8話 〔道義の力はドレッドノート以上〕
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それから第二に道義の力。道義の力は非常に偉大なるもので、ドレッドノート、十二吋の大砲、百万の軍隊より、道義の力は強いのである(拍手)。道義の力を取除けては、平和は成り立たぬ。生存競争に於て、ことに国際的の競争の上に於て、個人主義が盛んになって互いに争う上に於ては、先刻御話しの通り、人間も動物で、動物は人間を主とするのであるが、動物的の欲望から生存競争の巷に立つと、人も殺す。かつてそれを食ったこともある。人間は動物であるから、道徳生命を取除けると、直ちに食い合いをする。国際間もなおかくの如し。個人間の道義はよほど進んだが、国際間の道義はよほど幼稚である。
ここに於て、何とかして日本国民は弱い者をいじめぬで、支那というものを、真の友誼を以て文明に導かなければならぬ。支那の文明が興れば、その威力はよほど偉大なもので、日本と支那の力で、東洋の平和を保つには充分である。世界将来の平和を破るものは、東洋であるかも知れないと思うようであれば、即ち世界の上に偉大なるものである。そこで、平和の事業に最も必要なるものは、なるたけ支那を文明に導き、支那帝国そのものが完全に独立して国を守り、日本と同一に世界の平和事業に手を取って行くということになれば、ことに偉大なるものである。ここに於て、東西の文明、東西の力が平衡して来るのである。ところが、今日の如き、支那の情態では、何時平和が破れるか知れぬのである。如何に平和を欲するも、むずかしいと思うのである。畢竟、亜米利加などに多少の誤解の起るのは、皆支那からである。支那自らの力が足らぬから、日露戦争も起ったのである。全く支那には国を守るの力がないのであるから、世界の平和事業のためには、支那をして自ら国を守るに足るべき地位に達せしむるということが、今日の急務なりと信ずるのである。もしこれを為さむとすれば、吾人が半世紀間苦しんだことを忘れずに、一等国になったとはいうものの、先進国に比較すれば、文明の程度も低い、富の上にも、道徳の上にも、ことに学術の上にも、よほど幼稚であるのであるから、今後吾人は大いに努力しなくてはならぬのである。それならば、吾人の困難して来たところを以て、文明の程度の低い国に向って、充分に同情を表するということが最も必要である。これが平和事業の初歩である。
国民の意思が、そういう工合に働いて来れば、日本は侵略的国民でない。戦いを好む国ではないという事が分って、世界の誤解も自ずから解けるのである。かくの如く誤解を解く上に於ても、日本国民が一段文明の程度の低い国に向って、いわゆる人道的の働きを為すということが、最も有効なることであって、これが即ち道義の力はドレッドノート以上であるというゆえんである。それで、欧米の人と、直接に会って心を虚しうして言ってみれば、その誤解は釈然として解けるのである。また支那に向っては、亜米利加合衆国、独逸、英国、その他列国の種々なる競争が起っているのである。競争もある程度に於ては、避くべからざることである。平和の下に競争をするのは宜いが、それがために、猜疑心、嫉妬心を導いて間違った方面に行くと、次第次第に平和に遠ざかるという、怖るべき不幸を醸すのである。
そこで、平和協会の事業が、そういう方面にまで進むことが出来るや否やという事は疑問である。なるべくこの会には、日本に在るところの欧米の人士を会員にすることが、最も必要であると同時に、日本を疑っている支那人を会員にする事が更に急務なりと信ずるのである(拍手)。願わくは、印度人も宜しい。南洋諸島の馬来人も宜しい。あらゆる人種、あらゆる国の地盤の数が増すに従って、この協会は大なるものとなるのである。ことに日本と支那には、亜米利加合衆国の伝道師が沢山来ている。全世界から来ている伝道師の半ば以上は亜米利加合衆国から送られて、神の道を伝えている。神の道は平和であるから、かくの如き高尚なる事業に力を尽す御方をなるべく多数にこの会に網羅するということは、この会の事業を大いに進むる訳であって、而して伝道師そのものの目的もまたこれに依って達せらるると信ずるのであります(拍手喝采)。