雨月物語 03 校注 雨月物語

9話 雨月物語 03 校注 雨月物語(9)

7,995字 約16分 2024年6月12日 公開

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とよめるは、まこと四九けふのあはれなりける。此の家(あや)しけれど、おのれが親の五〇目かくる男なり。五一心ゆりて雨()め給へ。そもいづ()旅の御宿(やど)りとはし給ふ。御見送りせんも(かへ)りて無礼(なめげ)なれば、此の(かさ)もて出で給へといふ。女、いと(うれ)しき御心を五二聞え給ふ。五三其の()思ひに()してまゐりなん。都のものにてもあらず、此の近き所に年来(としごろ)住みこし(はべ)るが、けふなんよき日とて五四那智(なち)(まう)で侍るを、(にはか)なる雨の恐ろしさに、やどらせ給ふともしらで、五五わりなくも立ちよりて侍る。ここより遠からねば、此の小休(をやみ)に出で侍らんといふを、五六強(あながち)に此の(かさ)もていき給へ。五七何(いつ)便(たより)にも求めなん。雨は五八更に()みたりともなきを。さて御住ひはいづ()ぞ。是より五九使奉らんといへば、新宮の(ほとり)にて(あがた)真女児(まなご)が家はと尋ね給はれ。日も暮れなん。御(めぐみ)のほどを六〇指戴(さしいただ)きて帰りなんとて、傘とりて出づるを、六一見送りつも、あるじが蓑笠(みのかさ)かりて家に帰りしかど、((なほ))(おもかげ)の六二露忘れがたく、しばしまどろむ(あかつき)の夢に、かの真女児が家に尋ねいきて見れば、門も家もいと大きに造りなし、六三蔀(しとみ)おろし六四簾(すだれ)()れこめて、ゆかしげに住みなしたり。真女子出迎ひて、御(なさけ)わすれがたく待ち恋ひ奉る。此方(こなた)に入らせ給へとて、奥の方にいざなひ、酒菓子(くだもの)種々(さまざま)管待(もてな)しつつ、(うれ)しき(ゑひ)ごこちに、つひに枕をともにしてかたるとおもへば、夜明けて夢さめぬ。六五現(うつつ)ならましかばと思ふ心の六六いそがしきに、朝食(あさげ)も打ち忘れて六七うかれ出でぬ。

 新宮の(さと)に来て、(あがた)真女子(まなご)が家はと尋ぬるに、(さら)にしりたる人なし。

 六八午時(ひる)かたぶくまで尋ね(わづら)ひたるに、かの(わらは)東の方よりあゆみ来る。豊雄見るより大いに喜び、六九娘子(をとめ)の家はいづくぞ。(かさ)もとむとて尋ね来るといふ。鬟打ちゑみて、よくも来ませり。こなたに歩み給へとて、(さき)に立ちてゆくゆく、幾ほどもなく、ここぞと聞ゆる所を見るに、門高く(つく)りなし、家も大きなり。(しとみ)おろし(すだれ)たれこめしまで、夢の(うち)に見しと露(たが)はぬを、(あや)しと七〇思ふ思ふ門に入る。鬟走り入りて、七一おほがさの(ぬし)(まう)で給ふを(いざな)ひ奉るといへば、いづ()にますぞ、こち迎へませといひつつ立ち出づるは真女子なり。豊雄、七二ここに安倍(あべ)大人(うし)とまうすは、年来(としごろ)七三物(まな)ぶ師にてます。彼所(かしこ)に詣づる便に、傘とりて帰るとて七四推して参りぬ。御住居見おきて侍れば、又こそ詣で()んといふを、真女子(あながち)にとどめて、七五まろや、七六努(ゆめ)出し奉るなといへば、鬟立ちふたがりて、おほがさ()ひて恵ませ給ふならずや。()がむくいに強ひてとどめまゐらすとて、腰を押して七七南面(みなみおもて)の所に迎へける。板敷の間に七八床畳(とこだたみ)を設けて、七九几帳(きちやう)、八〇御厨子(みづし)(かざり)八一壁代(かべしろ)の絵なども、皆古代(こだい)のよき物にて、八二倫(なみ)の人の住居ならず。真女子立ち出でて、故ありて八三人なき家とはなりぬれば、八四実(まめ)やかなる御饗(みあへ)もえし奉らず。只八五薄酒(うすきさけ)一杯(ひとつぎ)すすめ奉らんとて、八六高坏(たかつき)平坏(ひらつき)の清らなるに、海の物山の物()りならべて、八七瓶子(へいじ)土器(かはらけ)《ささ》げて、まろや酌まゐる。豊雄また夢心して、さむるやと思へど、(まさ)(うつつ)なるを(かへ)りて(あや)しみゐたる。

