番茶話

3話 赤蜻蛉

3,563字 約7分 2011年9月29日 公開

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 一昨年(いつさくねん)(あき)九月(くぐわつ)――(わたし)不心得(ふこゝろえ)で、日記(につき)()ふものを(したゝ)めた(こと)がないので幾日(いくか)だか()(おぼ)えて()ないが――彼岸前(ひがんまへ)だつただけは(たしか)だから、十五日(じふごにち)から二十日頃(はつかごろ)までの(こと)である。蒸暑(むしあつ)かつたり、(すゞ)()ぎたり、不順(ふじゆん)陽氣(やうき)が、昨日(きのふ)今日(けふ)もじと/\と()りくらす霖雨(ながあめ)に、時々(とき/″\)野分(のわき)がどつと()つて、あらしのやうな(よる)など(つゞ)いたのが、(きふ)(ほがら)かに()(わた)つた(あさ)であつた。自慢(じまん)にも()らぬが叱人(しかりて)もない。……張合(はりあひ)のない(れい)寢坊(ねばう)朝飯(あさめし)()ましたあとだから、午前(ごぜん)十時半頃(じふじはんごろ)だと(おも)ふ……どん/\と色氣(いろけ)なく二階(にかい)(あが)つて、やあ、いゝお天氣(てんき)だ、難有(ありがた)い、と御禮(おれい)()ひたいほどの心持(こゝろもち)で、掃除(さうぢ)()んだ(ひや)りとした、東向(ひがしむき)縁側(えんがは)()ると、(むか)(やしき)(さくら)()(たま)(あら)つたやうに()えて、()やほんのりと薄紅(うすべに)がさして()る。(せま)(まち)()まぐろしい電線(でんせん)も、(ぎん)(いと)()いたやうで、樋竹(とひだけ)()けた蜘蛛(くも)()も、今朝(けさ)ばかりは(やさ)しく()えて、(あを)蜘蛛(くも)綺麗(きれい)らしい。(そら)朝顏(あさがほ)瑠璃色(るりいろ)であつた。欄干(らんかん)(まへ)を、赤蜻蛉(あかとんぼ)()んで()る。(わたし)(だい)すきだ。(いろ)()し、(かたち)()し……と()ふうちにも、()(ごろ)氣候(きこう)(なん)とも()へないのであらう。しかし(めづら)しい。……極暑(ごくしよ)(みぎり)()ても咽喉(のど)(かわ)きさうな鹽辛蜻蛉(しほからとんぼ)炎天(えんてん)屋根瓦(やねがはら)にこびりついたのさへ、(さは)ると(あつ)(まど)敷居(しきゐ)頬杖(ほゝづゑ)して(なが)めるほど、(には)のない(いへ)には、どの蜻蛉(とんぼ)(おとづ)れる(こと)(すくな)いのに――よく()たな、と(おも)ふうちに、()(まへ)をスツと()んで()く。()くと、(また)(ひと)()んで()る。()んで()るのが(むか)うへ()くと、すぐ()て、(また)欄干(らんかん)(まへ)()んで()る。……()ぶと()ふより、スツ/\と(かる)(やはら)かに()いて()く。

 (たちま)心着(こゝろづ)くと、(おな)(ところ)ばかりではない。縁側(えんがは)から、(まち)(はゞ)一杯(いつぱい)に、(あを)(しや)に、眞紅(しんく)(あか)薄樺(うすかば)(かすり)()かしたやうに、一面(いちめん)()んで、()びつゝ、すら/\と()して()く。……(さき)へ/\、()くのは、北西(きたにし)(いち)()(はう)で、あとから/\、()るのは、東南(ひがしみなみ)麹町(かうぢまち)大通(おほどほり)(はう)からである。(かず)()れない。(みち)濡地(ぬれつち)(かわ)くのが、(あき)陽炎(かげろふ)のやうに薄白(うすじろ)()れつゝ、ほんのり()つ。(ひく)()くのは、()(かげ)をうけて(いろ)()い。(うへ)()ぶのは、()(ひかり)(いろ)(うす)い。(した)()(むれ)は、眞綿(まわた)松葉(まつば)をちら/\と()き、(うへ)()(むれ)は、白銀(しろがね)(はり)をきら/\と(ひるがへ)す……際限(かぎり)もなく、それが(とほ)る。珊瑚(さんご)()つて、不知火(しらぬひ)澄切(すみき)つた(みづ)(ちりば)めたやうである。

