3話 第三話 紙片
読み方を変える
紙片は、増えていった。
七日目、『船を待つ十二の方法』。挟まっていたのは薬局のレシートの裏で、こう書いてあった。
――三章の途中で眠くなったら、そこで閉じていいです。
八日目、『冬のあいだの木』。便箋の切れ端。
――この本は、二回目のほうが面白いです。急がないでください。
九日目、『測量士の娘』。包装紙。
――誰かに貸すなら、返ってこない覚悟で貸してください。
どれも、本の内容には触れていない。あらすじも、感想も、評価もない。
ただ、読む人に向かって書いてある。
私はそれを、カウンターの下でこっそり読んだ。読むたびに、耳の後ろのあたりが少し熱くなった。
誰かが自分に向けて書いた文を読んでいるような気がして、そのくせ、宛名はどこにもなかった。
十日目の朝、私は受箱の前で少し待ってみた。
七時十五分に来た。まだ暗かった。返却口の金属の蓋は冷たくて、指の跡が白く残った。
三十分立っていたが、誰も来なかった。受箱には既に一冊入っていた。
夜に入れているのだ。当たり前だった。夜間返却口なのだから。
その日の昼、司書室で先輩の佐倉さんに聞いてみた。
北町分館のこと、覚えていますか、と。
佐倉さんは湯呑みを持ったまま、少し天井を見た。
「わたしが入る前だねえ。ああ、でも、浅野さんなら知ってる」
「浅野さん」
「うん。わたしが新人のとき、まだ嘱託でいらしたの。北町の閉館のあと、こっちの書庫の整理を手伝ってた。もうずいぶんお年で、二年くらいで辞められたけど」
佐倉さんは湯呑みを置いた。
「変わった人でね。除籍の本を、全部持って帰ろうとしたのよ」
私はうまく相槌が打てなかった。
佐倉さんは笑って、続けた。
「二千冊よ。もちろん全部は無理。でも、何百冊かは車で運んでらした。市の規則では譲渡の手続きを踏めばいいんだけど、あの量を個人で引き取る人なんて、後にも先にもいなかったから」
「どうして、そんな」
「訊いたのよ、わたしも。そしたらね」
佐倉さんは、そのときの浅野さんの言い方を真似るように、少し声を低くした。
「――まだ、読まれ終わっていないので。って」