわぎだした。
「僕もいやだよ」とネッドも叫んだ。
「人間が紙のようにうすっぺらになっちゃ、玉蜀黍や林檎や胡桃なんかのように、平面でなくて立体のものは、たべられなくなっちゃうよ」
「それどころか、僕たちは地上へ叩きつけられたとたんに、きゅーっさ。死んでしまうんだぞ」
「死ぬんか。ほんとだ。死ぬんだな。ちぇっ、張の占いなんか、さっぱりあたらないじゃないか。さっき君は僕たち四人が勲章を胸にぶらさげて牛に乗ってブロードウェイを行進するのだの、紙の花輪やテープが降ってくるんだのいったけれど、これから墜落して死んじまえば、そんないいことにあえやしないや」
「だから、僕の占いはあたらないといっておいたじゃないか」
「あーあ、困ったなあ」
さっきから河合ひとりは黙りこんで、しきりに下界の様子と、どこからともなく聞こえてくる機械的な音に耳をすませていたが、このときとつぜん大きな声をあげた。
「そうだ。それにちがいない」
他の三少年はおどろいた。
「おい河合君。どうしたのさ」
「分ったよ。僕たちは今、ロケットに乗っているのさ。ロケットに乗って空中旅行をしているんだよ」
「ロケットに乗って? でも、変だねえ。僕たちはロケットに乗りかえたおぼえはないよ。これは本館だからねえ」
「うん、これは本館さ、あの傾斜した巨塔さ。今空中を飛んでいるんだよ」
「そ、そんなばかなことが……」
「いや、それにちがいない。あの巨塔は、実はロケットだったのさ、半分は地中にかくれていたが、それが今こうして空中を飛んでいるのさ。だから地階の窓から外が見えるようになったわけだ」
河合は大胆な解釈をつけた。
「へえっ、僕たちの住んでいた建物がロケットだって。それは気がつかなかったよ」
皆はあきれ顔であった。
意外な離陸
河合の大胆な解釈は、大体において的中していた。それは、あれから一時間ほど後、四少年は廊下でビル・マートン青年にめぐりあい、意外な真相をきくことができた。そのマートン青年――いやマートン技師が、油だらけになった身体を二階廊下のベンチの上に横たえているそばを、四少年は通りかかったのである。少年たちに声をかけられ、マートンは大儀そうに上半身を起した。彼はたいへん疲れ切っていた。
「どうしたんですか、マートンさん」
と、少年たちは彼をとりまいていった。
「ああ、君たちも逃げおくれた組だな」
マートンは気の毒そうにいった。
「えっ、逃げおくれたとは……」
「おや、知らないのかね、君たちは……。この宇宙艇はね、まだ出発するはずではなかったんだ。機関室で、或るまちがいの事件が起ったため、こうしてまちがって離陸したんだ」
「へえっ、機関室でまちがったのですか」
「うん。君たちは、さっき警報ベルの鳴ったのをきかなかったかね。“総員退去せよ”と、ベルがじゃんじゃん鳴ったよ。それをきくと、多くの者は外へとび出し、そして助かったんだ」
そういえば、たしかにベルがけたたましく鳴っていた。それにつづいてさわがしい人声や駆足の音を耳にしたが、あれが総員退去せよとの警報だったんだ。今になって気がついては、もうおそい。
「……で、マートンさんと僕たちだけ、逃げおくれたんですか」
と、河合少年はたずねた。
「いや、まだ十数名残っている。僕は逃げれば逃げられたんだが、せっかくこしらえた宇宙艇から去るにしのびなかったのでね。たとえこの宇宙艇がどこの空中で、ばらばらに空中分解してしまうにしてもさ」
「宇宙艇ですって」
「空中分解! ほんとうに空中分解しますか」
少年たちの矢つぎ早の質問に対し、マートン技師は次のように語った。
この巨塔は宇宙艇であった。宇宙艇とは大宇宙を飛ぶ舟という意味である。そしてこの宇宙艇は河合がいったようにロケットで飛ぶ仕掛になっていた。但し、普通のロケットとはちがい、時速十万キロメートルぐらいは楽に出せるすばらしい原子エネルギー・エンジンによるロケットだそうである。
しかもその塔は、ロケット塔であって、現に今こうして天空を飛びつつある。たいへんな場所へもぐりこんだものだ。これから僕たちはどうなるのかと、四少年の胸の中に不安な塊が出来る。
「君たちはずっと前から僕たちが火星探険協会の者だと感づいていたんだろう」
「いいえ。そんなことないです」
「そうかね。それにしては、皆なかなか落着いているじゃないか」とマートン技師は四人の少年の顔を見わたし「ほらこの前君たちがR瓦斯を吸って人事不省になったね。あの出来事によって、君たちは感づいたろうと思ったがね」
「ああ、R瓦斯。あの実験は、やっぱり火星探険に関係があるのですか」
「そうとも、大いに関係があるんだ。あのときいろいろな動物を、原っぱにつくった檻の中に収容しておいて、R瓦斯にさらしたのだ。その結果、ほとんどすべての動物が、あの瓦斯を吸って死んでしまったよ」
「僕たち人間でも昏倒するぐらいですものねえ」
「そうだ。しかしその中で、割合平気でいたものがある。それは鰐と蜥蜴と蛙だ」
「爬蟲類と両棲類ですね」
「うん、もう一つ、牛が割合に耐えたよ。その次の実験には、マスクを牛に被せた。すると更によく耐えることが分った」
「R瓦斯というのは、どんな瓦斯ですか」
「R瓦斯は、火星の表面に澱んでいる瓦斯の一つで、これまで地球では知られなかった瓦斯だ」
「毒瓦斯なんですね」
「地球の生物にとってはかなり有毒だ。しかし火星の生物にとっては、R瓦斯は無害なんだ。いや彼等にとっては棲息するために必要な瓦斯なんだ、ちょうどわれわれが酸素を必要とするように……」
マートン技師が、そういって話をしているとき、別の部屋の扉が開いて、別の青年がとび出して来た。そしてマートンを見るなり、絶望的な声を出して叫んだ。
「遂に失敗だ。この宇宙艇は地球へ引返すことを断念しなければならなくなった」
地球へ引返すことを断念しなければならない! すると、これから一同はどうなるのか。天空を、あてもなく彷徨うのか、それとも火星か月世界かへ突進むことになるのか。それにしても宇宙旅行は、たいへんな年月を要する。乗組員の生命は、それを完成するまでもつであろうか。食糧は、燃料は?
