高野聖

3話 第三

1,246字 約2分 2007年3月18日 公開

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(いま)()一人(ひとり)此処(こゝ)()()るさうぢやが、お前様(まへさま)同国(どうこく)ぢやの、若狭(わかさ)(もの)塗物(ぬりもの)旅商人(たびあきうど)。いや()(をとこ)なぞは(わか)いが感心(かんしん)実体(じつてい)()(をとこ)

 (わし)(いま)(はなし)序開(じよびらき)をした()飛騨(ひだ)山越(やまごえ)()つた(とき)の、(ふもと)茶屋(ちやゝ)で一(しよ)になつた富山(とやま)売薬(ばいやく)といふ(やつ)あ、けたいの(わる)い、ねぢ/\した(いや)壮佼(わかいもの)で。

 ()づこれから(たうげ)(かゝ)らうといふ()の、朝早(あさはや)く、(もつと)(せん)(とまり)はものゝ三()(ぐらゐ)には()つて()たので、(すゞし)(うち)に六()ばかり、()茶屋(ちやゝ)までのしたのぢやが、朝晴(あさばれ)でぢり/\(あつ)いわ。

 慾張抜(よくばりぬ)いて大急(おほいそ)ぎで(ある)いたから(のど)(かは)いて為様(しやう)があるまい早速(さつそく)(ちや)(のま)うと(おも)ふたが、まだ()()いて()らぬといふ。

 ()うして(その)時分(じぶん)ぢやからといふて、滅多(めツた)人通(ひとどほり)のない山道(やまみち)朝顔(あさがほ)()いてる(うち)(けぶり)()道理(だうり)もなし。

 床几(しやうぎ)(まへ)には(つめ)たさうな小流(こながれ)があつたから手桶(てをけ)(みづ)()まうとして一寸(ちよいと)()がついた。

 (それ)といふのが、時節柄(じせつがら)(あつ)さのため、可恐(おそろし)(わる)(やまひ)流行(はや)つて、(さき)(とほ)つた(つじ)などといふ(むら)は、から一(めん)石灰(いしばひ)だらけぢやあるまいか。

(もし、(ねえ)さん。)といつて茶店(ちやみせ)(をんな)に、

(この)(みづ)はこりや井戸(ゐど)のでござりますか。)と、(きま)りも(わる)し、もじ/\()くとの。

(いんね(かは)のでございす。)といふ、はて面妖(めんえう)なと(おも)つた。

(やま)したの(はう)には大分(だいぶ)流行病(はやりやまひ)がございますが、(この)(みづ)(なに)から、(つぢ)(はう)から(なが)れて()るのではありませんか。)

()うでねえ。)と(をんな)何気(なにげ)なく(こた)へた、()(うれ)しやと(おも)ふと、お()きなさいよ。

 此処(こゝ)()先刻(さツき)から()すんでござつたのが、(みぎ)売薬(ばいやく)ぢや。()(また)万金丹(まんきんたん)下廻(したまはり)()()には、御存(ごぞん)じの(とほ)り、千筋(せんすぢ)単衣(ひとへ)小倉(こくら)(おび)当節(たうせつ)時計(とけい)(はさ)んで()ます、脚絆(きやはん)股引(もゝひき)(これ)勿論(もちろん)草鞋(わらぢ)がけ、千草木綿(ちくさもめん)風呂敷包(ふろしきづゝみ)(かど)ばつたのを(くび)(ゆは)へて、桐油合羽(とういうがつぱ)(ちい)さく(たゝ)んで此奴(こいつ)真田紐(さなだひも)(みぎ)(つゝみ)につけるか、小弁慶(こべんけい)木綿(もめん)蝙蝠傘(かうもりがさ)を一(ぽん)、お(きまり)だね。一寸(ちよいと)()ると、いやどれもこれも克明(こくめい)で、分別(ふんべつ)のありさうな(かほ)をして。これが(とまり)()くと、大形(おほがた)裕衣(ゆかた)(かは)つて、帯広解(おびひろげ)焼酎(せうちう)をちびり/\()りながら、旅籠屋(はたごや)(をんな)のふとつた(ひざ)(すね)()げやうといふ(やから)ぢや。

(これや、法界坊(はふかいばう)、)

 なんて、天窓(あたま)から()めて()ら。

(おつ)なことをいふやうだが(なに)かね()(なか)(をんな)出来(でき)ねえと相場(さうば)(きま)つて、すつぺら坊主(ばうず)になつても矢張(やツぱ)生命(いのち)()しいのかね、不思議(ふしぎ)ぢやあねえか、(あらそ)はれねもんだ、(ねえ)さん()ねえ、(あれ)()未練(みれん)のある(うち)()いぢやあねえか、)といつて(かほ)見合(みあ)はせて二人(ふたり)呵々(から/\)(わら)つたい。

 年紀(とし)(わか)し、お前様(まへさん)(わし)真赤(まツか)になつた、()()んだ(かは)(みづ)()みかねて猶予(ためら)つて()るとね。

 ポンと煙管(きせる)(はた)いて、

(なに)遠慮(ゑんりよ)をしねえで()びるほどやんなせえ、生命(いのち)(あやふ)くなりや、(くすり)()らあ、其為(そのため)(わし)がついてるんだぜ、(なあ)(ねえ)さん。おい、(それ)だつても無銭(たゞ)ぢやあ不可(いけね)えよ(はゞか)りながら神方万金丹(しんぱうまんきんたん)、一(てふ)(びやく)だ、()しくば()ひな、()坊主(ばうず)報捨(はうしや)をするやうな(つみ)(つく)らねえ、(それ)とも()うだお(まへ)いふことを()くか、)といつて茶店(ちやみせ)(をんな)背中(せなか)(たゝ)いた。

 (わし)匆々(さう/\)遁出(にげだ)した。

 いや、(ひざ)だの、(をんな)背中(せなか)だのといつて、いけ(とし)(つかまつ)つた和尚(おしやう)業体(げふてい)恐入(おそれい)るが、(はなし)が、(はなし)ぢやから其処(そこ)(よろ)しく。」

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