一昨年の秋九月――私は不心得で、日記と言ふものを認めた事がないので幾日だか日は覺えて居ないが――彼岸前だつただけは確だから、十五日から二十日頃までの事である。蒸暑かつたり、涼し過ぎたり、不順な陽氣が、昨日も今日もじと/\と降りくらす霖雨に、時々野分がどつと添つて、あらしのやうな夜など續いたのが、急に朗かに晴れ渡つた朝であつた。自慢にも成らぬが叱人もない。……張合のない例の寢坊が朝飯を濟ましたあとだから、午前十時半頃だと思ふ……どん/\と色氣なく二階へ上つて、やあ、いゝお天氣だ、難有い、と御禮を言ひたいほどの心持で、掃除の濟んだ冷りとした、東向の縁側へ出ると、向う邸の櫻の葉が玉を洗つたやうに見えて、早やほんのりと薄紅がさして居る。狹い町に目まぐろしい電線も、銀の絲を曳いたやうで、樋竹に掛けた蜘蛛の巣も、今朝ばかりは優しく見えて、青い蜘蛛も綺麗らしい。空は朝顏の瑠璃色であつた。欄干の前を、赤蜻蛉が飛んで居る。私は大すきだ。色も可し、形も可し……と云ふうちにも、此の頃の氣候が何とも言へないのであらう。しかし珍しい。……極暑の砌、見ても咽喉の乾きさうな鹽辛蜻蛉が炎天の屋根瓦にこびりついたのさへ、觸ると熱い窓の敷居に頬杖して視めるほど、庭のない家には、どの蜻蛉も訪れる事が少いのに――よく來たな、と思ふうちに、目の前をスツと飛んで行く。行くと、又一つ飛んで居る。飛んで居るのが向うへ行くと、すぐ來て、又欄干の前を飛んで居る。……飛ぶと云ふより、スツ/\と輕く柔かに浮いて行く。
忽ち心着くと、同じ處ばかりではない。縁側から、町の幅一杯に、青い紗に、眞紅、赤、薄樺の絣を透かしたやうに、一面に飛んで、飛びつゝ、すら/\と伸して行く。……前へ/\、行くのは、北西の市ヶ谷の方で、あとから/\、來るのは、東南の麹町の大通の方からである。數が知れない。道は濡地の乾くのが、秋の陽炎のやうに薄白く搖れつゝ、ほんのり立つ。低く行くのは、其の影をうけて色が濃い。上に飛ぶのは、陽の光に色が淡い。下行く群は、眞綿の松葉をちら/\と引き、上を行く群は、白銀の針をきら/\と飜す……際限もなく、それが通る。珊瑚が散つて、不知火を澄切つた水に鏤めたやうである。
私は身を飜して、裏窓の障子を開けた。こゝで、一寸恥を言はねば理の聞えない迷信がある。私は表二階の空を眺めて、その足で直に裏窓を覗くのを不斷から憚るのである。何故と言ふに、それを行つた日に限つて、不思議に雷が鳴るからである。勿論、何も不思議はない。空模樣が怪しくつて、何うも、ごろ/\と來さうだと思ふと、可恐いもの見たさで、惡いと知つた一方は日光、一方は甲州、兩方を、一時に覗かずには居られないからで。――鄰村で空臼を磨るほどの音がすればしたで、慌しく起つて、兩方の空を窺はないでは居られない。從つて然う云ふ空合の時には雷鳴があるのだから、いつもはかつぐのに、其の時は、そんな事を言つて居る隙はなかつた。
窓を開けると、こゝにも飛ぶ。下屋の屋根瓦の少し上を、すれ/\に、晃々、ちら/\と飛んで行く。しかし、表からは、木戸を一つ丁字形に入組んだ細い露地で、家と家と、屋根と屋根と附着いて居る處だから、珊瑚の流れは、壁、廂にしがらんで、堰かるゝと見えて、表欄干から見たのと較べては、やゝ疎であつた。此の裏は、すぐ四谷見附の火の見櫓を見透すのだが、其の遠く廣いあたりは、日が眩いのと、樹木に薄霧が掛つたのに紛れて、凡そ、どのくらゐまで飛ぶか、伸すか、そのほどは計られない。が、目の屆くほどは、何處までも、無數に飛ぶ。
處で、廂だの、屋根だのの蔭で、近い處は、表よりは、色も羽も判然とよく分る。上は大屋根の廂ぐらゐで、下は、然れば丁ど露地裏の共同水道の處に、よその女房さんが踞んで洗濯をして居たが、立つと其の頭ぐらゐ、と思ふ處を、スツ/\と浮いて通る。
私は下へ下りた。――家内は髮を結ひに出掛けて居る。女中は久しぶりのお天氣で湯殿口に洗濯をする。……其處で、昨日穿いた泥だらけの高足駄を高々と穿いて、此の透通るやうな秋日和には宛然つままれたやうな形で、カラン/\と戸外へ出た。が、出た咄嗟には幻が消えたやうで一疋も見えぬ。熟と瞳を定めると、其處に此處に、それ彼處に、其の數の夥しさ、下に立つたものは、赤蜻蛉の隧道を潛るのである。往來はあるが、誰も氣がつかないらしい。一つ二つは却つてこぼれて目に着かう。月夜の星は數へられない。恁くまでの赤蜻蛉の大なる群が思ひ立つた場所から志す處へ移らうとするのである。おのづから智慧も力も備はつて、陽の面に、隱形陰體の魔法を使つて、人目にかくれ忍びつゝ、何處へか通つて行くかとも想はれた。
