雨月物語 03 校注 雨月物語

10話 雨月物語 03 校注 雨月物語(10)

4,162字 約8分 2024年6月12日 公開

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吉野宮滝行楽の図。大倭神社の神官当麻の酒人をみて、蛇の化身であった真女児とまろやは、あわてて激流にとびこもうとする。(原本三丁裏、四丁表の挿絵)

 二七八賤(あや)しき軒にかがまりて、生けるここちもせぬを、翁、豊雄にむかひ、(つらつら)二七九そこの(おもて)を見るに、此の二八〇隠神(かくれがみ)のために悩まされ給ふが、吾救はずばつひに命をも失ひつべし。後よく(つつし)み給へといふ。豊雄地に額着(ぬかづき)て、此の事の始めよりかたり出でて、((なほ))二八一命得させ給へとて、恐れみ(うやま)ひて願ふ。翁、さればこそ、此の邪神(あしきかみ)は年()たる《をろち》なり。かれが(さが)(みだり)なる物にて、二八二牛と(つる)みては(りん)()み、馬とあひては竜馬(りようめ)を生むといへり。二八三此の(まど)はせつるも、はたそこの秀麗(かほよき)二八四(たは)けたると見えたり。かくまで(しふ)ねきを、よく慎み給はずば、おそらくは命を失ひ給ふべしといふに、人々いよよ恐れ惑ひつつ、翁を(あが)まへて、二八五遠津神(とほつがみ)にこそと拝みあへり。翁打ち()みて、おのれは神にもあらず。二八六大倭(やまと)の神社に仕へまつる当麻(たぎま)酒人(きびと)といふ翁なり。二八七道の(ほど)見たててまゐらせん。いざ給へとて出でたてば、人々(あと)につきて帰り来る。

 (あけ)日二八八大倭(やまと)(さと)にいきて、翁が二八九恵(めぐみ)(かへ)し、(かつ)二九〇美濃絹(みのぎぬ)三疋(みむら)二九一筑紫綿(つくしわた)二屯(ふたつみ)(おく)り来り、((なほ))此の妖災(もののけ)二九二身禊(みそぎ)し給へとつつしみて願ふ。翁これを納めて、二九三祝部(はふり)らにわかちあたへ、(みづから)は一(むら)(つみ)をもとどめずして、豊雄にむかひ、二九四畜(かれ)《なんぢ》が秀麗(かほよき)に《たは》けて二九五を(まと)ふ。又(かれ)(かり)(かたち)(まど)はされて二九六丈夫(ますらを)心なし。今より二九七雄気(をとこさび)してよく心を(しづ)まりまさば、此らの邪神(あしきかみ)(やら)はんに翁が力をもかり給はじ。ゆめゆめ心を静まりませとて、(まめ)やかに(さと)しぬ。豊雄夢のさめたるここちに、二九八礼言(ゐやこと)尽きずして帰り来る。金忠にむかひて、此の年月(かれ)(まど)はされしは、(おの)が心の正しからぬなりし。親兄の(つかへ)をもなさで、君が家の二九九羈(ほだし)ならんは三〇〇由縁(よし)なし。御(めぐみ)いとかたじけなけれど、又も参りなんとて、紀の国に帰りける。

 父母、太郎夫婦、此の恐ろしかりつる事を聞きて、いよよ豊雄が(あやまち)ならぬを(あはれ)み、かつは妖怪(もののけ)(しふ)ねきを恐れける。かくて三〇一鰥(やむを)にてあらするにこそ。妻むかへさせんとてはかりける。三〇二芝(しば)の里に芝の庄司なるものあり。女子(むすめ)一人もてりしを、三〇三大内(おほうち)の三〇四采女(うねめ)にまゐらせてありしが、此の度いとま申し給はり、此の豊雄を(むこ)がねにとて、媒氏(なかだち)をもて大宅(おほや)(もと)へいひ()るる。よき事なりて(やが)て三〇五因(ちなみ)をなしける。かくて都へも(むかひ)の人を(のぼ)せしかば、此の采女富子(とみこ)なるもの、よろこびて帰り来る。年来(としごろ)の大宮(づか)へに馴れこしかば、(よろづ)行儀(ふるまひ)よりして、姿(かたち)なども花やぎ(まさ)りけり。豊雄ここに迎へられて見るに、此の富子がかたちいとよく、三〇六万(よろづ)心に(たら)ひぬるに、かの(をろち)懸想(けさう)せしことも三〇七おろおろおもひ出づるなるべし。はじめの夜は事なければ書かず。

