南半球五万哩

77話 第九、南米西部およびメキシコ紀行 七七、チリ国の観察および批評

2,346字 約5分 2011年10月25日 公開

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 十四日、晴れ。正午十二時、東洋汽船会社紀洋丸(九千七百八十七トン)入港の報を聞き、即時に小舟に駕してこれに移り、帰航の途に上る。船長は東郷正作氏なり。船中まで諸氏の送行あり。ここにバルパライソ滞在中、千田氏が止宿を引き受け、かつ諸事を斡旋せられたる労を謝す。午後五時抜錨してイキケに向かう。同港は山を襟にし海を帯にし、地形ややホンコンに似たり。人口十九万ありて、当国第二の都会とす。ただし、海湾外に開き激浪襲来のおそれあれば、良港とはいい難し。日本人のチリ国内に住するもの総計百人未満にして、サンチアゴ市に二十余人、そのうち飴屋を業とするもの最も多しという。バルパライソ市には七、八人に過ぎず。シナ人の数はこれより多きも、ブラジル国、アルゼンチン国およびチリ国にては、シナ人自ら日本人と偽称しおるもの多き由。これ日露戦役後、日本の国名が南米の天地を風靡せる結果なり。

 チリ風俗の外人の目に映ずる特色を挙ぐれば、第一は、毎朝婦人は頭部より全身に黒衣をかぶりて、寺院に往復する一事なり。この風はスペインの古俗を伝え、そのはじめは倹約の主旨より起これりという。第二は、電車の車掌の多数は女子なること。これ、先年ペルーと交戦せしとき、男子はすべて出征したりしに起因すという。また、停車場にて食品を売るもの女子なり。市街および公園に共同便所を置かざること。停車場内に時間表も汽車賃表も時計も置かざること。寺院の多きこと。サンチアゴ市の地図中に表示せるものだけにても七十四カ寺あり。街上の敷石に小なる丸石を用うること。家屋の壁身はたいてい乾泥なること。巡査が木棒を携うること。そのほか競馬に熱中すること、消防組の勢力あること、民家の不潔なること等は、前にすでに述べたるところなり。そのほかチリの特色とすべきは、市外の農民はケットの中央に長さ一尺くらいの口を開き、ここに頭を入れて肩上をおおい、雨または塵を防ぐの具となす。その名をポンチョという。また、乗馬のアブミのすこぶる大なること、毎日午時二時間は昼食休みと称してすべて閉店すること、外国へ発送する葉書の郵税最も低きこと等なり。葉書の郵税はチリの六銭にして、わが二銭五厘に相当す。なお一つチリの特色として忘るべからざる一事は、紙幣の垢に染みて黒色を帯び、その紙面には幾千万の黴菌を有するものあり。ひとたびこれを手にすれば、消毒を要するとの評なり。

 つぎに、チリと日本とを較してその異同を挙ぐれば、その国域の細長くして南北に連亘せる点は日本に似たり。しかして日本よりも長く、南緯十七度より五十六度に至る。すなわち三十九度、この里程二千八百二十マイルあり。これ、世界中において南北に延長せる最長国たり。山岳の多くして平地に乏しきこと、極熱と極寒の両端を有する等は日本に同じ。しかして、南部は一年間に十三月降雨すと呼ばるるほどに雨多く、北部は年中全く雨なく、したがって草木絶無、ただ硝石を産出せるのみ。中部は冬期三カ月間に雨あり、この間に三十六日降雨すという。春夏秋九カ月間は降雨なきは、日本と大いに異なるところなり。中部の寒暖、なかんずくバルパライソのごときは、冬時五十度以下にくだらず、夏時八十度を限りとすという。夏時の日光は日本より強く感ずるも、風いたって冷ややかにして、樹陰に入れば大いに清涼を覚ゆ。当国は三十年前、ボリビア、ペルー両国と交戦して勝利を得たる歴史を有し、チリ人は南米中最も武勇の気象に富むと称せらるる点は、やや日本に似たるところあるも、教育の普及を欠き、大学の程度低く、共和国たるにもかかわらず、上下の懸隔はなはだしく、無知文盲の愚民多く、上下を通して理想の趣味を解せず、自然の風景を楽しみ、物外の天真を味わうことを知らず。ただ目前の名利を喜び、一時の俗潮に従い、今日主義の楽天観をなす風あるは、わが日本と大いに異なるを覚ゆ。また、地震の多き点は日本に同じ。余がサンチアゴ市に滞在せし間に、二回の微震を感ぜり。毎食米と豆とを用うるも、日本に異ならず。南米一般に豆米を食する風あり。そのほか時間の精確ならざる、商品に掛け値あるがごとき、人に酒食を強うるがごとき、婦人の前に勝手に喫煙するがごとき、僕婢を呼ぶに手をうつがごとき等は、やや日本に近し。わが国にて「紺屋の明後日(あさって)」と唱えきたるがごとく、「チリのマニアナ(明日)主義」といいて、すべて明日明日と延期する風あり。

 しかして文明の程度は、アルゼンチンよりも十年間おくれおるという。また、郵便物の延着または紛失すること多きは、わが国と同じからず。要するに、世界文明の中心を欧州とするときは、その中心より最も隔たりたる地はチリ国なり。かかる国がたとい多少の欠点は免れ難きも、今日世界の文明国と相伍するを得るに至れるは、驚くべき一事なり。また、その国民をみるに、壮快楽天の風あるは大いによし。余がアルゼンチンにありて聞くところによるに、南米を東亜に比すれば、ブラジルはシナのごとく、アルゼンチンは日本のごとく、チリは朝鮮もしくはシャムのごとしといいたるは、一理なきにあらず。また、チリ人は自尊排他の風ありという。これけだし、従来その位置アンデス山陰の僻陬にありて、ほかと交通を欠けるによるならん。バルパライソを去るに際し一詩を浮かぶ。

帯水襟山対夕暉、万千気象跋波磯、市人不解風流趣、漫入酒家沽酔帰。

(港は水をめぐらせ山を襟のようにして夕映えに対す、千変万化する気象の跋波磯(バルパライソ)である。この町の人々は風流の趣を解せず、みだりに酒屋に入って酔いを得て帰るのである。)

 そのほか、チリにてはマテと名づくる木葉を熱湯に入れ、茶の代わりに飲用す。これ、ひとりチリのみならず、南米一般に行わるる異風なり。

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