忠僕

3話

512字 約1分 2015年2月5日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 翌朝、ケロリとした顔をして、久助は主人の前へ呼び出された。

 主人は、人間の性が如何に善であるかを、諄々(じゅんじゅん)として説いてやった。皆んな一時の出来心で悪い事をするのだ、お前だってそうだろう、と云った。

 その通りです、と久助がぴょこんと頭を下げた。眼の中に一杯涙を溜めていた。

 そうだろう、そうだろう、私しゃお前を信じている。お前は私の信頼を決して裏切るような男じゃない。その証拠をお前はきっと見せてくれるだろう。――そして主人は日頃読んでいる、トルストイの「ポリクシュカ」と云う小説を思い出した。

 彼は立上って、やがて帳場の金庫から財布を持って出て来た。中から十円札を三十枚数えると、それを久助に渡して、云った。それじゃわしは、お前に今日、大切な用件を頼むよ。昼から、孟宗の荷を三島へ出すから、お前が()いて行って、いつもの丸久へ売り渡し、その代金と、それからこの三百円を一緒に、三島の銀行へ預けて来ておくれ。良いかい?

 主人は出来るだけ優しい言葉を使った。そうやって久助の良心の中に、しっかり監視をつけてやった。

 久助は涙をぽろぽろと流し(なが)ら、かしこまりましたと云った。主人は、これで良い、と思った。これでこの男も真人間になれる。

目次に戻る

目次