高野聖

18話 第十八

1,193字 約2分 2007年3月18日 公開

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「ヒイヽン! (しつ)、どうどうどうと背戸(せど)(まわ)(ひづめ)(おと)(えん)(ひゞ)いて親仁(おやぢ)は一(とう)(うま)門前(もんぜん)引出(ひきだ)した。

 轡頭(くつはづら)()つて()ちはだかり、

嬢様(ぢやうさま)そんなら此儘(このまゝ)(わし)(まゐ)りやする、はい、御坊様(おばうさま)沢山(たくさん)御馳走(ごちさう)して()げなされ。)

 婦人(をんな)炉縁(ろぶち)行燈(あんどう)引附(ひきつ)け、俯向(うつむ)いて(なべ)(した)(いぶ)して()たが振仰(ふりあふ)ぎ、(てつ)火箸(ひばし)()つた()(ひざ)()いて、

御苦労(ごくらう)でござんす。)

(いんえ御懇(ごねむごろ)には(およ)びましねえ。(しつ)!、)と荒縄(あらなは)(つな)()く。(あを)蘆毛(あしげ)裸馬(はだかうま)(たくま)しいが、(たてがみ)(うす)(おす)ぢやわい。

 (その)(うま)がさ、(わし)(べつ)(うま)(めづ)らしうもないが、白痴殿(ばかどの)背後(うしろ)(かしこま)つて手持不沙汰(てもちぶさた)ぢやから(いま)()いて()かうとする(とき)椽側(えんがは)へひらりと()て、

(その)(うま)何処(どこ)へ。)

(おゝ、諏訪(すは)(みづうみ)(あたり)まで馬市(うまいち)()しやすのぢや、これから明朝(あした)御坊様(おばうさま)歩行(ある)かつしやる山路(やまみち)()えて()きやす。)

(もし(それ)()つて(いま)からお()(あそ)ばすお(つもり)ではないかい。)

 婦人(をんな)(あはた)だしく(さへぎ)つて(こゑ)()けた。

(いえ、勿体(もツたい)ない、修行(しゆぎやう)()(うま)足休(あしやす)めをしませうなぞとは(ぞん)じませぬ。)

(なん)でも人間(にんげん)()つけられさうな(うま)ぢやあござらぬ。御坊様(おばうさま)命拾(いのちびろひ)をなされたのぢやで、大人(おとな)しうして嬢様(ぢやうさま)(そで)(なか)で、今夜(こんや)(たす)けて(もら)はつしやい。然様(さやう)ならちよつくら()つて(まゐ)りますよ。)

(あい。)

畜生(ちくしやう)、)といつたが(うま)()ないわ。びく/\と(うごめ)いて()える(おほき)鼻面(はなツつら)此方(こちら)()()けて(しきり)私等(わしら)()(はう)()様子(やうす)

(どう/\どう、畜生(ちくしやう)これあだけた(けもの)ぢや、やい!)

 右左(みぎひだり)にして(つな)引張(ひつぱ)つたが、(あし)から()をつけた(ごと)くにぬつくと()つて()てびくともせぬ。

 親仁(おやぢ)(おほい)苛立(いらだ)つて、(たゝ)いたり、()つたり、(うま)胴体(どうたい)について二三()ぐる/\と()はつたが(すこ)しも(ある)かぬ。(かた)でぶツつかるやうにして横腹(よこばら)(たい)をあてた(とき)(やうや)前足(まへあし)()げたばかり(また)(あし)突張(つツぱ)()く。

嬢様(ぢやうさま)々々(/\)。)

親仁(おやぢ)(わめ)くと、婦人(をんな)一寸(ちよいと)()つて(しろ)(つま)さきをちよろちよろと真黒(まツくろ)(すゝ)けた(ふと)(はしら)(たて)()つて、(うま)()(とゞ)かぬほどに小隠(こがく)れた。

 其内(そのうち)(こし)(はさ)んだ、煮染(にし)めたやうな、なへ/\の手拭(てぬぐひ)()いて克明(こくめい)(きざ)んだ(ひたひ)(しは)(あせ)()いて、親仁(おやぢ)(これ)()しといふ気組(きぐみ)(ふたゝ)(まへ)(まは)つたが、(きう)()つて貧乏動(びんぼうゆるぎ)もしないので、(つな)両手(りやうて)をかけて(あし)(そろ)へて反返(そりかへ)るやうにして、うむと総身(さうみ)(ちから)()れた。途端(とたん)()うぢやい。

 (すさま)じく(いなゝ)いて前足(まへあし)両方(りやうはう)中空(なかぞら)(ひるがへ)したから、(ちひさ)親仁(おやぢ)仰向(あふむ)けに(ひツ)くりかへつた、づどんどう、月夜(つきよ)砂煙(すなけぶり)が《ぱツ》と()つ。

 白痴(ばか)にも(これ)可笑(をかし)かつたらう、此時(このとき)ばかりぢや、真直(まツすぐ)(くび)()ゑて(あつ)(くちびる)をばくりと()けた、大粒(おほつぶ)()露出(むきだ)して、()(ちゆう)()げて()()(かぜ)(あふ)るやうに、はらり/\。

世話(せわ)()けることねえ、)

 婦人(をんな)()げるやうにいつて草履(ざうり)(つツ)かけて土間(どま)へついと()る。

嬢様(ぢやうさま)勘違(かんちが)ひさつしやるな、これはお前様(まへさま)ではないぞ、(なん)でもはじめから其処(そこ)御坊様(おばうさま)()をつけたつけよ、畜生(ちくしやう)俗縁(ぞくえん)があるだツぺいわさ。)

 俗縁(ぞくえん)(おどろ)いたい。

 すると婦人(をんな)が、

貴僧(あなた)こゝへ()らつしやる(みち)(だれ)にかお()ひなさりはしませんか。)」

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