吾人の文明運動

1話 〔維新・復古と文明的運動〕

1,399字 約3分 2018年6月26日 公開

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 文明といえば(すこぶ)る漠然たるようである。来月には御大典が行わせられるのである。即位の大典は二つの意味を持っている。一つは国の歴史、皇宗皇祖、即ち天壌無窮の神勅に依って万世一系の帝位をここに御践(おふ)みになる所の儀式である。これは古い国体――国の歴史に導かれておる。(しか)して高御座(たかみくら)に座して四海(しかい)に君臨遊ばすことは将来の国の盛事である。

 明治大帝の明治元年御即位の時は如何(いか)なる時代であったかということを諸君は記憶する必要がある。諸君は皆なんだか若い人が多い。多分その後に生れた人であろう。しかしながら歴史的に国民として脳裡(のうり)に一日も忘れることの出来ぬところの帝国の文明的運動の始まりは、明治大帝御即位に(たん)を発している。即ちその当時日本の帝室を中心として国民の思想に大なる運動が起ったのであるが、これに二つの精神が現れておった。その時の言葉に王政復古というのがある。今一つは王政維新という。矛盾したように見られるが、決してそうではない。一つは後戻りして(いにしえ)に復するという、一つは将来に向って帝国は旧国なりといえども世界的に活動して新たな運命を開こうという。旧邦といえどもその(めい)()(あら)たなり。古い国もここに大改革をして将来に新しい運命を開き、人心を新たにし、国民の思想を新たにし、国民の働きを新たにする。かく社会上からすべての人心の上に新しい空気を与えるのは、これ即ち文明的運動である。新しい思想を起さんとすれば、古い(あやま)てるものを除かなければならぬ。これ王政復古である。復古という意味は(すこぶ)る雄大なる意味を持っているのである。日本はかつて支那、印度(インド)の文明を採用して日本の文化がある程度まで非常に進んだ。ところがこれに(へい)が起った。そこで王政復古は神武(じんむ)の昔に復せしめるという大命令である。維新の国家事業が神武天皇の雄大なる帝国の(もとい)を御開きになったその時代に復するというその時に当っては、なんら他の支那、印度(インド)その他の文明も何も眼中にない。日本帝国の根本の思想が其処(そこ)に存在している。何でも世界の善を入れるという大なる希望がただあったのみである。神武の(いにしえ)に復して、(しか)して人心を新にし全く新しい政治を行い、即ち精神上にも物質上にも旧物をことごとく捨てて、新たに国政を行おうとせられた。これ即ち明治大帝の大なるゆえんで、東洋諸国から日本が全く軽蔑されず、独立して勃然(ぼつぜん)と帝国の新運命を開くに至ったゆえんである。

 大政維新……大政維新とはあらゆる旧物に束縛されることなく、神武天皇がこの国を御開きになった如く、雄大なる希望を以て世界万物のあらゆる善を取るというので、こういうのが王政復古と王政維新と結付いて今日に至った。その国是(こくぜ)を概括して、世に開国進取の国是という。開国進取の国是を行うために我が国がこの運動を為すのを、即ち文明的運動というのである。我輩一度考えが其処(そこ)に及ぶと若返って(おい)を知らぬ(拍手喝采)。運動そのものは競争である。文明の競争ということの意味は明らかに維新の大命令に在る。万国と対立するという……世界の最高の文明、強大なる国と対立しようという……対立するといえば文明を等しくするというのである。物(へい)を得ざれば鳴る。文明の程度が違うから世界の乱も起るので、文明の程度が等しければ、力が相対(あいたい)するから争いが起るものでない。日本が最近五十年間の努力は最高の文明と競争し、世界最大の民族と競争し、最大智者と競争しようというのであった。

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