 (まらうど)(あるじ)もともに(ゑひ)ごこちなるとき、真女子(まなご)(さかづき)をあげて、豊雄にむかひ、八八花精妙(はなぐはし)桜が枝の水に八九うつろひなす(おもて)に、春吹く風を九〇あやなし、(こずゑ)九一たちぐく((うぐひす))九二艶(にほひ)ある声していひ出づるは、九三面(おも)なきことのいはで()みなんも、九四いづれの神になき名(おふ)すらんかし。九五努(ゆめ)(あだ)なる(こと)にな聞き給ひそ。(もと)は都の(うまれ)なるが、父にも母にもはやう(わか)れまゐらせて、乳母(めのと)(もと)成長(ひととな)りしを、此の国の九六受領(じゆりやう)下司(したづかさ)(あがた)何某(なにがし)に迎へられて(ともな)(くだ)りしははやく三とせになりぬ。(つま)九七任(にん)はてぬ此の春、かりそめの(やまひ)に死し給ひしかば、便なき身とはなり侍る。都の乳母(めのと)(あま)になりて、行方(ゆくへ)なき修行(しゆぎやう)に出でしと聞けば、九八彼方(かなた)も又しらぬ国とはなりぬるをあはれみ給へ。きのふの雨のやどりの御(めぐ)みに、(まこと)ある御方にこそと九九おもふ物から、一〇〇今より後の(よはひ)をもて一〇一御宮(づか)へし奉らばやと願ふを、一〇二汚(きたな)き物に捨て給はずば、此の一杯(ひとつぎ)に一〇三千とせの契をはじめなんといふ。豊雄、もとよりかかるをこそと一〇四乱(みだれ)心なる思ひ妻なれば、一〇五塒(ねぐら)の鳥の飛び立つばかりには思へど、一〇六おのが世ならぬ身を(かへりみ)れば、親兄弟(はらから)のゆるしなき事をと、かつ(うれ)しみ、(かつ)恐れみて、(とみ)に答ふべき詞なきを、真女児一〇七わびしがりて、女の浅き心より、一〇八嗚呼(をこ)なる事をいひ出でて、一〇九帰るべき道なきこそ(おも)なけれ。かう浅ましき身を海にも()らで、人の御心を(わづら)はし奉るは(つみ)深きこと。今の詞は(あだ)ならねども、只酔ごこちの一一〇狂言(まがこと)におぼしとりて、ここの海にすて給へかしといふ。

 豊雄、はじめより都人の(あて)なる御方とは見奉るこそ一一一賢(かしこ)かりき。一一二鯨よる浜に生立(おひた)ちし身の、かく(うれ)しきこと一一三いつかは聞ゆべき。一一四即(やが)ての御(こたへ)もせぬは、親兄に仕ふる身の、おのが物とては爪髪(つめかみ)の外なし。何を一一五禄(ろく)に迎へまゐらせん便もなければ、身の一一六徳なきをくゆるばかりなり。何事をもおぼし()へ給はば、いかにもいかにも後見(うしろみ)し奉らん。一一七孔子(くし)さへ倒るる恋の山には、孝をも身をも忘れてといへば、いと(うれ)しき御心を聞きまゐらするうへは、貧しくとも時々(をりをり)ここに一一八住ませ給へ。ここに(さき)(つま)一一九二(ふた)つなき(たから)にめで給ふ一二〇(おび)あり。これ常に()かせ給へとてあたふるを見れば、金銀(きがねしろがね)(かざ)りたる太刀(たち)の、一二一あやしきまで(きた)うたる古代の物なりける。一二二物のはじめに(いな)みなんは一二三祥(さが)あしければとて、とりて(をさ)む。今夜(こよひ)はここに(あか)させ給へとて、一二四あながちにとどむれど、まだ一二五赦(ゆるし)なき旅寝は、親の一二六罪(つみ)し給はん。(あす)の夜よく一二七偽(いつは)りて(まう)でなんとて出でぬ。其の夜も一二八寝()ねがてに明けゆく。

