5話 五
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面喰った課長の前に、小学生のお清書の様な大文字の辞表を投げつけて、ぐっと溜飲を下げた宗三は、まだ午前十一時というに、大手を振って帰って来た。
「お花、一寸ここへお出で」
例の長火鉢の前へ、ドッカリと坐ると、さてこれから一談判だ。昨夜のことがあるのでお花はもうビクビクもの。
「アラ、お帰りなさいまし。どっかお加減でも……」
「いや、身体は別状ない。僕は今日から役所を止す。その積りでいてくれ。それから、役所を止した訳はあの村山と衝突したからだ。だから、今日以後、村山家へ出入りすることはふっつり止めて貰い度い。これは断じて守ってくれないと困る」
「マア……」
といったが二の句がつげない。
「ア、それから」と何気なく、「お前は村山の写真を持っている筈だね。あれを一寸ここへ持ってお出で」
夫の剣幕がひどいので拒む訳にも行かぬ。お花は渋々例の写真を持って来る。宗三は、それを、お花の目の前で、さも憎々しく、ズタズタに引きさくと、火鉢の中へくべて了った。そして、やっとこれで清々したという顔付だ。
こうまでされては、お花とて悟らない訳には行かぬ。さてはあの一件だなと、どうやら様子が分った。そこで、兎も角も夫の口からそれを聞いた上のことと、こうなると女というものは手管のあるもので、すねて見たり、泣いて見たり、種々様々の手段を尽して、結局隙見の一件を白状させて了った。
どうだ、これには一言もあるまい。写真をしまった所まで調べ上げてあるのだから、何といってもこっちに手抜りはない筈だ。宗三、勝利者の気組みで、ぐっと落着いて、お花の様子を眺めている。
するとお花、いきなりワッと泣き伏しでもするかと思いきや、どうしてどうして、宗三があっけに取られた事には矢庭にクツクツと笑い出したのである。
「マア、何かと思えば、あなた、あんまりですわ。村山さんと私と……ホホホ……あなたも随分邪推深い方ね。あの写真、あれは、あれは、あのう、あなたのお写真でしたのよ」
といったかと思うと、お花、いきなり赧くなって、顔を隠すのであった。
「僕の写真だって、馬鹿な、うまくごまかそうと思っても、それは駄目だ。チャンと納戸へ尾行して、しまう所を睨んで置いたんだからな。あの抽斗には村山の写真の外には、僕の写真はおろか、男のは一枚もありやしないじゃないか」
「ですから、猶変ですわ。そんな沢山写真があったなんて。きっとあなたは寝惚けていらっしったのよ。あなたのお写真は一枚丈け、大切に抽斗の中の手文庫にしまってあるのですもの。一体あなたの御覧なすったという抽斗はどれですの」
「あの正面の箪笥の、上の左の端の小抽斗さ」
「アラ、正面ですって、まあおかしい。私が昨夜あなたのお写真をしまったのは左側の箪笥でしたのよ。抽斗は上の左の端のですけれど、まるで箪笥が違いますわ」
「そんな筈はない。やっぱりお前はごまかそうと思っているのだ。僕は小さな障子の穴から覗いたのだから、左側の箪笥なぞ、第一見える道理がないのだ。何といっても正面だ。いくらいそいでいたとはいえ、正面と左側と、まるで方向の違うものを、間違える筈はない」
「おかしいですわねえ」
「おかしくはない。お前はてれ隠しに、そんな出鱈目を云っているのだ。つまらない真似はいい加減に止さないか」
「だって……」
「だってじゃない。何といっても僕の目に間違いはない」
妙な押問答になって来た。夫は部屋の正面の壁に沿って置かれた箪笥だといい、妻は左側面の壁に沿って置かれたそれだと主張する。両人の言い分の間には九十度の差異がある。