高野聖

25話 第二十五

1,311字 約3分 2007年3月18日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

(たゞ)(すぢ)でも(いは)()して男瀧(をたき)(すが)りつかうとする(かたち)、それでも(なか)(へだ)てられて(すゑ)までは(しづく)(かよ)はぬので、()まれ、()られて(つぶ)さに辛苦(しんく)()めるといふ風情(ふぜい)()(はう)姿(すがた)(やつ)(かたち)(ほそ)つて、(なが)るゝ(おと)さへ別様(べつやう)に、()くか、(うら)むかとも(おも)はれるが、あはれにも(やさ)しい女瀧(めだき)ぢや。

 男瀧(をだき)(はう)はうらはらで、(いし)(くだ)き、()(つらぬ)(いきほひ)堂々(だう/\)たる有様(ありさま)ぢや、(これ)が二つ(くだん)(いは)(あた)つて左右(さいう)(わか)れて二(すぢ)となつて()ちるのが()()みて、女瀧(めだき)(こゝろ)(くだ)姿(すがた)は、(をとこ)(ひざ)(とり)ついて美女(びぢよ)()いて()(ふる)はすやうで、(きし)()てさへ(からだ)がわなゝく、(にく)(をど)る。()して()水上(みなかみ)は、昨日(きのふ)孤家(ひとつや)婦人(をんな)(みづ)()びた(ところ)(おも)ふと、()(せい)()女瀧(めだき)(なか)()のやうな()婦人(をんな)姿(すがた)歴々(あり/\)、と()いて()ると巻込(まきこ)まれて、(しづ)んだと(おも)ふと(また)()いて、千筋(ちすぢ)(みだ)るゝ(みづ)とゝもに()(はだへ)()(くだ)けて、花片(はなびら)散込(ちりこ)むやうな。あなやと(おも)ふと(さら)に、もとの(かほ)も、(むね)も、(ちゝ)も、手足(てあし)(まツた)姿(すがた)となつて、()いつ(しづ)みつ、ぱツと(きざ)まれ、あツと()()(また)あらはれる。(わし)(たま)らず真逆(まツさかさま)(たき)(なか)飛込(とびこ)んで、女瀧(めたき)(しか)()いたとまで(おも)つた。()がつくと男瀧(をたき)(はう)はどう/\と地響(ぢひゞき)()たせて、山彦(やまびこ)()んで(とゞろ)いて(なが)れて()る、あゝ()(ちから)(もつ)何故(なぜ)(すく)はぬ、(まゝ)よ!

 (たき)()()げて()なうより、(もと)孤家(ひとつや)引返(ひツかへ)せ。(けがら)はしい(よく)のあればこそ()うなつた(うへ)(ちゆうちよ)をするわ、(その)(かほ)()(こゑ)()けば、渠等(かれら)夫婦(ふうふ)同衾(ひとつね)するのに(まくら)(なら)べて差支(さしつか)へぬ、それでも(あせ)になつて修行(しゆぎやう)をして、坊主(ばうず)()てるよりは余程(よほど)(まし)ぢやと、思切(おもひき)つて(もど)らうとして、(いし)(はな)れて()(おこ)した、背後(うしろ)から一ツ背中(せなか)(たゝ)いて、

(やあ、御坊様(ごばうさま)、)といはれたから、(とき)(とき)なり、(こゝろ)(こゝろ)後暗(うしろぐら)いので喫驚(びつくり)して()ると、閻王(えんわう)使(つかひ)ではない、これが親仁(おやぢ)

 (うま)()つたか、身軽(みがる)になつて、(ちひ)さな(つゝみ)(かた)にかけて、()に一()(こひ)の、(うろこ)金色(こんじき)なる、溌溂(はつらつ)として()(うご)きさうな、(あたら)しい(その)(たけ)(じやく)ばかりなのを、(あぎと)(わら)(とほ)して、ぶらりと()げて()た。(なん)にも()はず(きふ)にものもいはれないで(みまも)ると、親仁(おやぢ)はじつと(かほ)()たよ。()うしてにや/\と、(また)(とほり)笑方(わらひかた)ではないて、薄気味(うすきみ)(わる)北叟笑(ほくそゑみ)をして、

(なに)をしてござる、御修行(ごしゆぎやう)()が、この(くらゐ)(あつさ)で、(きし)(やす)んで()さつしやる(ぶん)ではあんめえ、一生懸命(しやうけんめい)歩行(ある)かつしやりや、昨夜(ゆふべ)(とまり)から此処(こゝ)まではたつた五()、もう(さと)()つて地蔵様(ぢざうさま)(をが)まつしやる時刻(じこく)ぢや。

 (なん)ぢやの、(おら)嬢様(ぢやうさま)(おもひ)(かゝ)つて煩悩(ぼんなう)()きたのぢやの。うんにや、(かく)さつしやるな、おらが()(あか)くツても、(しろ)いか(くろ)いかはちやんと()える。

 地体(ぢたい)(なみ)のものならば、嬢様(ぢやうさま)()(さは)つて()(みづ)振舞(ふるま)はれて、(いま)まで人間(にんげん)()やう(はず)はない。

 (うし)(うま)か、(ひきがへる)か、(さる)か、蝙蝠(かはほり)か、(なに)にせい()んだか()ねたかせねばならぬ。谷川(たにがは)から(あが)つて()さしつた(とき)手足(てあし)(かほ)(ひと)ぢやから、おらあ魂消(たまげ)(くらゐ)、お前様(まへさま)それでも感心(かんしん)(こゝろざし)堅固(けんご)ぢやから(たす)かつたやうなものよ。

 (なん)と、おらが()いて()つた(うま)()さしつたらう、それで、孤家(ひとつや)()さつしやる山路(やまみち)富山(とやま)反魂丹売(はんごんたんうり)()はしつたといふではないか、それ()さつせい、()助倍(すけべい)野郎(やらう)(とう)(うま)になつて、それ馬市(うまいち)(おあし)になつて、お(あし)が、そうら()(こひ)()けた。大好物(だいかうぶつ)晩飯(ばんめし)(さい)になさる、お嬢様(ぢやうさま)を一(たい)(なん)じやと(おも)はつしやるの。)」

 (わたし)(おも)はず(さへぎ)つた。

「お上人(しやうにん)?」

目次に戻る

目次