 二日の夜、よきほどの(ゑひ)ごこちにて、年来(としごろ)大内住(うちずみ)に、辺鄙(ゐなか)の人は三〇八はたうるさくまさん。三〇九かの御わたりにては、何の三一〇中将宰相(さいしやう)の君などいふに三一一添ひぶし給ふらん。今更にくくこそおぼゆれなど(たはむ)るるに、富子三一二即(やが)(おもて)をあげて、三一三古き(ちぎり)を忘れ給ひて、かく三一四ことなる事なき人を三一五時めかし給ふこそ、三一六こなたよりまして(にく)くあれといふは、姿(かたち)こそかはれ、(まさ)しく真女子が声なり。聞くにあさましう、身の毛もたちて恐ろしく、只あきれまどふを、女打ちゑみて、三一七吾が君な怪しみ給ひそ。三一八海に(ちか)ひ山に(ちか)ひし事を(はや)くわすれ給ふとも、三一九さるべき(えにし)のあれば又もあひ見奉るものを、三二〇(あだ)し人のいふことをまことしくおぼして、(あながち)に遠ざけ給はんには、(うら)(むく)いなん。紀路(きぢ)の山々さばかり高くとも、君が血をもて峯より谷に(そそ)ぎくださん。三二一あたら御身をいたづらになし果て給ひそといふに、三二二只わななきにわななかれて、今や三二三とらるべきここちに三二四死に入りける。屏風のうしろより、吾が君いかに三二五むつかり給ふ。かうめでたき御契なるはとて出づるはまろやなり。見るに又(きも)を飛ばし、(まなこ)を閉ぢて伏向(うつぶき)()す。三二六和(なご)めつ(おど)しつ、かはるがはる物うちいへど、只死に入りたるやうにて夜明けぬ。

芝の庄司の娘富子にのりうつった蛇性の真女児が、新婚二日目の夜、酔ごこちになってたわむれた豊雄の前で、その正体をあらわす図。(原本十六丁裏、十七丁表の挿絵)

 かくて閨房(ねや)(のが)れ出でて、庄司にむかひ、かうかうの恐ろしき事あなり。これいかにして()けなん。よく(はか)り給へと三二七いふも、(うしろ)にや聞くらんと、声を(ささ)やかにしてかたる。庄司も妻も(おもて)を青くして嘆きまどひ、こはいかにすべき。ここに都の三二八鞍馬寺(くらまでら)の僧の、年々熊野(くまの)に詣づるが、きのふより此の三二九向岳(むかつを)の三三〇蘭若(てら)に宿りたり。いとも三三一験(げん)なる法師にて、(およ)三三二疫病(えやみ)妖災(もののけ)(いなむし)などをもよく祈るよしにて、此の(さと)の人は(たふと)みあへり。此の法師三三三請(むか)へてんとて、あわただしく三三四呼びつげるに、(やや)して来りぬ。しかじかのよしを語れば、此の法師鼻を高くして、これらの三三五蠱物(まじもの)らを()らんは何の(かた)き事にもあらじ。必ず三三六静まりおはせとやすげにいふに、人々心落ちゐぬ。法師まづ三三七雄黄(ゆうわう)をもとめて薬の水を調じ、小瓶(こがめ)(たた)へて、かの閨房(ねや)にむかふ。人々()ぢ隠るるを、法師(あざ)みわらひて、老いたるも(わらは)も必ずそこにおはせ、此の《をろち》只今()りて見せ奉らんとてすすみゆく。閨房の戸あくるを遅しと、かの(をろち)(かしら)をさし出して法師にむかふ。此の頭三三八何ばかりの物ぞ。此の戸口に充満(みちみち)て、雪を積みたるよりも白く(きら)々しく、(まなこ)(かがみ)の如く、(つの)枯木(かれき)(ごと)、三(たけ)余りの口を開き、(くれなゐ)の舌を()いて、只一(のみ)に飲むらん(いきほひ)をなす。あなやと叫びて、三三九手にすゑし小瓶(こがめ)をもそこに打ちすてて、たつ足もなく、三四〇展転(こいまろ)びはひ倒れて、からうじてのがれ来たり、人々にむかひ、あな恐ろし、三四一祟(たた)ります御神にてましますものを、など法師らが祈り奉らん。此の手足なくば、三四二はた命失ひてんといふいふ三四三絶え入りぬ。人々(たす)け起すれど、すべて(おもて)(はだへ)も黒く赤く染めなしたるが(ごと)に、熱き事焚火(たきび)に三四四手さすらんにひとし。毒気(あしきいき)にあたりたると見えて、(のち)只三四五眼()のみはたらきて物いひたげなれど、声さへなさでぞある。水(そそ)ぎなどすれど、つひに死にける。これを見る人、いよよ三四六魂(たましひ)も身に添はぬ思ひして泣き惑ふ。