 太郎は一二九網子(あご)ととのふるとて、一三〇(つとめ)て起き出でて、豊雄が閨房(ねや)の戸の(ひま)をふと見入れたるに、()え残りたる灯火(ともしび)の影に、輝々(きらきら)しき太刀(たち)を枕に置きて臥したり。あやし。一三一いづちより求めぬらんと一三二おぼつかなくて、戸をあららかに明くる音に目さめぬ。太郎があるを見て、召し給ふかといへば、輝々(きらきら)しき物を枕に置きしは何ぞ。(あたひ)(たか)き物は海人(あま)の家にふさはしからず。父の見給はばいかに(つみ)し給はんといふ。豊雄、一三三財(たから)(つひや)して買ひたるにもあらず。きのふ一三四人の()させしをここに置きしなり。太郎、いかでさる宝をくるる人此の(あたり)にあるべき。一三五あなむつかしの唐言(からこと)書きたる物を買ひたむるさへ、一三六世の(つひえ)なりと思へど、父の(だま)りておはすれば、今までもいはざるなり。其の太刀帯びて一三七大宮(おほみや)の祭を《ね》るやらん。一三八いかに物に狂ふぞ、といふ声の高きに、父聞きつけて、一三九徒者(いたづらもの)が何事をか仕出((しい))でつる。ここにつれ()よ太郎と呼ぶに、いづちにて求めぬらん、軍将等(いくさぎみたち)()き給ふべき輝々しき物を買ひたるはよからぬ事、御()のあたりに召して一四〇問ひあきらめ給へ。おのれは網子(あご)どもの一四一怠るらんと云ひ捨てて出でぬ。

 母、豊雄を召して、さる物一四二何の(れう)に買ひつるぞ。米も銭も太郎が物なり。一四三吾主(わぬし)が物とて何をか持ちたる。日来(ひごろ)一四四為()すままにおきつるを、かくて太郎に(にく)まれなば、天地(あめつち)の中に何国(いづく)に住むらん。(かしこ)き事をも学びたる者が、など是ほどの事一四五わいためぬぞといふ。豊雄、(まこと)に買ひたる物にあらず。一四六さる由縁(ゆゑ)有りて人の()させしを、兄の見(とが)めてかくのたまふなり。父、何の一四七誉(ほまれ)ありてさる宝をば人のくれたるぞ。一四八更におぼつかなき事。只今所縁(いはれ)かたり出でよと(ののし)る。豊雄、此の事只今は一四九面俯(おもてぶせ)なり。人(つて)に申し出で侍らんといへば、親兄にいはぬ事を誰にかいふぞと声あららかなるを、太郎の嫁の一五〇刀自(とじ)(かたへ)にありて、此の事一五一愚(おろか)なりとも聞き侍らん。入らせ給へと(なだ)むるに、一五二つい立ちていりぬ。

