43話 第二、米国ならびに大西洋紀行の部 第四三、米国の駸々として文明に進むゆえん
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人あり、問うて曰く、米国の駸々として文明に進むゆえんのもの、必ずその原因なかるべからず、なにをかその原因とするや。政教子曰く、これ教育の力なり。およそ教育には人為の教育あり、天然の教育あり、人為と天然を合したる教育あり。人為の教育とは、家にありては父母の教育、家を出でては朋友の教育、学校の教育これなり。天然の教育とは、天候地勢、山川草木等、我人の体外に囲繞せる諸象、およびこれより生ずるところの万変万化、自然に我人の精神思想、性質気風を感動薫化するこれなり。しかしてこの天然の形情を、画に文に詩に音楽に彫刻に現示して人を感動薫化するは、いわゆる天然と人為とを合したる教育なり。今、米国の人民を教育して、その国をして今日の隆盛に至らしめたるもの、多くは天然の教育による。
まずその地勢を案ずるに、東西数千里にわたる大国にして、大西・太平の両大洋を前後に接し、その内地にはロッキーのごとき世界に一、二を争う高山あり、ミシシッピーのごとき万国に比類なき大川あり、その湖には北部の大湖あり、その原には中央の平原あり、ともに一望千里、際涯を見ず。この間に生長せる人民は、朝夕目にその大を見、耳にその大を聞き、精神思想もまたおのずから大なるは自然の勢いなり。つぎに天候を案ずるに、米国中いたるところ、ただ冬夏二季の気候の厳酷なるもののみありて、春秋二季の温柔なるものあらず。ゆえに、この間に生長せる人民は、その心またおのずから勇猛の気風を帯ぶるに至るべし。かの米人の百折不撓、耐忍不抜の精神は、全くこの感化によらざるはなし。かつ、この不撓不抜の精神は、かの国山川の感化より来たるもの、またすくなしとせず。その地にそびゆるところの山嶺は、自然にして起こり自然にして高く、決して突起危立するにあらず。その地を横ぎるところの河水は、流れざるがごとくにして流れ、動かざるがごとくにして動き、決して急速なるにあらず。この泰然として動かず悠然として流るる山河の形勢は、すなわち米人今日の気風を養成し、その文明の進歩は徐々緩々として決して急速に失せざるも、またあえて逡巡として進まざるにあらず。けだし、その勢い一刻片時も休止することなく、まさに無窮に向かって進まんとす。ああ山川の教育も、その功また大なるかな。