先刻、もしも、二階の欄干で、思ひがけず目に着いた唯一匹がないとすると、私は此の幾千萬とも數の知れない赤蜻蛉のすべてを、全體を、まるで知らないで了つたであらう。後で、近所でも、誰一人此の素ばらしい群の風説をするもののなかつたのを思ふと、渠等は、あらゆる人の目から、不可思議な角度に外れて、巧に逸し去つたのであらうも知れぬ。
さて足駄を引摺つて、つい、四角へ出て見ると、南寄の方の空に濃い集團が控へて、近づくほど幅を擴げて、一面に群りつゝ、北の方へ伸すのである。が、厚さは雜と塀の上から二階家の大屋根の空と見て、幅の廣さは何のくらゐまで漲つて居るか、殆ど見當が附かない、と言ふうちにも、幾干ともなく、急ぎもせず、後れもせず、遮るものを避けながら、一つ一つがおなじやうに、二三寸づゝ、縱横に間をおいて、悠然として流れて通る。櫻の枝にも、電線にも、一寸留まるのもなければ、横にそれようとするのもない。
引返して、木戸口から露地を覗くと、羽目と羽目との間に成る。こゝには一疋も飛んで居ない。向うの水道端に、いまの女房さんが洗濯をして居る、其の上は青空で、屋根が遮らないから、スツ/\晃々と矢ツ張り通るのである。「おかみさん。」私は呼んだ。「御覽なさい大層な蜻蛉です。」「へゝい。」と大きな返事をすると、濡手を流して泳ぐやうに反つて空を視た。顏中をのこらず鼻にして、眩しさうにしかめて、「今朝ツから飛んで居ますわ。」と言つた。別に珍しくもなささうに唯つい通りに、其處等に居る、二三疋だと思ふのであらう。時に、もうやがて正午に成る。
小一時間經つて、家内が髮結さんから歸つて來た。意氣込んで話をすると――道理こそ……三光社の境内は大變な赤蜻蛉で、雨の水溜のある處へ、飛びながらすい/\と下りるのが一杯で、上を乘越しさうで成らなかつた。それを子供たちが目笊で伏せるのが、「摘草をしたくらゐ笊に澤山。」と言ふのである。三光社の境内は、此の邊で一寸子供の公園に成つて居る。私の家からさしわたし二町ばかりはある。此の樣子では、其處まで一面の赤蜻蛉だ。何處を志して行くのであらう。餘りの事に、また一度外へ出た。一時を過ぎた。爾時は最う一つも見えなかつた。そして摘草ほど子供にとられたと言ふのを、何だか壇の浦のつまり/\で、平家の公達が組伏せられ刺殺されるのを聞くやうで可哀であつた。
とに角、此の赤蜻蛉の光景は、何にたとへやうもなかつた。が、同じ年十一月のはじめ、鹽原へ行つて、畑下戸の溪流瀧の下の淵かけて、流の廣い溪河を、織るが如く敷くが如く、もみぢの、盡きず、絶えず、流るゝのを見た時と、――鹽の湯の、斷崖の上の欄干に凭れて憩つた折から、夕颪颯として、千仭の谷底から、瀧を空状に、もみぢ葉を吹上げたのが周圍の林の木の葉を誘つて、滿山の紅の、且つ大紅玉の夕陽に映じて、かげとひなたに濃く薄く、降りかゝつたのを見た時に、前日の赤蜻蛉の群の風情を思つたのである。
肝心の事を言ひおくれた。――其の日の赤蜻蛉は、殘らず、一つも殘らず、皆一つづゝ、一つがひ、松葉につないで、天人の乘る八挺の銀の櫂の筏のやうにして飛行した。
何と……同じ事を昨年も見た。……篤志の御方は、一寸お日記を御覽を願ふ。秋の半かけて矢張り鬱々陰々として霖雨があつた。三日とは違ふまい。――九月の二十日前後に、からりと爽かにほの暖かに晴上つた朝、同じ方角から同じ方角へ、紅舷銀翼の小さな船を操りつゝ、碧瑠璃の空をきら/\きら/\と幾千萬艘。――家内が此の時も四谷へ髮を結ひに行つて居た。女中が洗濯をして居た。おなじ事である。其の日は歸つて來て、見附の公設市場の上かけて、お濠の上は紀の國坂へ一面の赤蜻蛉だと言つた。惜い哉。すぐにもあとを訪ねないで……晩方散歩に出て見た時は、見附にも、お濠にも、たゞ霧の立つ水の上に、それかとも思ふ影が、唯二つ、三つ。散り來る木の葉の、しばらくたゝずまふに似たのみであつた。
大正十一年五月