 (わたし)()(かへ)して、裏窓(うらまど)障子(しやうじ)()けた。こゝで、一寸(ちよつと)(はぢ)()はねば()(きこ)えない迷信(めいしん)がある。(わたし)表二階(おもてにかい)(そら)(なが)めて、その(あし)(すぐ)裏窓(うらまど)(のぞ)くのを不斷(ふだん)から(はゞか)るのである。何故(なぜ)()ふに、それを()つた()(かぎ)つて、不思議(ふしぎ)(らい)()るからである。勿論(もちろん)(なに)不思議(ふしぎ)はない。空模樣(そらもやう)(あや)しくつて、()うも、ごろ/\と()さうだと(おも)ふと、可恐(こは)いもの()たさで、(わる)いと()つた一方(いつぱう)日光(につくわう)一方(いつぱう)甲州(かふしう)兩方(りやうはう)を、一時(いちじ)(のぞ)かずには()られないからで。――鄰村(となりむら)空臼(からうす)()るほどの(おと)がすればしたで、(あわたゞ)しく()つて、兩方(りやうはう)(そら)(うかゞ)はないでは()られない。(したが)つて()()空合(そらあひ)(とき)には雷鳴(らいめい)があるのだから、いつもはかつぐのに、()(とき)は、そんな(こと)()つて()(ひま)はなかつた。

 (まど)()けると、こゝにも()ぶ。下屋(げや)屋根瓦(やねがはら)(すこ)(うへ)を、すれ/\に、晃々(きら/\)、ちら/\と()んで()く。しかし、(おもて)からは、木戸(きど)(ひと)丁字形(ちやうじがた)入組(いりく)んだ(ほそ)露地(ろぢ)で、(いへ)(いへ)と、屋根(やね)屋根(やね)附着(くツつ)いて()(ところ)だから、珊瑚(さんご)(なが)れは、(かべ)(ひさし)にしがらんで、()かるゝと()えて、表欄干(おもてらんかん)から()たのと(くら)べては、やゝ(まばら)であつた。()(うら)は、すぐ四谷見附(よつやみつけ)()()(やぐら)見透(みとほ)すのだが、()(とほ)(ひろ)いあたりは、()(まぶし)いのと、樹木(じゆもく)薄霧(うすぎり)(かゝ)つたのに(まぎ)れて、(およ)そ、どのくらゐまで()ぶか、()すか、そのほどは(はか)られない。が、()(とゞ)くほどは、何處(どこ)までも、無數(むすう)()ぶ。

 (ところ)で、(ひさし)だの、屋根(やね)だのの(かげ)で、(ちか)(ところ)は、(おもて)よりは、(いろ)(はね)判然(はつきり)とよく(わか)る。(うへ)大屋根(おほやね)(ひさし)ぐらゐで、(した)は、()れば(ちやう)露地裏(ろぢうら)共同水道(きやうどうすゐだう)(ところ)に、よその女房(かみ)さんが(しやが)んで洗濯(せんたく)をして()たが、()つと()(あたま)ぐらゐ、と(おも)(ところ)を、スツ/\と()いて(とほ)る。

 (わたし)(した)()りた。――家内(かない)(かみ)()ひに出掛(でか)けて()る。女中(ぢよちう)(ひさ)しぶりのお天氣(てんき)湯殿口(ゆどのぐち)洗濯(せんたく)をする。……其處(そこ)で、昨日(きのふ)穿()いた(どろ)だらけの高足駄(たかあしだ)高々(たか/″\)穿()いて、()透通(すきとほ)るやうな秋日和(あきびより)には宛然(まるで)つままれたやうな(かたち)で、カラン/\と戸外(おもて)()た。が、()咄嗟(とつさ)には(まぼろし)()えたやうで一疋(ひとつ)()えぬ。(じつ)(ひとみ)(さだ)めると、其處(そこ)此處(こゝ)に、それ彼處(あすこ)に、()(かず)(おびたゞ)しさ、(した)()つたものは、赤蜻蛉(あかとんぼ)隧道(トンネル)(くゞ)るのである。往來(ゆきき)はあるが、(だれ)()がつかないらしい。(ひと)(ふた)つは(かへ)つてこぼれて()()かう。月夜(つきよ)(ほし)(かぞ)へられない。()くまでの赤蜻蛉(あかとんぼ)(おほい)なる(むれ)(おも)()つた場所(ばしよ)から(こゝろざ)(ところ)(うつ)らうとするのである。おのづから智慧(ちゑ)(ちから)(そな)はつて、()(おもて)に、隱形(おんぎやう)陰體(いんたい)魔法(まはふ)使(つか)つて、人目(ひとめ)にかくれ(しの)びつゝ、何處(いづこ)へか(とほ)つて()くかとも(おも)はれた。

