2話 2
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藤原家の売り立ての日は朝から小雨が降ってうすら寒い日であった。
応接室をはじめ各部屋の襖は全部取り除かれ、大玄関の式台にはモーニングを着た家扶と執事が並んで来客を迎えていた。天気の悪いにもかかわらず徒歩で来る者、自動車で馳せ参じる者、招待状を受附に差出して奥の大広間に案内されて行く人達の中には東北から来たの、関西からわざわざ上京したのという者も少なくなかった。客は廊下にまであふれて定刻には文字通り奥の大広間は立錐の余地もない有様だった。遅れて来た編集局長は人々の間を縫うようにしてやっと入った。そこは藤原家の仏事を行う部屋で、ぐるりの壁には代々の当主と令夫人との油絵の肖像画が掲げてあった。公正侯の思いつきであろう、その時代の当主の使用した物品をそれぞれの前に並べてあった。
先代侯爵と夫人の前には大きな寝観音が安置され、螺鈿蒔絵の経机の上には青磁の香炉をのせて沈香を焚き、細々と立ちのぼる煙はあたりの空気を、清浄なものに感じさせていた。その傍には高蒔絵の御厨子、蝶貝入りの書棚、梨地定紋ちらしの文机等が極めて体裁よく置きつけてあった。どれを見ても欲しいものばかり、侯爵が特に指名した人に限るとしたのは、商売人の立ち入るのを防ぐためだったろうと一同はうなずいた。
「あら、まあ、何んて大きな観音様でしょう」とびっくりしたような甲高い声がした。それは二三人の貴夫人連であった。
「お立派な観音様、これはね、先代様がシャム国へ御派遣になった時、有名なワット・サーケーという寺院の御住職様から御拝領になったものですよ、あんまり大きいので平常は菱井信託の地下二階の宝物庫にお預けになっていたのを特にこの度お取り寄せになったんです」
と同族の侯爵夫人が云った。
「このお胴の中でお昼寝位出来そうですわ」
「でも、中はがらん洞ではないでしょう。金だか、銀だか、銅だか知らないけれど、いずれむくでしょうから」
「金や銀なら今頃まで残っていませんわよ。供出させられてますから、オホホホホホ」
誰でも一度はこの寝観音に眼をとめるらしく婦人連が次の間へ去ってしまうと、どかどかと四五人の紳士連が周囲を取り巻いていた。頃あいを見て、
「皆様、どうぞ御入札をお願いいたします」
と執事が大きな声を張り上げた。
入札せよと云われても素人ばかりなので、価格がわからない、金額の書きようがないという人が多かった。それでも大騒ぎしてどうやら入札が終った。
「粗茶を差上げますから、御一同様がた、どうぞこちらへ」と来客を食堂へ案内した。
各自の前に紅茶と菓子が運ばれた時、始めて藤原公正が羽織袴で姿を見せた。彼は威儀を正して一通りの挨拶をすませると、
「招待状にもちょっと申上げておきましたように今日は当家の秘密を皆様にお話申上げたいと思います」と前置きして、
「已に御承知の事でしょうが、話の順序として一応申上げます。私共夫婦は他家から養子に参った者、当家は公高が継ぐはずでありましたが不幸にも十一才で行方不明になり、彼の生死も分らないままで十数年過ぎてしまいました。当時皆様方の間では昔風に神かくしだろうとか、人浚いの手に渡って奴隷にでもなっているだろうとか、種々の取り沙汰をされていたのですが、結局分らずじまいで今日に至りました。それがやっとわかったのです、その御報告が一つと――」公正は言葉を断って、そこに集っている人々の顔をひとわたり見廻わした。
来客は片唾を呑んで聞いていたが、公高の消息がわかったと聞いて急にざわついた。
公正は語をつぎ、
「もう一つは先代夫人、即ち公高の母君の死について申上げたい。夫人は心臓麻痺で亡くなったのではなく、実は公高の三回忌の法事を行って後、自殺されたのです」
低い溜息が、あちこちに聞えた。
「私はどうかして、自殺の原因を知りたいと思い、遺書を探しました。しかし発見されませんでした。よくよく整理して死なれたものと見え、文字を書いた一片の紙片すらなかったのです。ところが偶然、この売り立てをいたそうとしたおかげで、この二つの謎が解けたのです。藤原家所有のこれ等の品物が他人様の手に渡ってしまっては、もう再び夫人の遺書を探すよすがもないと私は考え、念のためもう一度全力をあげて探すことを思い立ち長い間かかって厳密に調べたのです。すると夫人の愛用していたこの文机の抽斗の奥に秘密の扉――、つまりかくし場所のあるのを発見したのです。その扉を開くのがまた非常な困難でありましたが、遂いに目的を達しました。そしてそこに一連の遺書が入っているのを見たのです。それによって始めて夫人の死の原因を知る事を得ました。ここにあるこれが即ち遺書でございます」
紫縮緬の袱紗に包んだ部厚な封筒を公正は高く捧げて一同に見せた。
「さて、私はこれからこの遺書を読み上げますから、お聞き下さるように願います」