2話 春着(2)
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棧の亭で、遙にポン/\とお掌が鳴る。へーい、と母家から女中が行くと、……誰も居ない。池の梅の小座敷で、トーンと灰吹を敲く音がする、娘が行くと、……影も見えない。――その料理屋を、狸がだましたのださうである。眉唾。眉唾。
尤もいま神樂坂上の割烹(魚徳)の先代が(威張り)と呼ばれて、「おう、うめえ魚を食はねえか」と、醉ぱらつて居るから盤臺は何處かへ忘れて、天秤棒ばかりを振りまはして歩行いた頃で。……
矢來邊の夜は、たゞ遠くまで、榎町の牛乳屋の納屋に、トーン/\と牛の跫音のするのが響いて、今にも――いわしこう――酒井家の裏門あたりで――眞夜中には――鰯こう――と三聲呼んで、形も影も見えないと云ふ。……怪しい聲が聞えさうな寂しさであつた。
春の夜の鐘うなりけり九人力
それは、その李の花、花の李の頃、二階の一室、四疊半だから、狹い縁にも、段子の上の段にまで居餘つて、わたしたち八人、先生と合はせて九人、一夕、俳句の會のあつた時、興に乘じて、先生が、すゝ色の古壁にぶつつけがきをされたものである。句の傍に、おの/\の名がしるしてあつた。……神樂坂うらへ、私が引越す時、そのまゝ殘すのは惜かつたが、壁だから何うにも成らない。――いゝ鹽梅に、一人知り合があとへ入つた。――埃は掛けないと言つて、大切にして居た。
――五月雨の陰氣な一夜、坂の上から飛蒐るやうなけたゝましい跫音がして、格子をがらりと突開けたと思ふと、神樂坂下の其の新宅の二階へ、いきなり飛上つて、一驚を吃した私の机の前でハタと顏を合はせたのは、知合のその男で……眞青に成つて居る。「大變です。」「……」「化ものが出ます。」「……」「先生の壁のわきの、あの小窓の處へ机を置いて、勉強をして居りますと……恁う、じり/\と燈が暗く成りますから、ふいと見ますと、障子の硝子一杯ほどの猫の顏が、」と、身ぶるひして、「顏ばかりの猫が、李の葉の眞暗な中から――其の大きさと言つたらありません。そ、それが五分と間がない、目も鼻も口も一所に、僕の顏とぴつたりと附着きました、――あなたのお住居の時分から怪猫が居たんでせうか……一體猫が大嫌ひで、いえ可恐いので。」それならば爲方がない。が、怪猫は大袈裟だ。五月闇に、猫が屋根をつたはらないとは誰が言ひ得よう。……窓の燈を覗かないとは限らない。しかし、可恐い猫の顏と、不意に顱合せをしたのでは、驚くも無理はない。……「それで、矢來から此處まで。」「えゝ。」と息を引いて、「夢中でした……何しろ、正體を、あなたに伺はうと思つたものですから。」今は昔、山城介三善春家は、前の世の蝦蟆にてや有けむ、蛇なん極く恐ける。――夏の比、染殿の辰巳の山の木隱れに、君達、二三人ばかり涼んだ中に、春家も交つたが、此の人の居たりける傍よりしも、三尺許りなる烏蛇の這出たりければ、春家はまだ氣がつかなかつた。處を、君達、それ見よ春家。と、袖を去る事一尺ばかり。春家顏の色は朽し藍のやうに成つて、一聲あつと叫びもあへず、立たんとするほどに二度倒れた。すはだしで、その染殿の東の門より走り出で、北ざまに走つて、一條より西へ、西の洞院、それから南へ、洞院下に走つた。家は土御門西の洞院にありければで、駈け込むと齊しく倒れた、と言ふのが、今昔物語りに見える。遠きその昔は知らず、いまの男は、牛込南榎町を東状に走つて、矢來中の丸より、通寺町、肴町、毘沙門前を走つて、南に神樂坂上を走りおりて、その下にありける露地の家へ飛込んで……打倒れけるかはりに、二階へ駈上つたものである。餘り眞面目だから笑ひもならない。「まあ、落着きたまへ。――景氣づけに一杯。」「いゝえ、歸ります。――成程、猫は屋根づたひをして、窓を覗かないものとは限りません。――分りました。――いえ然うしては居られません。僕がキヤツと言つて、いきなり飛出したもんですから、彼が。」と言ふのが情婦で、「一所にキヤツと言つて、跣足で露地の暗がりを飛出しました。