南半球五万哩

79話 第九、南米西部およびメキシコ紀行 七九、ペルー首府リマおよび日本移民の実況

1,468字 約3分 2011年10月25日 公開

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 二十七日、晴れ。早暁よりペルーの連山望中に入る。みな草木なき裸体山なり。この日午時、太陽まさしく天頂にあり。しかれども風清く水冷ややかにして、氷を呼び扇を用うるものなし。

 二十八日、晴れ。午前十時、わが船ペルー港カヤオに入津す。イキケよりここに至る海路、六百五十四マイルあり。検疫に時を移し、午後四時、飯田勘之助氏に導かれて上陸。さらに電車にて八マイルを走り、リマ市に入り、ホテル・マウレーに入宿す。

 二十九日、晴れ。当日、市内の大寺院、博物館、墓所等を一覧す。この寺院は南米第一の古刹と称し、一五三六年、リマの開祖たるピサロはじめてその礎を起こし、九十年を経て竣功せりという。堂内に同氏のミイラあれば一見すべし。本堂の長さ七十間、幅二十三間あり。博物館内には、スペイン占領以前におけるインカ王国当時の遺物を陳列す。入覧すこぶる興味あり。墓所はすべて合葬庫式にして、その庫幾列あるを知らず。

 三十日、曇りのち晴れ。領事館芝崎氏とともに汽車にてクララ耕地を一巡し、製糖場を通覧し、日本移民を訪問して帰る。年中降雨なき地なれば、毎日蔗田へ灌漑をなす。山には一根の草木なく、道には灰のごとき塵土深くして靴を没するに至る。製糖場事務所において、代理人テナウド氏の好意にて午餐を喫す。ときに、ペルー名物のピスコ酒およびパルタ果を供せらる。ピスコ酒は砂糖にて製したる焼酎なり。午後五時帰市。領事館に一休の後、博物館の隣地なるホテル・マウレー支店に至り、芝崎、斎藤、金沢、飯田、森本等の諸氏と会食し、さらに領事館官宅に至り、一席の雑話をなす。会する者約三十人。領事代理田中敬一氏は、山地視察の途に上られ不在なり。リマはペルー国の首府にして、人口十三万ありと称す。よって、市街の大きさはサンチアゴ市の三分の一に当たると同時に、家作、道路すべての設備が、その割合に応じて同市より劣る。ただリマの特色としては、年中雨なく、春夏秋の三期は晴天、冬期は曇天にして、ときどき降霧あるのみ。よって家屋に屋根なく、その多くは屋上に泥土を塗りて、日光を防ぐに備う。ゆえに、もし一日大雨あらば、リマ全市たちどころに陥落すべしとの評あり。その建築は平家または二階付きの低屋にして、すべて土壁より成る。街路および公園に便所なきはサンチアゴに同じ。ゆえに、夜中は男女ともに路傍に立ち小便をなすために、往々臭気のはなはだしきを感ず。毎日電車を用いて大仕掛けの水まきをなす。これ、他にいまだ見ざるところなり。リマおよびその付近の者は、生涯全く雨と雷と雪とを知らず。ゆえに、冬時の霧を見て雨なりと称する由なるは、また奇ならずや。ペルー客中作詩歌あり。

裸体峰巒繞碧湾、港頭沙路有誰攀、秘南何処蔵風景、不見破笑微笑山。

(草木もない裸体のごとき山なみがみどり深い湾をめぐり、港のあたり砂地の路をのぼるものはだれぞ。(ペルー)南部のいずれの地にか目を楽しませる風景をかくしているのか、見つからずして思わず笑うも、笑うべき山もない。)

里馬城頭望漠然、黄塵路与禿山連、終年無雨霑林壑、貯水農夫灌蔗田。

里馬(リマ)市より一望すれば広く果てしなく、黄塵の路は禿山につづく。一年中雨の林や谷をうるおすこともなく、水を貯めて農夫は砂糖きびの畑にまいているのである。)

秘露天無雨、里麻街有塵、電車日兼夜、撤水去来頻。

秘露(ペルー)の空は雨をもたらさず、里馬(リマ)のまちは砂塵のみがある。その塵をおさえるために、電車は昼夜をわかたず水をふりまきながらしきりと往来しているのだ。)

雨露の恵みかゝらぬしるしには、草木もはえで見る色ぞなき

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