3話 月も地球に落ちてくる
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ニュートンがどうして万有引力を発見したかと云うと、それにはいろいろな苦心が重ねられたので、林檎の実の落ちるのを見たぐらいで直ぐにそんなすばらしい発見が出来るものではありません。
林檎の実に限らず、どんなものでも地球上で支えるものがなければ落ちるということは誰でも知っています。これを自由落下といいますが、それに対する法則はニュートンよりも前に、イタリヤのガリレイという学者が既に発見しました。ところで皆さんは、何も支えるものが無いのに拘わらず、いつ迄経っても地面に落ちて来ないもののあるのを知っていますか。何だかそう云うと謎みたいに聞こえますが、それはつまり空に輝いている月です。月は地球の周りを廻っているのだということが、今でははっきりわかっていますけれども、それにしても月はどうして地面に落ちないのでしょうか。林檎は落ちるけれども、月は落ちない。これが多分ニュートンの最初の疑問ではなかったのでしょうか。つまり月を問題にしたところに、ニュートンの人並みすぐれた烱眼があったのです。
そこでニュートンは、はっきりとした論理を追究してゆきました。林檎が落ちるならば、月もまた落ちなくてはならない。それなら月は果してどんな速さで落ちているかを計算して見よう。これがニュートンの研究の出発点でありました。
これだけでは皆さんに月の落ちていることがまだよくわからないかも知れませんから、もう少し説明するとこういうことになるのです。野球の球を投げると、曲線を描いて遠方に落ちます。投げる力が強ければ、強い程遠くへゆくでしょう。大砲の弾丸でも同じことです。そこで仮に非常な強い力で弾丸を打ち出したならどこ迄ゆくかと考えて見ましょう。この力をますます強くしたと考えれば、落ちる場処はだんだん遠方になり、例えば日本から打ち出したものが支那迄とどき、もっと強ければ支那を超えてヨーロッパまでもゆき、ついにはそれも通り越してアメリカにも達するという理屈です。実際にそんなことは出来ないにしても、理窟の上では確かにそうなるのに違いないので、つまり月は非常な速さで投げ出されていると見れば、それは地球をぐるぐる廻るけれども、結局それでも地面に届かないということになるのです。
ともかくこのようにしてニュートンは月の運動を研究して、それを地球上で物の落ちるのと比較し、月が遠方にあるから、それに対する地球の引力は距離の遠いだけ減っているのを見出だし、その大きさが丁度距離の二乗に逆比例するということを計算で出したのでした。