4話 四
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市ヶ谷の奥様が驚いて俥で来られた。わたしの報告と青木家の報告とがお邸でカチ合つたのだから、驚かれるのも無理はない。
わたしの方からは青木家に対する不満を訴へる。青木家では又娘の無断の家出と、わたしの昂奮した文面に対する不満を訴へたらしい。奥様の遠慮がちなお言葉のなかにその様子が感ぜられた。
わたしはいきなり、お顔を見るとこんな風に云つた。
「奥さん。一体これは何事でせう。それは私も妻をおいて道楽もしました。しかし家にゐる時は、それは何十年よくしてやりました。不機嫌で困らせるやうなケチ臭い事はしませんでした。それを今の若い者は……」
奥様は、わしの剣幕で、これは困つたといふ顔をされた。
「それはなる程、鷹雄の仕打は重々わるいでせうし、青木の両親にしてもこれまであんまり一人息子を甘やかしてゐましたね。その点はわたしからよく注意して置きますよ。しかし松山さん、先方から改めて詫びて来た場合には、貴郎の方でも綺麗さつぱりと秋子さんを円満に青木家に渡して下さるのでせうね」こんな事を云はれた。
だがわたしはこの御返答には躊躇したのだ。娘は現に神経衰弱を起してゐる。これは親の手許で癒さねばならない。たとひ衰弱は別としても、通り一遍の挨拶ぐらゐと引き替へに娘を又向ふに渡して、もう一度あの苦労を繰り返させる気はわたしにはどうしても起らぬのだ。――それに一旦、兎に角無断で飛び出した者が青木の家に戻つた場合の、周囲の批評めいた空気に、十八九の娘がどうして堪へ得よう。鷹雄はなるほど娘を取り戻さうとして躍起になつてゐる。が、わたしはもう釣り込まれない。わたしはもう厭だ。この縁談が一体もう厭なのだ。生みの父親が心底から厭だと思ふ事は、それ自身立派な理由になるではないか。
娘が婆やに話したところによると、一時は大分思ひつめたものらしい。有り得ない事ではない。危かつた。危かつた。――婆やの手伝などをしてゐる面窶れした顔を今更見てゐると、娘がまだ/\飼兎か何かとさう違ひのないほど、無力無抵抗なことを沁々と感じるのだ。一寸した人生の出来事にも、まだ身体のなかにそれに対する免疫性といふものが少しも具つてゐないのだ。……こんな小娘を二十前に、他人の家庭に渡すなどといふ事が第一間違つてゐたのだ。わたしが親でありながら、そんないぢらしい事をしてしまつたのだ。もうつく/″\懲りた。
奥様もわたしの頑固には余程困つて居られたのだらう。「それでは兎に角、この話は今のところこれ以上に進ませもせず、また壊すこともせずといふ事にして置きませう」かう云つて帰られた。
さて、わたしも寛ろがう、明日か明後日、早速大磯に移ることにして、それから皆で真黒に丈夫になる競争をしよう。子供達は去年より出発がもう何日遅れた、などと云つて、しきりに不平を訴へてゐるのだから。