91話 第一〇、太平洋帰航日記(付世界周遊再見) 九一、南半球十二勝
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以上、すでに五万マイル余の紀行を記述しおわり、さらに余談として、前記に漏れたる韻文を掲ぐ。まず、今回世界周遊の目的は南半球の視察にあれば、その途上、余が耳目に触れたる名勝を集めて十二題を選定し、その風光を吟詠す。これ、余がいわゆる南球十二勝なり。すなわち左のごとし。
一、木曜島暁嵐(濠洲)
船踰赤道向濠南、熱帯風蒸暑不堪、驟雨夜来過木島、暁天涼気醸晴嵐。
(一、木曜島の暁嵐(豪州) 船は赤道をこえて豪州南部に向かえば、熱帯の風は蒸すがごとくして暑さに耐えられぬ思いがした。にわかに雨が夜になって木曜島をよぎり、早暁の空には涼しい気配がみちて、晴天に山の気がかもし出されたのであった。)
二、珊瑚洲秋濤(濠洲)
万里壮遊途未中、珊瑚州外夕陽風、衣寒自覚家郷遠、濠海秋濤連極空。
(二、珊瑚州の秋濤(豪州) 万里を行く旅遊の道はまだなかばにもならず、珊瑚州のあたり夕日に風が吹く。着衣は寒くおのずから家郷から遠くはなれたことをさとり、豪州の海の秋の濤ははるかな空の果てにつらなっている。)
三、志度尼汽笛(濠洲)
地挟曲湾街路斜、濠東第一占繁華、千舟来去忙海織、汽笛声埋十万家。
(三、志度尼の汽笛(豪州) 地は湾を挟んで街路が斜めに走り、豪州東部第一の繁華な都市である。千艘もの船が去来するさまは織るよりも忙しく、汽笛の音は十万の家々をおおって響く。)
四、米留盆落葉(濠洲)
耶水源頭牧野平、車窓五月聴秋声、無人落葉林間路、只見牛羊任意行。
(四、米留盆の落陽(豪州) 耶水の源のあたりに牧野が平らかに広がり、五月の車窓に秋の声をききとる。人影もなく落葉しきりの林間の道をゆけば、ただ牛羊のみが気ままに歩いているのである。)
五、奈達湾冬月(南阿)
竺海風波晩漸収、繋船一夜泊津頭、月光帯露山河白、冬満南阿十二州。
(五、奈達湾の冬月(南阿) 竺洋の風波は日暮れてようやくおさまり、船をつないで一夜を港のあたりにすごす。月光は露をふくんで山河も白々とかがやき、冬は南阿十二カ国に満ちみちている。)
六、喜望峰暮烟(南阿)
喜望一過波漸円、大西洋上海如筵、夕陽影裏山何去、只留殖民州外烟。
(六、喜望峰の暮煙(南阿) 喜望峰をひとたびよぎれば波もようやくおだやかとなり、大西洋の海はむしろを敷きつめたように静かである。夕べの光のなかで山はいずれかに消え去り、ただ植民の地にたちのぼる煙がとどまるのみである。)
七、伯剌爾珈園(南米)
伯南九月試行吟、駅路春風暑已侵、一望鹿原闊如海、緑波万頃是珈林。
(七、伯剌爾の珈園(南米) ブラジル南部の九月に吟詠の旅をこころみる。鉄道に吹く春風はすでに暑熱をふくんでいる。一望すれば鹿原(村名ガタパラ―鹿の意)の広きこと海のごとく、緑に波うつ広大な地はすべて珈林である。)
八、亜然丁牧田(南米)
晴風好日亜然丁、春満牧田天地青、行尽舞埃城外路、牛羊酔草睡烟汀。
(八、亜然丁の牧場(南米) 晴天に風の吹くほどよい日に恵まれた亜然丁、春は牧場に満ちて天も地も青々としている。舞埃市の郊外の道を行けば、牛羊が草に酔ったかのごとくけぶるような汀にねむっている。)
九、羅浪江春帆(南米)
羅浮江上暮春天、習習軽風仏暁烟、黄浪渺漫看不尽、白帆如鳥自翩翩。
(九、羅浪江の春帆(南米) 羅浮川のほとり晩春の空、そよそよと吹く風はあけがたのもやを払う。黄色な川波ははるかに広がって見きわめることもできない。白い帆は鳥の羽をひるがえすようにゆくのである。)
十、安天山夏雪(南米)
林渓深処踞清陰、夏白安天一帯岑、対此千秋不磨雪、何人不起自彊心。
(十、安天山の夏雪(南米) 林や谷の奥深いところに清らかな陰がつくられ、夏なお白く安天一帯の峰々に雪が輝く。この千年も消えることのない雪について、なんびとも自彊の心をいだかざるを得ないであろう。)
十一、摩世闌夜雨(南米)
千湾万曲繞群峰、夢裏不知狂浪衝、峡路終宵風雨暗、船窓全被冷烟封。
(十一、摩世闌の夜雨(南米) 多くの湾がそれぞれ曲線を描いて峰々をめぐり、夢のうちの知らぬままに狂浪をつき破って船は進む。マゼラン海峡の航路は夜をとおして風雨にとざされ、船窓はすべて冷たいもやにとざされていたのである。)
十二、三舎巷午雲(南米)
城外牧田春草抽、如碁点点是羊牛、摩天連岳明還滅、午下無風雲自流。
(十二、三舎巷の午雲(南米) 市外の牧草地に春の草が伸び、そのなかに碁石のごとく点々と見えるのは羊と牛である。天をさして連なるけわしい山々が見えたりかくれたりして、午後ともなれば風もなく雲はおのずから流れてゆく。)