 豊雄、刀自(とじ)にむかひて、兄の見(とが)め給はずとも、(みそか)に姉君を一五三かたらひてんと思ひ設けつるに、一五四速(はや)(さいな)まるる事よ。一五五かうかうの人の()のはかなくてあるが、後見(うしろみ)してよとて(たま)へるなり。一五六己(おの)が世しらぬ身の、御(ゆるし)さへなき事は重き一五七勘当(かんだう)なるべければ、今さら悔ゆるばかりなるを、姉君よく憐み給へといふ。刀自打ち()みて、男子(をのこご)のひとり()し給ふが、兼ねて一五八いとほしかりつるに、いとよき事ぞ。(おろか)なりともよく一五九いひとり侍らんとて、其の夜太郎に、かうかうの事なるは(さいはひ)におぼさずや。父君の前をもよきにいひなし給へといふ。太郎(まゆ)(ひそ)めて、あやし、此の国の((かみ))下司(したづかさ)(あがた)何某(なにがし)と云ふ人を聞かず。我が家一六〇保正(をさ)なればさる人の(なくな)り給ひしを聞えぬ事あらじを。まづ太刀ここにとりて来よといふに、刀自やがて(たづさ)へ来るを、よくよく見をはりて、長嘘(ためいき)をつぎつつもいふは、ここに恐ろしき事あり。近来(ちかごろ)都の大臣殿(おほいどの)一六一御願(ごぐわん)の事みたしめ給ひて、一六二権現(ごんげん)におほくの宝を奉り給ふ。さるに此の神宝(かんだから)ども、一六三御宝蔵(みたからぐら)の中にて(とみ)()せしとて、一六四大宮司(だいぐじ)より国の(かみ)(うつた)へ出で給ふ。守、此の(ぬすびと)(さぐ)(とら)ふために、一六五助の君文室(ふんや)広之(ひろゆき)、大宮司の(たち)に来て、今(もつぱら)に此の事を一六六はかり給ふよしを聞きぬ。此の太刀一六七いかさまにも下司(したづかさ)などの()くべき物にあらず。((なほ))父に見せ奉らんとて、一六八御前に持ちいきて、かうかうの恐ろしき事の一六九あなるは、いかが(はか)らひ申さんといふ。父(おもて)を青くして、こは一七〇浅ましき事の出できつるかな。日来(ひごろ)は一七一一(まう)をもぬかざるが、何の(むくい)にてかう良からぬ心や出できぬらん。一七二他(ほか)よりあらはれなば此の家をも(たや)されん。(みおや)の為子孫(のち)の為には、不孝の子一人惜しからじ。(あす)(うつた)へ出でよといふ。

 太郎、夜の明くるを待ちて、大宮司の(みたち)に来り、しかじかのよしを申し出でて、此の太刀を見せ奉るに、大宮司驚きて、是なん大臣殿(おほいどの)(たてまつり)物なりといふに、助聞き給ひて、((なほ))()せし物問ひあきらめん。召捕れとて、武士ら十人ばかり、太郎を(さき)にたててゆく。豊雄、かかる事をもしらで(ふみ)見ゐたるを、武士ら押しかかりて捕ふ。こは何の罪ぞといふをも聞き入れず(から)めぬ。父母、太郎夫婦も、今は一七三浅ましと嘆きまどふばかりなり。一七四公庁(おほやけ)より召し給ふ、()くあゆめとて、一七五中にとりこめて舘に追ひもてゆく。助、豊雄をにらまへて、《なんぢ》神宝(かんだから)を盗みとりしは(ためし)なき一七六国津罪(くにつつみ)なり。((なほ))種々(くさぐさ)(たから)は一七七いづちに隠したる。明らかにまうせといふ。豊雄一七八漸(やや)此の事を(さと)り、涙を流して、おのれ一七九更に盗をなさず。かうかうの事にて、(あがた)何某((なにがし))()が、(さき)(つま)()びたるなりとて得させしなり。今にもかの女召して、おのれが罪なき事を覚らせ給へ。助いよよ(いか)りて、我が下司(したづかさ)に県の(かばね)を名のる者ある事なし。かく(いつは)るは(つみ)ますます大なり。豊雄、かく(とら)はれていつまで偽るべき。一八〇あはれかの女召して問はせ給へ。助、武士らに向ひて、県の真女子(まなご)が家はいづくなるぞ。一八一渠(かれ)を押して(とら)へ来れといふ。

