50話 十一月二十五日
読み方を変える
いい反省になった。斜陽の検印(二万)を持って修治さんと御一緒に東京へ出掛ける。車中、吉祥寺で乗り換えて坐る。(修治さんの御体を思って、立ち通しではお疲れになるのもひどいのではないかしらと考えたので)
文芸春秋をお読みになっていられた。私は拝借した苦楽の隅田川についてのところをよむ。読み切らぬうちにお茶の水へつく。区役所前まで歩いて、本郷区役所に御一緒に入る。
私の戸籍(山崎入籍)の手続きが終わるまで待っていてくださる。私のような健康な者にも重く感じられるオーバーをお召しになっていられるので、心配なのだけど、八雲まで歩くと仰言るので、ボツボツ出掛ける。
帝大前あたりから、奥様の御弟様がいられるので、万一のことがあるといけないからと、いつものように左側と、右側の歩道にお別れしていく。それこそ堂々とした歩きようではなく、少しうつむき加減にして、大学の方を眺め廻しながら、コツコツと軍靴を運んでいらっしゃる。
二、三間後ろの方から歩く心もちで、私は左側の舗道から修治さんをみつめていました。
肺病。不治の病だと信じ切っていらっしゃる。でも、あんなに事件が重なってあったのに、生きていられる。
神様があの方についていられるような気がしてしようがない。
水菓子屋さんの横を左に折れて、二又道を右に進み、二つ目の横丁を左に曲がると、すぐ八雲書店が見つかった。
亀島さんが二階から下りて来る。
「サッちゃんが表にいるよ」
「ああ、どうぞお入り下さい」
「先日は失礼いたしました。また御本を御心配下さいまして有難うございました」と“道鏡”を御送りくださった御礼を述べる。
社長室兼応接室のようなところに通されて、一ぷくなさる。
全集の御相談に時をすごしてから、編集部の皆さんと談話。
ここの編集部の方々のチームワークはとても静かで美しいバランスがあって、うれしかった。
一人ひとりの誠実なものが、私達の身に沁むような思いがした。
みなさん、いい人達だ。
三時に新潮と御約束があるので、急いで車を拾い、乗りつける。
小雨の中を、あのダラダラ坂を歩くのはお病身の修治さんには大敵々々。
野平さんが二階からおりてくる。社長さんだという若僧(悪いかな)とつまらないお話。
林さんもチラリチラリ用事を持って出入りなさる。少し太ったような感じ。
顔色の蒼い人だと思っていたけど、今日お目にかかったら、天然の頬紅が広くついているので、ガッカリした。太宰さんも私も、あまり赤ら顔の方ではないからかもしれないけど。すぐに席を千歳に移して飲みはじめる。ここのマダムは、はじめ十八、九位のひとかと思っていたら、どうも私位の年配の方らしい。何しろ断髪なのでね。
夜分、眼鏡をかけないので、あまり周囲の人に注意をはらわなかったら、西田さんに御挨拶されて、失礼してしまった。
修治さんがおきらいなので、よしているので時々これからも失礼することがあるのではないかしら。気をつけなければいけない。
ビールにジンをおのみになって、珍しく先にちょっと横におなりになる。
我が身に覚えのない病いを心配してはいるけれど、どうしたらよいやら分からない。
病気について、創作上の苦悩について、家庭について、血のつながりのことや、もちろん芸術のことについてではあるけれど、黙って悩んでいらっしゃる御様子を拝していると、サッちゃんには何故一つでもお役に立つことがないのかしらと、いらいらして、修治さんが可哀想になってくる。
修治さんは、わたしなどどんなに身も心もささげつくしておつかえしても、心の癒されることはないのでしょう。
よく「天才だよ」と仰言るけれど、人間としたら、一番神に近い苦悩を負って生きていられるおかただと思う。
母のように、乳母のように、妹のように、姉のように、子供のように、恋人のように、妻のように、愛して、愛して、愛していく。ほんの瞬間の憩いにでも、私がなることができれば、わたしはそれで、もういいの。
「貴女はお酒が強いですね」と言われながら、一行、新宿駅にいく。
三鷹まで野平さんが送ってきて下さる。お泊りになるものとばかり思っていたら、今日は帰りますと野平さんは、夜おそくお帰りになる。
蒼い顔をなさっていたし、平常よりも深く飲んでいられた様子だったし、御気分でも悪くなって来られたのでしょう。
注射をしてから、おやすみになる。