12話 (三)の二
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『山内様よ。』と、静子は穏しく答へて心持顔を曇らせる。
『然うかい。三尺さんかい!』とお柳は蔑む色を見せたが、流石に客の前を憚つて、
『ホホヽヽ。』と笑つた。『昌作さんの背高に山内さんの三尺ぢや釣合はないやね。』
『昌作さんにお客?』と信吾は母の顔を見る。
其間に静子は彼方の室へ行つた。
『然うだとさ。山内さんて、登記所のお雇さんでね、月給が六円だとさ。何で御座いますね。』と加藤の顔を見て、『然う言つちや何ですけれど、那小い人も滅多にありませんねえ、家ぢや小供らが、誰が教へたでもないのに三尺さんといふ綽名をつけましてね。幾何叱つても山内さんを見れや然う言ふもんですから困つて了ひますよ。ホホヽヽ。七月児だつてのは真個で御座いませうかね?』
『ハツハヽヽ。怎うですか知りませんが、那に生れついちやお気毒なもんですね。顔だつても綺麗だし、話して見ても色ンな事を知つてますが……。』
『えゝえゝ。』とお柳は俄かに真面目臭つた顔をして、『それやモウ山内さんなんぞは、体こそ那でも、兎に角一人で喰つて行くだけの事をしてらつしやるんだから立派なもので御座いますが、家の昌作叔父さんと来たらマア怎うでせう! 町の人達も嘸小川の剰れ者だつて笑つてるだらうと思ひましてね。』
『其ことは御座いません……。』
と加藤が何やら言はうとするのを、お柳は打消す様にして、
『学校は勝手に廃めて来るし、那して毎日碌々してゐて何をする積りなんですか。私は這性質ですから諄々言つて見ることも御座いますが、人の前ぢや眼許りパチクリ/\さしてゐて、カラもう現時の青年の様ぢやありませんので。お宅にでも伺つた時は何とか忠告して遣つて下さいましよ。』
『ハハヽヽ。否、昌作さんにした所で何か屹度大きい御志望を有つて居られるんでせうて。それに何ですな、譬へ何を成さるにしても、あの御体格なら大丈夫で御座いますよ。……昌作さんもナンですが、(と信吾を見て)失礼乍ら貴君も好い御体格ですな。五寸……六寸位はお有りでせうな? 何方がお高う御座います?』
気の無い様な顔をして煙を吹いてゐた信吾は、
『さあ、何方ですか。』と、吐月峯に莨の吸殻を突込む。
『何方もモウ背許り延びてカラ役に立ちませんので、……電信柱にでも売らなけや一文にもなるまいと申してゐますんで。ホホヽヽヽ。』と、お柳は取つて付けた様に高笑ひする。加藤も為方なしに笑つた。
十分許り経つて加藤は自転車で帰つて行つた。信吾は玄関から直ぐに書斎の離室へ引返さうとすると、
『信吾や、先ア可いぢやないか。』と言つて、お柳は先刻の座敷に戻る。
『お父様は今日も役場ですか?』と、信吾は縁側に立つて空を眺めた。
『然うだとさ、何の用か知らないが……町へ出さへすれや何日でも昨晩の様に酔つぱらつて来るんだよ。』と、我子の後姿を仰ぎ乍ら眉を顰める。
『為方がない、交際だもの。』と投げる様に言つて、敷居際に腰を下した。
『時にね。』とお柳は顔を柔げて、『昨晩の話だね、お父様のお帰りで其儘になつたつけが、お前よく静に言つてお呉れよ。』
『何です、松原の話?』
『然うさ。』と眼をマヂ/\する。
信吾は霎時庭を眺めてゐたが、
『マア可いさ。休暇中に決めて了つたら可いでせう?』と言つて立上る。
『だけどもね…………。』
『任して置きなさい。俺も少し考へて見るから。』と叱付ける様に言つて、まだ何か言ひたげな母の顔を上から見下した。
そして我が室へは帰らずに、何を思つてか昌作の室の方へ行つた。