 武士らかしこまりて、又豊雄を押したてて彼所(かしこ)に行きて見るに、(いかめ)しく造りなせし門の柱も()ちくさり、軒の(かはら)も大かたは(くだ)けおちて、一八二草しのぶ()ひさがり、人住むとは見えず。豊雄是を見て、只一八三あきれにあきれゐたる。武士らかけ(めぐ)りて、一八四ちかきとなりを召しあつむ。一八五木()()(をぢ)一八六米((よね))かつ男ら、恐れ(まど)ひて一八七跪(うずすま)る。武士(かれ)らにむかひて、此の家何者が住みしぞ。県の何某が()のここにあるはまことかといふに、鍛冶(かぢ)の翁はひ出でて、さる人の名は一八八かけてもうけたまはらず。此の家三とせばかり(さき)までは、村主(すぐり)の何某といふ人の、一八九賑(にぎ)はしくて住み(はべ)るが、一九〇筑紫(つくし)(あき)()みてくだりし、其の船行方(ゆくへ)なくなりて後は、家に残る人も散々((ちりぢり))になりぬるより、絶えて人の住むことなきを、此の男のきのふここに入りて、(やや)して帰りしを(あや)しとて、此の一九一漆師(ぬし)(をぢ)がまうされしといふに、一九二さもあれ、よく見(きは)めて殿に申さんとて、門押しひらきて入る。

 家は()よりも荒れまさりけり。なほ奥の方に進みゆく。前栽(せんざい)広く造りなしたり。池は水あせて水草(みくさ)も皆枯れ、一九三野()(やぶ)()ひ一九四かたぶきたる中に、大きなる松の吹き倒れたるぞ物すざまし。客殿(きやくでん)の格子戸をひらけば、(なまぐさ)き風の一九五さと吹きおくりきたるに恐れまどひて、人々(あと)にしりぞく。豊雄只一九六声を呑みて嘆きゐる。武士の中に巨勢(こせ)熊檮(くまがし)なる者、一九七胆(きも)ふとき男にて、人々我が(あと)()きて来れとて、一九八板敷(いたじき)をあららかに踏みて進みゆく。(ちり)は一寸ばかり積りたり。鼠の(くそ)一九九ひりちらしたる中に、古き二〇〇帳を立てて、花の如くなる女ひとりぞ()る。熊檮(くまがし)、女にむかひて、国の(かみ)の召しつるぞ、急ぎまゐれといへど、(こたへ)もせであるを、近く進みて(とら)ふとせしに、((たちま))ち地も裂くるばかりの二〇一霹靂(はたたがみ)鳴響(なりひび)くに、許多(あまた)の人()ぐる(ひま)もなくてそこに倒る。()て見るに、女はいづち行きけん見えずなりにけり。

 此の(とこ)の上に(きら)々しき物あり。人々恐る恐るいきて見るに、二〇二狛錦(こまにしき)、二〇三呉(くれ)(あや)、二〇四倭文(しづり)、二〇(かとり)(たて)、二〇六槍(ほこ)、二〇七靭(ゆき)(くは)(たぐひ)、此の失せつる二〇八神宝(かんだから)なりき。武士らこれをとりもたせて、怪しかりつる事どもを(つばら)に訴ふ。助も大宮司も妖怪(もののけ)のなせる事をさとりて、豊雄を(さいな)む事をゆるくす。されど二〇九当罪(おもてつみ)(まぬが)れず、(かみ)(みたち)にわたされて牢裏(らうり)(つな)がる。大宅(おほや)父子(おやこ)多くの物を二一〇(まひ)して罪を()ふによりて、百日がほどに(ゆる)さるる事を得たり。かくて二一一世にたち(まじは)らんも面俯(おもてぶせ)なり。姉の大和におはすを(とぶら)ひて、しばし彼所(かしこ)に住まんといふ。げにかう()きめ見つる後は重き病をも得るものなり。二一二ゆきて月ごろを過せとて、人を添へて出でたたす。