 先刻(さつき)、もしも、二階(にかい)欄干(らんかん)で、(おも)ひがけず()()いた(たゞ)一匹(いつぴき)がないとすると、(わたし)()幾千萬(いくせんまん)とも(すう)()れない赤蜻蛉(あかとんぼ)のすべてを、全體(ぜんたい)を、まるで()らないで(しま)つたであらう。(あと)で、近所(きんじよ)でも、(たれ)一人(ひとり)()()ばらしい(むれ)風説(うはさ)をするもののなかつたのを(おも)ふと、渠等(かれら)は、あらゆる(ひと)()から、不可思議(ふかしぎ)角度(かくど)()れて、(たくみ)(いつ)()つたのであらうも()れぬ。

 さて足駄(あしだ)引摺(ひきず)つて、つい、四角(よつかど)()()ると、南寄(みなみより)(はう)(そら)()集團(しふだん)(ひか)へて、(ちか)づくほど(はゞ)(ひろ)げて、一面(いちめん)(むらが)りつゝ、(きた)(かた)()すのである。が、(あつ)さは(ざつ)(へい)(うへ)から二階家(にかいや)大屋根(おほやね)(そら)()て、(はゞ)(ひろ)さは()のくらゐまで(みなぎ)つて()るか、(ほとん)見當(けんたう)()かない、と()ふうちにも、幾干(いくせん)ともなく、(いそ)ぎもせず、(おく)れもせず、(さへぎ)るものを()けながら、(ひと)(ひと)つがおなじやうに、二三寸(にさんずん)づゝ、縱横(じうわう)(あひだ)をおいて、悠然(いうぜん)として(なが)れて(とほ)る。(さくら)(えだ)にも、電線(でんせん)にも、一寸(ちよつと)()まるのもなければ、(よこ)にそれようとするのもない。

 引返(ひきかへ)して、木戸口(きどぐち)から露地(ろぢ)(のぞ)くと、羽目(はめ)羽目(はめ)との(あひだ)()る。こゝには一疋(いつぴき)()んで()ない。(むか)うの水道端(すゐだうばた)に、いまの女房(かみ)さんが洗濯(せんたく)をして()る、()(うへ)青空(あをぞら)で、屋根(やね)(さへぎ)らないから、スツ/\晃々(きら/\)()()(とほ)るのである。「おかみさん。」(わたし)()んだ。「御覽(ごらん)なさい大層(たいそう)蜻蛉(とんぼ)です。」「へゝい。」と(おほ)きな返事(へんじ)をすると、濡手(ぬれて)(なが)して(およ)ぐやうに()つて(そら)()た。顏中(かほぢう)をのこらず(はな)にして、(まぶ)しさうにしかめて、「今朝(けさ)ツから()んで()ますわ。」と()つた。(べつ)(めづら)しくもなささうに(たゞ)つい(とほ)りに、其處等(そこら)()る、二三疋(にさんびき)だと(おも)ふのであらう。(とき)に、もうやがて正午(おひる)()る。