それつ切音信が分りませんから。」慌てて歸つた。――此の知合を誰とかする。やがて報知新聞の記者、いまは代議士である、田中萬逸君その人である。反對黨は、ひやかしてやるがいゝ。が、その夜、もう一度怯かされた。眞夜中である。その頃階下に居た學生さんが、みし/\と二階へ來ると、寢床だつた私の枕もとで大息をついて、「變です。……どうも變なんです――縁側の手拭掛が、ふはりと手拭を掛けたまゝで歩行んです。……トン/\トン、たゝらを踏むやうに動きましたつけ。おやと思ふと斜かひに、兩方へ開いて、ギクリ、シヤクリ、ギクリ、シヤクリとしながら、後退りをするやうにして、あ、あ、と思ふうちに、スーと、あの縁の突あたりの、戸袋の隅へ消えるんです。變だと思ふと、また目の前へ手拭掛がふはりと出て……出ると、トントントンと踏んで、ギクリ、シヤクリ、とやつて、スー、何うにも氣味の惡さつたらないのです。――一度見てみて下さい。……矢來の猫が、田中君について來たんぢやあないんでせうか知ら。」五月雨はじと/\と降る、外は暗夜だ。私も一寸悚然とした。
はゝあ、此の怪談を遣りたさに、前刻狸を持出したな。――いや、敢て然うではない。
何う言ふものか、此のごろ私のおともだちは、おばけと言ふと眉を顰める。
口惜いから、紅葉先生の怪談を一つ聞かせよう。先生も怪談は嫌ひであつた。「泉が、又はじめたぜ。」その唯一つの怪談は、先生が十四五の時、うらゝかな春の日中に、一人で留守をして、茶の室にゐらるゝと、臺所のお竈が見える。……竈の角に、らくがきの蟹のやうな、小さなかけめがあつた。それが左の角にあつた。が、陽炎に乘るやうに、すつと右の角へ動いてかはつた。「唯それだけだよ。しかし今でも不思議だよ。」との事である。――猫が窓を覗いたり、手拭掛が踊つたり、竈の蟹が這つたり、ひよいと賽を振つて出たやうである。春だからお子供衆――に一寸……化もの雙六。……
なき柳川春葉は、よく罪のない嘘を言つて、うれしがつて、けろりとして居た。――「按摩あ……鍼ツ」と忽ち噛みつきさうに、霜夜の横寺の通りで喚く。「あ、あれはね(吼え按摩)と云つてね、矢來ぢや(鰯こ)とおんなじに不思議の中へ入るんだよ」「ふう」などと玄關で燒芋だつたものである。花袋、玉茗兩君の名が、そちこち雜誌類に見えた頃、よそから歸つて來るとだしぬけに「きみ、聞いて來たよ。――花袋と言ふのは上州の或大寺の和尚なんだ、花袋和尚。僧正ともあるべきが、女のために詩人に成つたんだとね。玉茗と言ふのは日本橋室町の葉茶屋の若旦那だとさ。」この人のいふのだからあてには成らないが、いま座敷うけの新講談で評判の鳥逕子のお父さんは、千石取の旗下で、攝津守、有鎭とかいて有鎭とよむ。村山攝津守有鎭――邸は矢來の郵便局の近所にあつて、鳥逕とは私たち懇意だつた。渾名を鳶の鳥逕と言つたが、厚眉隆鼻ハイカラのクリスチヤンで、そのころ拂方町の教會を背負つて立つた色男で……お父さんの立派な藏書があつて、私たちはよく借りた。――そのお父さんを知つて居るが、攝津守だか、有鎭だか、こゝが柳川の説だから當には成らない。その攝津守が、私の知つてる頃は、五十七八の年配、人品なものであつた。つい、その頃、門へ出て――秋の夕暮である……何心もなく町通りを視めて立つと、箒目の立つた町に、ふと前後に人足が途絶えた。その時、矢來の方から武士が二人來て、二人で話しながら、通寺町の方へ、すつと通つた……四十ぐらゐのと二十ぐらゐの若侍とで。――唯見るうちに、郵便局の坂を下りに見えなくなつた。あゝ不思議な事がと思ひ出すと、三十幾年の、維新前後に、おなじ時、おなじ節、おなじ門で、おなじ景色に、おなじ二人の侍を見た事がある、と思ふと、悚然としたと言ふのである。
此は少しくもの凄い。……
初春の事だ。おばけでもあるまい。
春着につけても、一つ艷つぽい處をお目に掛けよう。