 二郎の姉が家は、二一三石榴市(つばいち)といふ所に、田辺(たなべ)金忠(かねただ)といふ商人(あきびと)なりける。豊雄が(とむら)ひ来るを(よろこ)び、かつ二一四月ごろの事どもをいとほしがりて、いついつまでもここに住めとて、二一五念頃に(いたは)りけり。年かはりて二月(きさらぎ)になりぬ。此の石榴市といふは、二一六泊瀬(はつせ)の寺ちかき所なりき。二一七仏の御中には泊瀬なんあらたなる事を、唐土(もろこし)までも聞えたるとて、都より辺鄙(ゐなか)より(まう)づる人の、春はことに多かりけり。詣づる人は必ずここに宿れば、軒を並べて旅人をとどめける。

 田辺が家は御明(みあかし)灯心(とうしん)(たぐひ)を商ひぬれば、二一八所せく人の入りたちける中に、都の人の忍びの(まうで)と見えて、いと二一九よろしき女一人、(わらは)一人、二二〇(たき)物もとむとてここに立ちよる。此の鬟豊雄を見て、二二一吾()が君のここにいますはといふに、驚きて見れば、かの真女子(まなご)、まろやなり。あな恐ろしとて内に隠るる。金忠夫婦、こは何ぞといへば、かの二二二鬼ここに()ひ来る。あれに近寄り給ふなと二二三隠れ(まど)ふを、人々、そはいづくにと立ち騒ぐ。真女子入り来りて、人々あやしみ給ひそ。(わが)()の君な恐れ給ひそ。二二四おのが心より罪に(おと)し奉る事の悲しさに、御有家(ありか)もとめて、事の由縁(ゆゑ)をもかたり、二二五御心放(みこころやり)せさせ奉らんとて、御住家尋ねまゐらせしに、かひありてあひ見奉る事の(うれ)しさよ。あるじの君よく聞きわけて給へ。我もし(あや)しき物ならば、此の二二六人(しげ)きわたりさへあるに、二二七かうのどかなる(ひる)をいかにせん。二二八衣(きぬ)縫目(ぬひめ)あり、日にむかへば影あり。此の二二九正(まさ)しきことわりを((おぼ))しわけて、御疑ひを解かせ給へ。

 豊雄(やや)人ごこちして、《なんぢ》(まさ)しく人ならぬは、我(とら)はれて、武士らとともにいきて見れば、きのふにも似ず二三〇浅ましく荒果(あれは)てて、まことに鬼の住むべき宿に一人()るを、人々ら捕へんとすれば、((たちま))ち二三一青天霹靂(はたたがみ)(ふる)うて、跡なく二三二かき消えぬるをまのあたり見つるに、又()ひ来て何をかなす。すみやかに去れといふ。真女子(まなご)涙を流して、まことにさこそおぼさんはことわりなれど、二三三妾(せふ)(こと)をもしばし聞かせ給へ。君公庁(おほやけ)に召され給ふと聞きしより、かねて(あはれ)をかけつる隣の(おきな)をかたらひ、(とみ)に二三四野らなる宿のさまをこしらへし。我を(とら)んずときに鳴神(なるかみ)(ひび)かせしは、まろやが二三五計較(たばか)りつるなり。其の後船もとめて難波((なには))の方に(のが)れしかど、御消息(せうそこ)しらまほしく、二三六ここの()仏にたのみを懸けつるに、二三七二本(ふたもと)の杉のしるしありて、二三八喜(うれ)しき瀬にながれあふことは、ひとへに二三九大()の御徳かうむりたてまつりしぞかし。種々(くさぐさ)神宝(かんだから)は何とて女の盗み出すべき。(さき)(つま)の良からぬ心にてこそあれ。よくよくおぼしわけて、二四〇思ふ心の露ばかりをもうけさせ給へとて、さめざめと泣く。

 豊雄(ある)は疑ひ、或は(あはれ)みて、かさねていふべき詞もなし。金忠夫婦、真女子がことわりの明らかなるに、此の二四一女しきふるまひを見て、(ゆめ)疑ふ心もなく、豊雄のもの語りにては、世に恐ろしき事よと思ひしに、二四二さる(ためし)あるべき世にもあらずかし。はるばると二四三尋ねまどひ給ふ御心ねのいとほしきに、豊雄(うけが)はずとも、我々とどめまゐらせんとて、一()なる所に迎へける。ここに一日二日を過すままに、金忠夫婦が二四四心をとりて、ひたすら嘆きたのみける。其の志の(あつ)きに()でて、豊雄をすすめてつひに婚儀(ことぶき)をとりむすぶ。豊雄も日々に心とけて、もとより容姿(かたち)のよろしきを()でよろこび、千とせをかけて契るには、二四五葛城(かつらぎ)高間(たかま)(やま)(よひ)々ごとにたつ雲も、二四六初瀬の寺の暁の鐘に雨(をさ)まりて、二四七只あひあふ事の遅きをなん恨みける。

