11話 第二、豪州紀行 一一、ブリズベーン行
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二十九日、晴れ。風軽く波平らかなり。今朝、すでに熱帯圏内を脱して暖帯に入る。熱帯は赤道の南北二十三度半を限りとす。右方に豪山の脈々たるを望み、左方に小嶼の波間に点在するを見る。朝気やや秋冷を覚ゆ。
火輪蹴波走波間、看過濠山気象雄、探勝何須曳吟杖、南球秋色映船。
(船の外輪は海をけたてて波のまを走り、豪州の山の景色が雄壮であることをみる。景勝を探すにどうして吟詠のための杖を必要としようか、南半球の秋の色は船のこうし窓にうつっているのである。)
熱帯を踰ゆる今日こそうれしけれ、日々に涼しくならむと思へば
故郷はいつくなるかと人問はゞ、大地の下と今ぞ答へん
昨日まで日かげにばかりひそみしが、今日は日向も涼しかりけり
四月三十日(日曜)、晴れ。夜来逆風加わり、波高く船躍る。早朝より他船と並行して南走す。午時なお秋涼を感ず。午後五時、海中に灯台を望む。これ河口なり。
水の色の濁りて浪もしづまりぬ、陸路近づくしるしなるらん
これより河口をさかのぼること数里にして、ピンキンバ駅に着す。タウンズビルよりここに至るまで、六百九十マイルあり。これよりクイーンズランド州の首府たるブリズベーン市まで九マイルあり。このごろはわが十月末と同じく短日にして、六時半、天すでに暗し。しかして、気候は秋期彼岸ごろに似たり。当夜は船中に停泊す。メルボルンの蠅、ブリズベーンの蚊、ともに豪州名物なりとの評あれども、秋冷の加わりたるために、蚊軍の襲来を聞かず。
五月一日、晴れ。早朝汽車に駕して、ブリズベーン市に至る。途上田野を一望するに、概して赤土荒原にして、殺風景を極むるが、すべて牛馬の牧場なり。その間に木造トタンぶきの家屋点在す。一階にして、床の高さ六、七尺に及ぶ。聞くところによるに、この辺りは毎年河水氾濫し、屋下に浸入するためなりという。午前九時より鈴木某氏の案内にて、市街および植物園を通覧す。当日は祝日にして、諸店閉鎖し、博物館、美術館も入場するを得ず。ただ街上の行人、織るがごときを見るのみ。植物園は川に臨み、前岸の風光やや佳なり。園内またひろく、多く熱帯樹の繁茂せるを見る。その一隅に小動物園を並置す。また、日本より移植せるつつじあれども花なし、ただ秋花の艶を競うを見るのみ。当市は豪州中の人口にては第四に位する都会なり。
第一はシドニー市(ニューサウスウェールズ州首府)、人口五十九万二千百人。
第二はメルボルン市(ビクトリア州首府)、人口五十四万九千二百人。
第三はアデレード市(サウスオーストラリア州首府)、人口十八万一千二百八十五人。
第四はブリズベーン市(クイーンズランド州首府)、人口十三万七千六百七十人。
右のごとく第四に位するも、人の活気に富めるはシドニーをしのぐの勢いありという。家屋は石造、煉瓦造りなれども、五階の間に二階造りを挟み、高低不規整なり。午前十一時、汽車にて帰船す。(往復十八マイル)の汽車賃、九ペンスすなわちわが三十六銭。汽車に一等、二等ありて三等なきは、豪州の特色なり。車室は粗悪にして、その二等はわが三等よりもあしし。十二時半出港。海上多少の風波ありて、船少しく傾動す。