 豊雄すこし三四七心を収めて、かく(げん)なる法師だも祈り得ず、(しふ)ねく我を(まと)ふものから、三四八天地(あめつち)のあひだにあらんかぎりは三四九探し得られなん。おのが命ひとつに人々を苦しむるは三五〇(まめ)ならず。今は三五一人をもかたらはじ。三五二やすくおぼせとて閨房(ねや)にゆくを、庄司の人々、こは物に狂ひ給ふかといへど、更に聞かず顔にかしこにゆく。戸を静かに明くれば、物の(さわが)しき音もなくて、此の二人ぞむかひゐたる。富子、豊雄にむかひて、君三五三何の(あた)に我を(とら)へんとて人をかたらひ給ふ。此の後も(あた)をもて報い給はば、君が御身のみにあらじ、此の(さと)の人々をもすべて苦しきめ見せなん。ひたすら三五四吾が貞操(みさを)をうれしとおぼして、三五五徒(あだ)々しき()心をなおぼしそと、いと三五六けさうじていふぞ三五七うたてかりき。豊雄いふは、世の(ことわざ)にも聞ゆることあり。三五八人かならず虎を害する心なけれども、虎(かへ)りて人を(やぶ)(こころ)ありとや。《なんぢ》、三五九人ならぬ心より、我を(まと)うて幾度かからきめを見するさへあるに、三六〇かりそめ(ごと)をだにも此の恐ろしき(むく)いをなんいふは、いと三六一むくつけなり。されど吾を慕ふ心ははた世人にもかはらざれば、三六二ここにありて人々の嘆き給はんがいたはし。此の富子が命ひとつたすけよかし。三六三然()て我をいづくにも連れゆけといへば、いと(うれ)しげに点頭(うなづ)きをる。

 又立ち出でて庄司にむかひ、かう三六四浅ましきものの添ひてあれば、ここにありて人々を苦しめ奉らんはいと三六五心なきことなり。只今(いとま)給はらば、三六六娘子(をとめ)の命も(つつが)なくおはすべしといふを、庄司(さら)()けず、我三六七弓の本末(もとすゑ)をもしりながら、かく三六八いひがひなからんは、大宅(おほや)の人々のおぼす心もはづかし。((なほ))計較(はか)りなん。三六九小松原の三七〇道成寺に、三七一法海和尚(ほふかいをしやう)とて貴き(いのり)の師おはす。今は三七二老いて(むろ)()にも出でずと聞けど、我が為には三七三いかにもいかにも捨て給はじとて、馬にていそぎ出でたちぬ。道(はるか)なれば夜なかばかりに蘭若(てら)に到る。老和尚三七四眼蔵(めんざう)をゐざり出でて、此の物がたりを聞きて、そは浅ましくおぼすべし。今は老朽(おいく)ちて三七五験(げん)あるべくもおぼえ(はべ)らねど、君が家の(わざはひ)(もだ)してやあらん。三七六まづおはせ。法師も(やが)(まう)でなんとて、三七七芥子(けし)()にしみたる袈裟(けさ)とり出でて、庄司にあたへ、(かれ)を三七八やすくすかしよせて、これをもて(かしら)に打ち《かづ》け、力を出して押しふせ給へ。手弱(たよわ)くあらばおそらくは逃げさらん。よく三七九念じて、よくなし給へと(まめ)やかに教ふ。庄司三八〇よろこぼひつつ馬を飛ばしてかへりぬ。

 豊雄を(ひそ)かに招きて、此の事よくしてよとて袈裟をあたふ。豊雄これを(ふところ)に隠して閨房(ねや)にいき、庄司今はいとま三八一たびぬ、三八二いざたまへ、出で立ちなんといふ。いと(うれ)しげにてあるを、此の袈裟とり出でてはやく打ち《かづ》け、三八三力をきはめて押しふせぬれば、あな苦し、《(なんぢ)》何とてかく三八四情なきぞ。しばしここ(ゆる)せよかしといへど、((なほ))力にまかせて押しふせぬ。法海和尚の輿(こし)やがて入り来る。庄司の人々に(たす)けられて三八五ここにいたり給ひ、口のうち三八六つぶつぶと念じ給ひつつ、豊雄を退(しりぞ)けて、かの袈裟とりて見給へば、富子は三八七現(うつつ)なく()したる上に、白き(をろち)の三(たけ)あまりなる(わだかま)りて動きだもせずてぞある。老和尚これを(とら)へて、徒弟(とてい)(ささ)げたる三八八鉄鉢(てつばち)()れ給ふ。((なほ))三八九念じ給へば、屏風の(うしろ)より、三九〇(たけ)ばかりの小蛇(こへび)はひ出づるを、三九一是をも()りて鉢に()れ給ひ、かの袈裟をもてよく(ふう)じ給ひ、そがままに輿に乗らせ給へば、人々()をあはせ涙を流して(うやま)ひ奉る。

 蘭若(てら)に帰り給ひて、三九二堂の前を深く()らせて、鉢のままに()めさせ、三九三永劫(えいごふ)があひだ世に出ることを(いまし)め給ふ。今猶三九四蛇(をろち)(つか)ありとかや。庄司が女子(むすめ)はつひに病にそみてむなしくなりぬ。豊雄は命(つつが)なしとなんかたりつたへける。

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