3話 棄てられた死美人
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初子の訊問を終ったところへ、彼はまた一つの訴えを聞いた。
丸ノ内のある大きなビルディングの北側に、乗り棄てられた一台の自動車があった。そこには某銀行の出入口がある。掃除をしていた小使の一人が何気なく車内を覗いて見ると愕いた。シートの上に青い顔をして仰向けに倒れている女がある、細い頸には純白のマフラを巻き着けられ、赤い絹糸のような一筋の血が唇から流れ出して、ゴムマットやシートを赤く染めている、彼は慌てて交番へ馳け込んで訴えた。
取り調べの結果、死んでいるのは近頃売出しの映画女優江川百合子であることが判明した。何者かが死体をここまで運んで来て、自動車ごと棄て去ったものと思われるが、運転手の姿が見えないところから、あるいは彼等の仕業ではないかと疑われた。間もなく自動車番号によって所有者ツバメ・タクシーの主人が召喚された、その車は昨夕交代時間に吉川が運転してガレージを出たものであると彼は云った。
一日に二つの殺人事件が続発したのに捜査課では狼狽し、全機関を総動員して犯人逮捕に努力したが、初子以外には一人の容疑者も挙らなかった。
杉村はいらいらしながら本庁へ帰って来ると、山本桂一が彼を待っていて、
「今、カフェー・ドラゴンの美佐子という女給に会ったら、昨夜十時頃、吉川がドラゴンの前から百合子と一緒に自動車に乗って、どこへか行くのを見たと云うんですが、二人とも死んでしまっているから分らないけれど――、まさか、初子が二人を殺したとは思われません、杉村さんは疑っていられるようですが――」
「犯人が挙らないうちは、僕は誰れにでも疑いの眼を向けているよ」
「美佐子は何か知っているらしいんですが、僕には遠慮して話しません、憖い隠しだてされるとやり難いんですが――、それはきっと初子に取って不利な事なんでしょう、しかし、僕の主義として徹底的に調べたいんです。少しでも不審の点があればたとえ妻であっても容赦しません、が、僕はまだ初子を信じていますから――」
「美佐子の証言から、彼女の犯行だと決定しても?」
「必ず真犯人を挙げて、その証言を覆えして見せます」
杉村は微笑して、
「じゃ美佐子を召喚して、直ぐ調べよう」
「そう仰しゃるだろうと思って伴れて来ました。階下に待たせてありますから、喚んで来ます」
間もなく山本は美佐子を伴れて来た、二十一二位の、おとなしそうに見える女だった、彼は彼女を残して室を退いた。
「君は、昨夜ずっと初子と一緒にいたのか?」
と杉村が訊いた。
「ええ、いましたわ、暁方まで――」
「吉川と初子とは、――どんな関係だったんだ?」
「ゴリラとは別に何もなかったんでしょう」
「じゃ、川口とは?」
「川口さんは最初、姉の初子さんに夢中だったんですの。あの方利口者だから好い加減に待遇って搾っていたんですが、私立探偵の山本さんッていうパトロンがある事が分ったもんだから、川口さん怒って、欺されたって一時大騒ぎをやってましたが、そのうちにどういう風になったんだか、妹の百合ちゃんと仲好くなったんです。無論初子さんが紹介したんですがね、百合ちゃんは姉さんのように手腕はないけれど、温和しいものだから、川口さんすっかり気に入っちゃって、初子さんの事は断念めたんですの。ところが、最近、百合ちゃんに吉川さんッて旦那様のあることが川口さんに知れ、またごたごたしているんです」
「川口は百合子を責めるそうだが、紹介者の初子には何にも言わないのかね?」
「言わないどころか、大変ですわ。この間もお店へ来て酔っぱらい、初子をのしちまうんだって暴れたんですよ。彼女は毒婦だ、悪党だって――」
「初子はどうしていた?」
「かくれていましたわ。初子さん、なかなか腕が凄いんですからね、また直きにうまく丸めッちまうでしょう」
「吉川も怒っているって云うじゃないか?」
「ええ、迚も怒っていますわ。昨夜も大喧嘩をして――」
「何? 大喧嘩をした? どこで?」
「お店でですわ」
「君はその場に居たのか?」と杉村は乗り出して、
「始めッから委しく話せ、どうして喧嘩になったのか、よく考えて、間違いのないように言うんだぞ」
美佐子は俯向いて、少時考えていたが、やがて徐ろに口をきった。