 三月(やよひ)にもなりぬ。金忠、豊雄夫婦にむかひて、都わたりには似るべうもあらねど、二四八さすがに紀路(きぢ)にはまさりぬらんかし。二四九名細(なぐはし)の吉野は春はいとよき所なり。二五〇三船(みふね)の山、二五一菜摘(なつみ)川、二五二常に見るとも飽かぬを、此の頃はいかにおもしろからん。二五三いざ給へ、出で立ちなんといふ。真女児うち笑みて、二五四よき人のよしと見給ひし所は、都の人も見ぬを(うらみ)に聞え侍るを、我が身(をさな)きより、人おほき所、(ある)は道の長手(ながて)をあゆみては、必ず二五五気()のぼりてくるしき病あれば、二五六従駕(みとも)にえ出で立ち侍らぬぞいと(うれた)けれ。二五七山土産(づと)必ず待ちこひ奉るといふを、そはあゆみなんこそ病も苦しからめ。二五八車こそもたらね、いかにもいかにも土は踏ませまゐらせじ。(とどま)り給はんは、豊雄のいかばかり二五九心もとなかりつらんとて、夫婦すすめたつに、豊雄も、かう二六〇たのもしくの給ふを、二六一道に倒るるともいかでかはと聞ゆるに、二六二不慮(すずろ)ながら出でたちぬ。人々二六三花やぎて出でぬれど、真女子(まなご)(あて)なるには似るべうもあらずぞ見えける。

 何某(なにがし)の院はかねて二六四心よく聞えかはしければ、ここに(とむら)ふ。(あるじ)の僧迎へて、此の春は遅く(まう)で給ふことよ。花もなかばは散り過ぎて、二六五鶯の声もやや流るめれど、((なほ))よき(かた)に二六六しるべし侍らんとて、夕食(ゆふげ)いと清くして食はせける。二六七明けゆく空いたう霞みたるも、二六八晴れゆくままに見わたせば、此の院は高き所にて、ここかしこ僧坊どもあらはに見おろさるる。山の鳥どもも二六九そこはかとなく(さへづ)りあひて、木草の花色々に咲きまじりたる、同じ山里ながら目さむるここちせらる。初詣(うひまうで)には滝ある方こそ見所はおほかめれとて、彼方(かなた)にしるべの人()ひて出でたつ。谷を(めぐ)りて下りゆく。いにしへ二七〇行幸(いでまし)の宮ありし所は、二七一石((いは))はしる滝つせのむせび流るるに、ちひさき《あゆ》どもの水に(さか)ふなど、目もあやにおもしろし。二七二檜破子(ひわりご)打ち(ちら)して()ひつつあそぶ。

 岩がねづたひに来る人あり。髪は二七三績麻(うみそ)を二七四わがねたる如くなれど、手足いと(すこ)やかなる翁なり。此の滝の(もと)にあゆみ来る。人々を見てあやしげにまもりたるに、真女子もまろやも此の人を二七五背(そがひ)に見ぬふりなるを、翁、(かれ)二人をよくまもりて、あやし、此の邪神(あしきかみ)、など人をまどはす。翁がまのあたりをかくても有るやとつぶやくを聞きて、此の二人((たちま))(をど)りたちて、滝に飛び入ると見しが、水は大虚(おほぞら)()きあがりて見えずなるほどに、雲()(すみ)をうちこぼしたる如く、雨二七六篠(しの)を乱してふり来る。翁、人々の慌忙惑(あわてまど)ふを二七七まつろへて人里にくだる。

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