夜間返却口

4話 第四話 分館

915字 約2分 2026年9月2日 公開

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 休みの日に、北町へ行った。

 川沿いの道をしばらく歩くと、佐倉さんの言った通り、駐車場があった。白い線が引かれて、軽自動車が三台停まっている。

 その隅に、コンクリートの低い台が残っていた。膝の高さくらいの、四角い塊。近づくと、上面に金具の跡が四つあった。何かを固定していた穴だ。

 案内板が立っていたのだろうと思った。

 あるいは、返却口だったのかもしれない。

 駐車場の向かいに、古い米屋があった。硝子戸を開けると、奥から白髪の女性が出てきた。

 昔ここに図書館がありましたよね、と訊くと、女性は「ああ、あったあった」と言って、私を店先の椅子に座らせた。

 「小さいのがね。二部屋くらいの。うちの子もよく行ってた」

 「浅野さんという方をご存じですか」

 「浅野先生」

 女性は迷いなくそう呼んだ。

 「先生じゃないのよ、司書さん。でもみんな先生って呼んでた。閉まるってなったときね、ずいぶん怒ってたのよ、あの人」

 「怒って」

 「うん。市に、じゃないの。本に、でもないの」

 女性は少し考えて、言い直した。

 「怒るっていうか……悔しがってた、が近いかしらね。まだ誰にも借りられてない本が、何百冊もあるって。図書館に置いてある本は、借りられるためにあるんだって」

 私は、除籍台帳の二千三百十四という数字を思い出した。

 あの中の何百冊かは、一度も貸し出されないまま、名前を消されたことになる。

 「それで、持って帰ったんですか」

 「そうそう。軽トラで、何往復も。うちの前を通るから覚えてる。奥さんに叱られてたわよ、家が沈むって」

 女性は笑った。それから、笑いを少しずつ引っ込めた。

 「去年ね、亡くなったの。浅野先生」

 風が川のほうから来て、硝子戸を鳴らした。

 「お葬式にはずいぶん人が来たって。教え子じゃなくて、本を借りた人たちがね。うちの子も行った。あの人、貸してくれるのよ、家の本を。近所の子に。読み終わったら返しに来なさいって」

 「……返しに」

 「そう。ちゃんと、返却の紙まで作ってね。子どもは喜ぶのよ、そういうの」

 私は礼を言って、店を出た。

 駐車場のコンクリートの台のところまで戻って、しばらく立っていた。

 金具の跡に、雨水が少し溜まっていた。

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