浅茅生

3話

1,160字 約2分 2022年9月7日 公開

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「でも、()うお(すゞ)しく()りませう……(これ)がおなごりかも()れません。」

 と(しづか)(こゑ)で、(なぐさ)めるやうに(まど)から()つたが、()一言(ひとこと)から(つめ)たくなりさうに、(めう)()()みて、唯吉(たゞきち)(さび)しく()いた。

 (むし)(こゑ)(しきり)(きこ)える。

 ()蟋蟀(こほろぎ)と、(をんな)(こゑ)(しづ)んで()いて、陰氣(いんき)らしく、

(それ)だと結構(けつこう)です……でないと遣切(やりき)れません。()うか(ねが)ひたいもんでございます。」

 と()ふうちに、フト()の(おなごり)と()つたのが()()つて、(これ)だと前方(さき)言葉通(ことばどほ)り、()うやら(なに)かがおなごりに()りさうだ、と(おも)つて(だま)つた。

 少時(しばらく)(ひと)()まない、裏家(うらや)(には)で、()(をり)から(また)(さつ)(くも)ながら(つき)宿(やど)つた、小草(をぐさ)(つゆ)を、(ゆり)こぼしさうな(むし)(こゑ)

「まあ!……」

 と敷居(しきゐ)に、()(そで)(おび)(なび)くと、ひら/\と團扇(うちは)(うご)いて、やゝ(はな)やかな、そして(すゞ)しい(こゑ)して、

御挨拶(ごあいさつ)もしませんで……()うしたら()いでせう……(なん)失禮(しつれい)なんでせうね、貴方(あなた)御免(ごめん)なさいまし。」

「いゝや、手前(てまへ)こそ。」

 と待受(まちう)けたやうに、猶豫(ためら)はず(こた)へた……

(あつ)さに(かは)りはないんです、お互樣(たがひさま)。」と唯吉(たゞきち)は、道理(もつとも)らしいが、(なに)がお互樣(たがひさま)なのか、相應(そぐ)はない(こと)()ふ。

「お(たく)では、(みな)さんおやすみでございますか。」

如何(いかゞ)ですか、()られはしますまい。が、蚊帳(かや)へは()くに引込(ひつこ)みました。……お(たく)は?」

 と()つて、唯吉(たゞきち)屋根越(やねごし)に、また()かすやうにしたのである。

「…………」

 (をんな)一寸(ちよつと)言淀(いひよど)んで、

「あの……(じつ)は、貴方(あなた)をお見掛(みか)(まを)しましたから、()(こと)をお(ねが)(まを)したいと(ぞん)じまして、それだもんですから、つい、まだお知己(ちかづき)でもございませんのに、二階(にかい)(まど)から()みませんねえ。」

(なに)貴女(あなた)男同士(をとこどうし)だ、と()うかすると、御近所(ごきんじよ)づから、町内(ちやうない)では錢湯(おゆや)(なか)で、素裸(すつぱだか)初對面(しよたいめん)挨拶(あいさつ)をする(こと)がありますよ……」

「ほゝ。」

 と(くちびる)團扇(うちは)()てて、それなり、たをやかに打傾(うちかたむ)く。

 唯吉(たゞきち)引入(ひきい)れられたやうに(わら)ひながら、

串戲(じようだん)ぢやありません、眞個(ほんとう)です。……ですから二階同士(にかいどうし)結構(けつこう)ですとも。……そして、(わたし)に……とおつしやつて、貴女(あなた)(なん)でございます……御遠慮(ごゑんりよ)()りません。」

「はあ……」

(なん)でございます。」

「では、お(たの)まれなすつて(くだ)さいますの。」

(うけたまは)りませう。」

 と()つたが、(まど)()けた(ひぢ)()いて、唯吉(たゞきち)(こゑ)稍々(やゝ)(せは)しかつた。

貴方(あなた)可厭(いや)だとおつしやると、(わたし)(うら)むんですよ。」

「えゝ。」

 と、(ひと)つあとへ呼吸(いき)()いた(とき)(くも)(しづ)んで、蟋蟀(こほろぎ)(こゑ)(まぼろし)()()んぬ。

「……可厭(いや)(むし)()きます(こと)……」

 と(ふと)獨言(ひとりごと)のやうに、()(なに)かの前兆(ぜんてう)(あらかじ)()つたやうに(をんな)()ふ。

可厭(いや)(むし)()きます?……」と唯吉(たゞきち)釣込(つりこ)まれて、つい饒舌(しやべ)つた。

 が、其處(そこ)に、(また)此處(こゝ)に、遠近(をちこち)に、(くさ)あれば、(いし)あれば、(つゆ)(すだ)(むし)()に、(いま)(かつ)可厭(いや)な、と(おも)ふはなかつたのである。

貴女(あなた)蟋蟀(こほろぎ)がお(きら)ひですか。」

 と、うら()ひつゝ、(めう)(こと)()ふぞと(おも)ふと、うつかりして()たのが、また悚然(ぞつ)とする……

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