さらば地球よ
「たいへんだ。もう地上へ引返せないんだとさ」
「困ったな。一体われわれはこの先どうなるんだ」
「どうなるって……さあ、どうなるかなあ」
天空飛ぶ巨塔にとりのこされた人たちは、窓から下界を見おろして、すっかり青くなっている。そういっているうちにも、家も森も川も、どんどん小さくなっていく。天空飛ぶ巨塔――いや巨大なる宇宙艇は、今やぐんぐん飛行速度をはやめて高度をあげつつある。
「いや、とにかく、このまんまじゃ、どんどん地球から遠去かっていくわけだから、やがてわれわれは宇宙の迷子になってしまうだろうね」
「なに、宇宙の迷子? いやだねえ、それは宇宙にもおまわりさんがいて、迷子になりましたから道を教えて下さい、うちへ送って下さいといって頼めるならいいんだけれど……」
「そうはいかないよ。宇宙の迷子になって、そのはては食糧がなくなって餓死だよ」
「餓死? いやだねえ、いよいよいやだねえ。僕は日頃からくいしん坊だから、餓死となれば第一番に死んじまうよ。何とかならないものかなあ」
「なにしろエンジンが真赤になってひとりで働いていてねえ、どうにも手がつけられないんだそうだ」
「方向舵ぐらい曲げられるだろうが」
「いや、それもだめだ。舵を曲げようとしても、さっぱりいうことをきかないそうだ」
「うわあ、それじゃ絶望じゃないか」
いくらさわいでみても、宇宙艇が地上へ引返す様子はなかった。そればかりか、原子エンジンは、ますます調子づいて、艇の尾部からものすごいいきおいで瓦斯を噴射するので宇宙艇の速度はだんだんあがって行く。時速二千キロが、三千キロになり、四千キロになり、今や時速四千五百キロの目盛を越えようとしている。
地球へ帰りたい一心で、危険とは知りつつ落下傘で艇外へ脱出した者も三人あった。四人の少年は、大人ほど取乱してはいなかった。はじめはちょっとおどろいたが、まもなく少年たちは窓の外に見られるめずらしい下界の風景にうち興じて、恐さも不安も知らないように見えた。
「愉快だね。え、あの青いのは太平洋だね。カリフォルニアの海岸線が、あんなにうつくしく見えている」
山木は、誰よりも一番元気がいい。
「僕は、一度飛行機に乗ってみたいと思っていたが、空を飛ぶっていいもんだねえ」
ネッドは、窓枠に頬杖をついて、緑色がかった絨毯のような下界を飽かず眺めている。
張は無言。河合は鉛筆を握って、手帖に何かしきりに書きこんでいる。
「やっ、星が見えるぞ、あそこに……昼間だっていうのに星が見えらあ」
山木がおどろいて、指を高く上に伸ばした。すると今まで黙っていた河合が、手帖から目をはなして、「そうだとも。このあたりは成層圏だからねえ。僕の計算によると、もう高度は十五キロぐらいになっているはずだ」
「成層圏! いつの間に成層圏へはいったんだか、気がつかなかったよ」
「これからますます空は暗くなるから星が見える。だんだん星の数がふえる」
「ほう、神秘な国」
張が感嘆の声を放った。
「ああ下界があんなにぼんやり霞んで来ちゃったよ。ああ、地球が消えて行く」
ネッドが、泣き声になった。
しかし地球は消えはしなかった。ただ地球の陸や河や海の境界がだんだんぼんやりしてきて、地形が分らなくなった。そのかわり全体がぎらぎらと眩しく銀色に光を増した。今や自分たちが大宇宙の真只中に在ることが、誰にもはっきり感ぜられた。
エンジンなおらず