 小一時間(こいちじかん)()つて、家内(かない)髮結(かみゆひ)さんから(かへ)つて()た。意氣込(いきご)んで(はなし)をすると――道理(だうり)こそ……三光社(さんくわうしや)境内(けいだい)大變(たいへん)赤蜻蛉(あかとんぼ)で、(あめ)水溜(みづたまり)のある(ところ)へ、()びながらすい/\と()りるのが一杯(いつぱい)で、(うへ)乘越(のりこ)しさうで()らなかつた。それを子供(こども)たちが目笊(めざる)()せるのが、「摘草(つみくさ)をしたくらゐ(ざる)澤山(たくさん)。」と()ふのである。三光社(さんくわうしや)境内(けいだい)は、()(へん)一寸(ちよつと)子供(こども)公園(こうゑん)()つて()る。(わたし)(うち)からさしわたし二町(にちやう)ばかりはある。()樣子(やうす)では、其處(そこ)まで一面(いちめん)赤蜻蛉(あかとんぼ)だ。何處(どこ)(こゝろざ)して()くのであらう。(あま)りの(こと)に、また一度(いちど)(そと)()た。一時(いちじ)()ぎた。爾時(そのとき)()(ひと)つも()えなかつた。そして摘草(つみくさ)ほど子供(こども)にとられたと()ふのを、(なん)だか(だん)(うら)のつまり/\で、平家(へいけ)公達(きんだち)組伏(くみふ)せられ刺殺(さしころ)されるのを()くやうで可哀(あはれ)であつた。

 とに(かく)()赤蜻蛉(あかとんぼ)光景(くわうけい)は、(なに)にたとへやうもなかつた。が、(おな)(とし)十一月(じふいちぐわつ)のはじめ、鹽原(しほばら)()つて、畑下戸(はたおり)溪流瀧(けいりうたき)(した)(ふち)かけて、(ながれ)(ひろ)溪河(たにがは)を、()るが(ごと)()くが(ごと)く、もみぢの、()きず、()えず、(なが)るゝのを()(とき)と、――(しほ)()の、斷崖(だんがい)(うへ)欄干(らんかん)(もた)れて(いこ)つた(をり)から、夕颪(ゆふおろし)(さつ)として、千仭(せんじん)谷底(たにそこ)から、(たき)空状(そらざま)に、もみぢ()吹上(ふきあ)げたのが周圍(しうゐ)(はやし)()()(さそ)つて、滿山(まんざん)(くれなゐ)の、()大紅玉(だいこうぎよく)夕陽(ゆふひ)(えい)じて、かげとひなたに()(うす)く、()りかゝつたのを()(とき)に、前日(さきのひ)赤蜻蛉(あかとんぼ)(むれ)風情(ふぜい)(おも)つたのである。

 肝心(かんじん)(こと)()ひおくれた。――()()赤蜻蛉(あかとんぼ)は、(のこ)らず、(ひと)つも(のこ)らず、(みな)(ひと)つづゝ、(ひと)つがひ、松葉(まつば)につないで、天人(てんにん)()八挺(はつちやう)(ぎん)(かい)(いかだ)のやうにして飛行(ひかう)した。

 (なん)と……(おな)(こと)昨年(さくねん)()た。……篤志(とくし)御方(おかた)は、一寸(ちよつと)日記(につき)御覽(ごらん)(ねが)ふ。(あき)(なかば)かけて矢張(やつぱ)鬱々(うつ/\)陰々(いん/\)として霖雨(ながあめ)があつた。三日(みつか)とは(ちが)ふまい。――九月(くぐわつ)二十日(はつか)前後(ぜんご)に、からりと(さわや)かにほの(あたゝ)かに晴上(はれあが)つた(あさ)(おな)方角(はうがく)から(おな)方角(はうがく)へ、紅舷(こうげん)銀翼(ぎんよく)(ちひ)さな(ふね)(あやつ)りつゝ、碧瑠璃(へきるり)(そら)をきら/\きら/\と幾千萬艘(いくせんまんそう)。――家内(かない)()(とき)四谷(よつや)(かみ)()ひに()つて()た。女中(ぢよちう)洗濯(せんたく)をして()た。おなじ(こと)である。()()(かへ)つて()て、見附(みつけ)公設市場(こうせつしぢやう)(うへ)かけて、お(ほり)(うへ)()國坂(くにざか)一面(いちめん)赤蜻蛉(あかとんぼ)だと()つた。(をし)(かな)。すぐにもあとを(たづ)ねないで……晩方(ばんがた)散歩(さんぽ)()()(とき)は、見附(みつけ)にも、お(ほり)にも、たゞ(きり)()(みづ)(うへ)に、それかとも(おも)(かげ)が、(たゞ)(ふた)つ、()つ。()()()()の、しばらくたゝずまふに()たのみであつた。

大正十一年五月

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