情鬼

2話

2,143字 約4分 2012年12月28日 公開

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 それから一ヶ月ばかり過ぎたある日、事務所に働いて居る私の処へ、給仕が一葉の名刺を持って来た。

 小田切久子と書いてあるその名刺をS夫人に示しながら云った。

「小田切大使の令妹(いもうと)さんでございますの」

 もうこの頃では小田切大使の死も世間からそろそろ忘れられかけていたし、自分達の間でさえも、自殺か他殺かなどと問題にしなくなっていたので、この突然の訪問はちょっと妙な感じを与えたのだった。

「こちらにお通し申して下さい」

 給仕の後について久子さんは静に部屋へ入って来た。

 十数年振りで会った彼女は、昔の面影もなく、痛々しく(やつ)れて、この人も今に死んでしまうのではあるまいかと、ふとそんなことを思いながら、一通りの悔みを述べて後、来訪の用件を訊いてみた。

「あなたがこういうお職業(しごと)をしていらっしゃるという事を承わっていましたので、実は急にお力を拝借したいと思って突然御都合も承わらずに伺いまして――」

 と軽く頭を下げてから、急に声を低くして云うのだった。

「極く秘密に、世間に知れないように、調べて頂きたいことが出来まして、実はそのお願いに上ったのでございますが――」

 久子さんはちょっと言葉を()って、気兼ねするように傍のS夫人を見た。彼女はそれと気がついて、

「御心配なく、どうぞ。決して他人に漏らすようなことはございませんから」

 と云われて安心したらしく見えたが、それでもなお四辺(あたり)を憚かるような小さな声で語るのだった。

「実は妙なことなんですの、兄の遺骨が誰かに盗まれたらしいのでございます。(いい)え、盗まれたらしいと云うよりもすりかえられたのではないかと思われるんですの」

 夫人と私は思わず顔を見合せた。

「それはまた、どういうわけなんですの?」

「お(はずか)しいお話ですが、兄はあの通りの無頓着な人だったものですから、まだ墓地がなかったんでございます。昨年(あね)が外国で()くなりました時は、取敢えずお(こつ)を嫂の実家の墓地へ同居させてもらっておきましたが、この度兄と一緒に(まつ)ることにいたしましたので、小田切家の墓所を新たにつくることになりまして、かろうと()しらえます間、一時、遺骨をお預けしておいたのでございます」

「納骨堂へは先日私も御参りしましたのでよく存じて居ります」と云うと久子さんは丁寧におじぎして、感謝の意を表してからまた続けて、

「それで私共は安心して居りました処、十日ばかり前に、知らない名の女の人から書面が参りまして『お兄様のお遺骨は私が頂戴いたしました。御生前からのお約束でございますから、お預りいたして大切にお守をすることにいたしました。何卒御承知置下さるようにお願いいたします』と藪から棒にこんな事を申して来たんでございますの。私は驚いて、早速墓地管理事務所に参り、いろいろ調べてみましたが、お預けしてある骨壺には何の異状もなく同じ場所に安置されてあるのでございます。それにあれほど厳重になって居りますので、そんなことの出来るはずもないとは存じますが――、また戯談(いたずら)にそんなことをわざわざ申して来る人もあるまいと思いますので、念のため、お参りにいらして下すった方々の事を詮議してみましたが、その中にちょっと妙に思われる方が一人ございました。いつぞや暴風雨の日がございましたね。二十日ばかり前になりますが――、あの日、あの荒れの真最中に御夫婦連れの方がお見えになって「小田切の親類の者だが、今日故郷(くに)へ帰るについて暇乞(いとまごい)かたがた参詣に来た、是非納骨堂に案内して欲しい」と申したそうでございます。そこで係りの人はその夫婦者を案内しますと、旦那様の方は入口の扉のところに立っていて管理人と話していたそうですが、奥様は一人で中へ入り遺骨の前に跪いて、長い間すすり泣いていられたと申します。それがまた余り長いので、しまいには旦那様が退屈なすって、欠伸(あくび)をしながら、煙草を御自分も喫み、管理人にも一本下すったそうでまたその煙草が外国製のものらしく、(とて)も堪らない()い香がしたが、吸っているうちに何だか少し頭がぼんやりしてきて、いい気持ちに眠くなった。何という煙草だろうと後で同僚に話したそうでございます。私もそのお人に会ってお訊きしてみましたが、はっきりした記憶はないらしく、ただ旦那様という方は非常な美男子で、女のようにきゃしゃな(ほっ)そりしたお人だったということと、これから直ぐ汽車に乗るのだと云って、大きな荷物を持っていられたことだけは分りました。何分にもあの暴風雨の最中なので、荷物の置場に困り、納骨堂の入口に持って行ったそうでございます。しかし私の方ではそんな方にはどうも心当りがなく、むろんそんな親類もございませんので――」

「じゃ、その御夫婦のどっちかが、お兄様のお遺骨をすりかえたらしい、と仰有るのでございますか?」

「どうもそう思うより他には心当りがございませんものですから、でもまるで雲を掴むような話で、何人(だれ)かの悪戯かとも思うのでございますが――、でも万一ほんとにすりかえられたものとしましたら、どんな事をしても取り返さなければ兄へ対して申訳がございません。知らない他人様のお遺骨を葬って、肝心の兄のは行方不明では大変でございますものね」

 久子さんは帯の間をさぐって、見知らない婦人の手紙というのを出して見せた。

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