處へ、カタ/\と冷たさうな下駄の音。……母ぢや人のを故と穿いて來たらしい、可愛い素足に三倍ほどな、大な塗下駄を打つけるやうに、トンと土間へ入つて來て、七輪の横へ立つた、十一二だけれども、九ツぐらゐな、小造りな、小さな江戸の姉さんがある。縞の羽織の筒袖を細く着た、脇あけの口へ、腕を曲げて、些と寒いと云つた體に、兩手を突込み、ふりの明いた處から、赤い前垂の紐が見える。其處へ風呂敷を肱なりに引挾んだ、色の淺黒い、目に張のある、きりゝとした顏の、鬢を引緊めて、おたばこ盆はまた珍しい。……
「五錢頂戴。」
「へーい。」
「さあ、」
と片手を出して、奴に風呂敷を突つけると、目をくるりと天井覗きで、
「子ならお手間が取れますツ。」
「あら、燒いたのだわよ、兄さん。」
とすつきり言つた。
奴、一本參つた體で、頸を竦め、口をゆがめて、《あん》をつける三人の方を、外方にして、一人で笑つて、
「へーい。」
と七輪の上を見計らひ、風呂敷を受取つて、屋臺へ立ち、大皿からぶツ/\と煙の立つ、燒きたてのを、横目で睨んで、竹の皮の扱きを入れる、と飜然と皮の撥ねる上へ、ぐいと尻ツ撥ねに布巾を掛ける。
障子の外へすつと來て、ひとり杖を支いて立つた翁がある。
白木綿の布子、襟が黄色にヤケたのに、單衣らしい、同じ白の襦袢を襲ね、石持で、やうかん色の黒木綿の羽織を幅廣に、ぶわりと被つて、胸へ頭陀袋を掛けた、鼻の隆い、赭ら顏で、目を半眼にした、眉には黒も交つたけれど、泡を塗つた體に、口許から頤へ、短い髯は皆白い。鼠のぐたりとした帽子を被つて、片手に其の杖、右の手首に、赤玉の一連の數珠を輪にかけたのに、一つの鐸を持添へて、チリリリチリリリと、大な手を振つて鳴らし、
「なうまくさんまんだばさらだ、なうまくさんまんだばさらだ、南無成田山不動明王をはじめ奉り、こんがら童子、せいたか童子、甲童子、乙童子、丙童子、いばらぎ童子、酒呑童子、其のほか數々二十四童子。」
と、丁ど私と向き合ひに、まともに顏を見る處で、目を眠るやうにして爽かに唱へた。
私が懷の三つ卷へ、手を懸けた時であつた。
「お進ぜ申せ。」
と、向うで《あん》をつけて居た、其のお婆さんが聲を懸ける。
「へーい。」と奴が、包んだ包みを、ひよいと女の兒に渡しながら、手を引込めず、背後の棚に、煮豆、煮染ものなどを裝並べた棚の下の、賣溜めの錢箱をグヮチャリと鳴らして、銅貨を一個、ひよい、と空へ投げて、一寸掌へ受けながら持つて出る。
前後して、
「はい、上げます。」
と絣の衣服の、あの弟御が、廂帽子を横ツちよに、土間に駈足で、母樣の使に來て、伸上るやうにして布施する手から、大柄な老道者は、腰を曲げて、杖を持つた掌に受けて、奴と兩方へ、……二度頂く。
私も立つた。
氣の寄る時は、妙なもので……又此處へ女一連、これは丸顏の目のぱつちりした、二重瞼の愛嬌づいた、高島田で、あらい棒縞の銘仙の羽織、藍の勝つた。――着物は、茶の勝つた、同じやうな柄なのを着て、阿母のおかはりに持つた、老人じみた信玄袋を提げた、朱鷺色の襦袢の蹴出しの、内端ながら、媚めかしい。十九にはなるまい新姐を前に、一足さがつて、櫛卷にした阿母がついて、此の店へ入りかけた。が、丁ど行者の背後を、斜に取まはすやうにして、二人とも立停まつた。