時に、川鐵の向うあたりに、(水何)とか言つた天麩羅屋があつた。くどいやうだが、一人前、なみで五錢。……横寺町で、お孃さんの初のお節句の時、私たちは此を御馳走に成つた。その時分、先生は御質素なものであつた。二十幾年、尤も私なぞは、今もつて質素である。此の段は、勤儉と題して、(大久保)の印を捺しても可い。
その天麩羅屋の、しかも蛤鍋三錢と云ふのを狙つて、小栗、柳川、徳田、私……宙外君が加はつて、大擧して押上つた、春寒の午後である。お銚子は入が惡くつて、しかも高値いと言ふので、式だけ誂へたほかには、町の酒屋から、かけにして番を口説いた一升入の貧乏徳利を誰かが外套(註。おなじく月賦……這個まつくろなのを一着して、のそ/\と歩行く奴を、先生が嘲つて――月府玄蝉。)の下へ忍ばした勢だから、氣焔と、殺風景推して知るべしだ。……酒氣が天井を衝くのではない、陰に籠つて疊の燒けこげを轉げ《まは》る。あつ燗で火の如く惡醉闌なる最中。お連樣つ――と下階から素頓興な聲が掛ると、「皆居るかい。」と言ふ紅葉先生の聲がした。まさか、壺皿はなかつたが、驚破事だと、貧乏徳利を羽織の下へ隱すのがある、誂子を股へ引挾んで膝小僧をおさへるのがある、鍋へ盃洗の水を打込むのがある。私が手をついて畏まると、先生にはお客分で仔細ないのに、宙外さんも煙に卷かれて、肩を四角に坐り直つて、酒のいきを、はあはあと、專らピンと撥ねた髯を揉んだ。
――處へ……せり上つておいでなすつた先生は、舞臺にしても見せたかつた。すつきり男ぶりのいゝ處へ、よそゆきから歸宅のまゝの、りうとした着つけである。勿論留守を狙つて泳ぎ出したのであつたが――揃つて紫星堂(塾)を出たと聞いて、その時々の弟子の懷中は見透しによく分る。明進軒か島金、飛上つて常磐(はこが入る)と云ふ處を、奴等の近頃の景氣では――蛉鍋と……當りがついた。「いや、盛だな。」と、缺け火鉢を、鐵火にお召の股へ挾んで、手をかざしながら莞爾して、「後藤君、お樂に――皆も飮みなよ、俺も割で一杯やらう。」殿樣が中間部屋の趣がある。恐れながら、此時、先生の風采想ふべしで、「懷中はいゝぜ。」と手を敲かるゝ。手に應じて、へいと、どしん/\と上つた女中が、次手に薄暗いからランプをつけた、釣ランプ(……あゝ久しいが今だつてランプなしには居られますか。)それが丁ど先生の肩の上の見當に掛つて居た。面疱だらけの女中さんが燐寸を摺つて點けて、插ぼやをさすと、フツと消したばかり、まだ火のついたまゝの燃さしを、ポンと斜つかひに投げた――(まつたく、お互が、所帶を持つて、女中の此には惱まされた、火の用心が惡いから、それだけはよしなよ。はい、と言ふ口の下から、つけさしのマツチをポンがお定まり……)唯、先生の膝にプスツと落ちた。「女中や、お手柔かに頼むぜ。」と先生の言葉の下に、ゑみわれたやうな顏をして、「惚れた證據だわよ。」やや、と皆が顏を見る。……「惚れたに遠慮があるものかツてねえ、……てね、……ねえ。」と甘つたれる。――あ、あ、あ危ない、棚の破鍋が落ちかゝる如く、剩へべた/\と崩れて、薄汚れた紀州ネルを膝から溢出させたまゝ、……あゝ……あゝ行つた!……男振は音羽屋(特註、五代目)の意氣に、團十郎の澁味が加つたと、下町の女だちが評判した、御病氣で面痩せては、あだにさへも見えなすつた先生の肩へ、……あゝ噛りついた。
よゝつツと、宙外君が堪まらず奇聲と云ふのを上げるに連れて、一同が、……おめでたうと稱へた。
それよりして以來――癇癪でなく、憤りでなく、先生がいゝ機嫌で、しかも警句雲の如く、弟子をならべて罵倒して、勢當るべからざる時と言ふと、つゝき合つて、目くばせして、一人が少しく座を罷り出る。「先生……(水)……」「何。」「蛤鍋へおともは如何で。」「馬鹿を言へ。」「いゝえ、大分、女中さんがこがれて居りますさうでございまして。」傍から、「えゝ煩つて居るほどだと申します事ですから。」……かねて、おれを思ふ女ならば、目つかちでも鼻つかけでもと言ふ、御主義?であつた。――
紅葉先生、その時の態度は……
采菊東籬下、
悠然見南山。
大正十三年一月